2-20 輝虫
医術院とは医術士が源力を流すことにより体の細胞の賦活化により病状を改善する提供する医療サービス業である。
細胞の賦活化という患部に拘らない便利な力により日本のように専門医に分かれているわけではないため、医術士は病気の種類に拘らない総合医のような広い知識が要求される。とはいってもこの世界では痛みに関する治療が主で鬱などの病状、糖尿病、高血圧、高脂血症は病気として広く認知されていない。
太ってる人間は体調が悪いことが多いので(動悸や、荷重による膝の痛み)痩せればいいという実に理にかなった療法が取られているだけだ。現代日本よりはるかに1日の運動量が多いこの世界ではダイエットが必要になるものは富裕層の中でも美食に溺れた一部にいるくらいではないだろうか?
外傷だけでなく心に傷を負う者はいる。
手に負えない巨獣に遭遇し、運よく生き残ったものはパニック障害のような様相を呈することがあるようだが、周りからすると「心が弱いもの」としか認識されない。
そもそも狩人を生業にしていれば人の生き死には目にすることが多いため、その程度の恐怖が克服できないものは当然狩人を続けることが出来ない。別の道で食べていく苦労をしているうちにフラッシュバックも起きなくなる。
大人には厳しい都市だ。
それが原因で働けなくなったとしても税金を納められないのなら強制労働、それでもダメなら生き残ることがほぼ不可能な徴兵なのだから気持ちを切り替えて心の傷をいつまで経っても克服できないものには先はない。
医に対して十分な知識があっても源力が少ないものは患部原因部位の発見に源力を使い、治療は傷や痛みに対する薬草を併用しつつ患者を診る方法で開院してる。そういった場合は薬草を使っての処置を行うために補助をするもの(大概は家族)、あるいは同じ源力のキャパが少ない医術士と共に共同で営んでいることが多い。
逆に源力のみで患者の治療を行うものはたった独りで診るために負担がかかるために一日にそれほど多くの患者を診ることができない。薬に頼らなくても患部を治せるいうことから一般市民にはそっちの医術士の方が腕がいいと思われることが多いが、その認識故に診る代金は高くなっており、薬代を考えるとどっちに行っても結局負担金額はそう変わらない。
そんな医術士の一人オウノは源力の扱いに長け、長年医に携わった経験から訪れる患者が多いところだ。医術士は治療により源力を減じるため一日に見られる数は決まっている。なぜ患部に注入するのでなくて通すだけなのに源力が経るのかというと可能や炎症を治癒させる際には源力は細胞賦活化で消費されることと源力は操ることだけでも減じていくためだ。
急患が来ることを加味して少し余裕を残してみられる患者の数を受け付けている。
午前の診察を終えて一時間もない昼休み。
オウノは自宅である医術員の奥に引っ込むのが常だが今日は地下にある工房にいる。
「まったく、最近のお前はどうかしとるな。確かに以前に輝虫の生態を知っておることに驚いたがまさか本当にこれほど素材を持ってくるはのう。」
工房の作業台の上に並んでいるのは先ほどカイルが拾ってきた輝虫の死骸。足は取れているが既に中身が腐っており必要になる外骨格部分だけが10頭分並んでいる。
本来ならいくら大きくても虫の死骸は大森林の下草に紛れてしまい、狩人達にも見つかることがないまま人知れず土に還るものだが産卵を終えて力尽きたメスの個体は当然その産卵木の近くに落ちている。カイルはそう判断して巨木の立ち枯れの周りを入念に探して見つけ出したのがこの10頭分の素材だ。だがこの個体は寿命を全うした個体なので中には擦れがあったり傷があったりと状態が良くない物もある。ただそれは前羽部分だけで以前に作った腹節部の状態はいいのでまた指輪は作れるだろう。
だがオウノが最も感心しているのは10頭分に及ぶ素材でなく、籠に入れられた生きている輝虫だ。どうやって3頭もの生きた輝虫を手に入れてきたのかはわからないがその中の1頭のである。
輝虫は通常メタリックグリーンの地に細かい結晶状の宝石のようなものが表面に現れる。個体によってはメタリックグリーンが青に近かったり赤みを帯びたりするため、時にかなり高価になることがあるのは知っているが目の前にいるのはなんと黒! しかもジェットのような黒でなく、黒曜石のような輝きを放つ黒なのだ。その上に他の細かい結晶が乗っているため、光によっては別の色の輝きが見える。
「形からするとこれも輝虫じゃろうが……いやはや、もし加工すればとんでもない値が付くのう。」
「ふーん、やっぱり珍しいのか。 できれば繁殖させたいけどこいつらの外骨格の色は幼虫時期に食べた朽木に含まれてた金属に由来するとしたらこいつを繁殖させても同じ色はでないと考えるべきかな。とりあえず石だらけになったあの部屋を整理して飼ってみるか。」
「こいつは飼えるものなのかの?」
「たぶん樹冠辺りで葉を食べてると思うんだわ。
だからこいつらが付いてた木の枝を水差して入れてりゃ大丈夫だろ。産卵を促すためには大木が必要だろうけどね。」
「なんというか発想が常人から飛ぶようになったのう。」
とこぼされたが日本じゃ趣味でオオクワガタの累代飼育をしたり、ヘラクレスオオカブトなんかも累代飼育してる人もいる。朽木を食うのならクワガタみたいな飼育でいけると思うんだけどな。ま、あくまで自分が養殖して設けるわけでなく、ノウハウが売れればなんて思ってるんだけどね。
オウノじいさんに素材の保存加工と指輪加工を頼んで生きた個体は見えないようにバックに入れて借りているサンタシの私室に持ち込んだ。しかし部屋から聞こえる羽音により買取課職員より超巨大なGがいるのでは?と疑いを掛けられたサンタシがいたとかいないとか。
「カイルさん、ちょっとお願いがありまして……」
借りている部屋から出る際に本来の持ち主から呼び止められた。
「また?朝に原石は窓口で売ったんだけど?」
「いえ、それと関係があるようなないような……」
彼にしてははっきりとしない物言いだ。厄介ごとなのだろうか?
