「うるさい」連発!?チームワークの隠し味。
「うるさい。」
そう言い放ったなでしこの瞳は、普段とは明らかに違っていた。
静かで、真剣で、そして――怒っていた。
「え、私?私、何か変なこと言った?」
「……。」
なでしこは答えない。ただ、百江をまっすぐ見つめていた。
「ちょ、ちょっと!柊木さん!?」
辰樹が慌てて声を上げる。
「柊木……?」
虎太郎と月也は、驚きで固まってしまっている。
すると、なでしこは二人をちらりと見た。
「……浅野くんも。」
「え?」
「……うるさい。」
「なっ……!?」
虎太郎が絶句した。
「ふっ……。ずいぶんとご機嫌斜めじゃないか。」
月也が肩をすくめる。
「……片倉くんも。」
「えっ!?僕まで!?」
月也の声が裏返った。なでしこは、それ以上何も言わなかった。
再び、手元の求肥に視線を落とす。
その手つきには、迷いがなかった。
生地を練り、薄く伸ばし、鉄板で焼き上げる。砂糖を極限まで減らし、ほんのりと塩と昆布出汁を効かせた特製の求肥。
なでしこの瞳は、料理だけを見つめていた。
誰かに褒められたいわけでもない。
誰かを言い負かしたいわけでもない。
ただ、目の前の料理を完成させるために、全力を尽くしている。
虎太郎は、その横顔を見つめた。
(……俺、何やってんだ。)
勝つために来たはずだ。四人で、この料理を完成させるために。
それなのに、自分は仲間と張り合い、相手の挑発に乗って、無駄な時間を使っていた。
虎太郎は、小さく息を吐いた。
「……片倉。」
「……何だよ。」
「肉の焼き上がり、そっちに合わせる。ソースの仕上がり時間、教えろ。」
月也は、一瞬だけ目を見開いた。だが、すぐにいつもの笑みを浮かべる。
「ふん。最初からそう言えばいいんだよ。あと三分。肉の表面はしっかり焼いて、中は絶対に固くするなよ。」
「言われなくてもわかってるよ。」
「……はいはい。」
言い返しながらも、月也はソースの状態を確認する。
(仲間割れしてる場合じゃないって、わかってたはずだったのに……。)
月也もまた、自分の振る舞いの愚かさに気がついていた。
「辰樹!ザーサイ、もう少し細かく刻めるか?」
「うん!サルサに合わせて、食感が残るぎりぎりの大きさにするよ!」
「よし!頼んだ!」
虎太郎の声に、辰樹の表情が明るくなった。
そして、なでしこが焼き上がった求肥をそっと持ち上げる。
「……できた。」
三人が、その生地を見つめた。