「3日前に水晶岩を購入に来た工業都市代理の交易人を覚えておられるでしょうか?
バーンタさんというのですが、その方がどうしてもカイルさんと一緒にいたパーティーメンバーの黒髪の女性とお会いしたいと。
出来れば連絡をつけて頂きたいのです。その、カイルさんが不愉快に思われるなら断っても構わないのですが……」
遠慮がちに言うサンタシ。タミーと恋人関係だと思われてるのかな。
「帰り際にタミーの名前を聞いていたあの人ね。」
「ええ、ちょうど今訪れておりまして、出来れば本日会いたいと。」
えらく急な話だな。
「プライベートなお願いまで御用聞きとは宮仕えは辛いねぇ。」
「そんなところです。さすがに都市代表の交易も任される方なのでこちらも邪険にすることも出来ず。」
「連絡だけはしてみるけど。そもそも今日は全員が狩りを休んでるから期待はしないでくださいよ?」
しかし俺の予想に反して念話をして連絡が取れたタミーはすぐに会ってもいいとのこと。
その旨を伝え、指定された都市中央公園近くの店で会うことになった。
暑い年輪都市の昼下がりだが、緑の多い公園に隣接した店は木陰で強い日差しが遮られ、時折風も吹いて窓が開けられた店内は存外過ごしやすい。タミーは到着していないがサンタシから引き合わされた工業都市からの交易人は白い手袋を嵌め、黒髪に白い歯が似合うような笑顔と清潔感を感じさせるすっきりとした格好をしていた。
「私事を頼んで申し訳ありません。私達、交易人は移動が多くてどうしても時間が取れるうちに用件を済ませておきたいもので。」
恐縮してそう言ってくる彼だがほぼ初対面で話をしづらい。
売った水晶岩は現在加工に回されてそれぞれ専門の分野の技術者たちの上位者へ授与される予定とのこと。そんな話をしながら場を繋げているといつもの日差しを避けるフードを被ったタミーが入ってきた。するとすぐに俺の隣の席に腰を掛ける。その姿にバーンタは戸惑っているがフードを取って現れた顔をみて安心したのか笑顔を見せる。
「どういったご用件でしょう?」
今日のタミーは狩人として外に出ることがないせいか珍しく紅が引かれている。初めて見たが黒髪に白い肌、そして赤い唇……ありだな。とはいえこういった化粧が過去の仕事で覚えたものと思うと少し引っかかるものはあるのが事実だが。
「先日少しだけお会いしましたが工業都市より自らの仕事の交易と都市からの代理交渉でこちらに来ているバーンタと申します。お会いしたばかりなのですが是非お話したいことがありまして……
申し訳ありませんがカイルさん、できれば二人にさせて頂けないでしょうか?」
なるほど告白でもする気かな? どちらにしてもそれを受けるかどうかはタミー次第、席を外すか。
「では少し公園で散歩でもしていましょう。タミーもそれでいいかな?」
「ええ、構わないわ。」
これがタミーやアマザでないならあの好青年にサムズアップでもして出て行くんだがな。さてどうなるか……
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二十分ほど経っただろうか木陰のベンチから立ち上がり店に向かうと窓から見える店内の席にはバーンタしかいない。不思議に思って店内に入って尋ねる。
「タミーはどこに?」
「申し訳ありません。彼女を怒らせてしまったようですね。私共の工業都市に来れば巨獣を狩るような仕事をする必要も無いと、私の求愛を受け入れて下されば交易人の優遇を持ってこの都市から連れ出して差し上げますと申し上げたのですが。
お怒りになって出て行かれました。折角、場を設けていただいたのに申し訳ありません。」
どう考えても急ぎすぎだと思うけどね。情熱的といえばそうだけど。焦りすぎた告白の失敗に消沈しているバーンタに挨拶をして店を出る。
公園内のベンチに腰掛けてタミーに念話を送るってみるが跳ね返るような感触がある。好意を寄せてることを知ってるのに他の男と会う場を設けたことに機嫌を損ねたかな?とはいえこっちもサンタシ経由だからそう邪険にするわけにもいかなかったし……
お詫びに輝虫の素材でアクセサリーでも作って渡そうかな? 考えに耽りながら適当に歩を進めているといつの間にか公園出口から遠ざかり奥まったところに来てしまった。反転して公園を出ようとした時だった。
「っ!」
声にはならないが叫びでもないような、しかし音ではなく確かに声のようなものが聞こえた。誰が倒れているんだろうかと奥まった道の先にある木々の下の暗がりの先で見たものは、
男が4人、そして男達に地面に押さえつけられている女が1人。
「なんでこんなに早く術が解けてんだよ?あいつ手を抜いたのか?」
右手を抑えてる男が他の男達に聞く。
「それは無いだろうバレたら一番やばいのは奴なんだ。」
「そうだな。それよりしっかり抑えておけ、もう一度奴が掛ければなんとかなるだろう。」
「しかしこの女、細いくせに意外に力が強くて……しかし細身だがいい肉付きしてやがるな。」
左手を男がそう言いながら女の胸を空いてる手で弄っている。
「アイツが楽しんだ後は俺たちも楽しめるさ。アイツによるとコイツは元娼婦らしいからな。その辺の生娘より技巧がある分、楽しませてもらえると思うぜ?」
4人の男達に両手両足を押さえつけられているタミーだった。
交易商人バーンタ→丹波市をもじって




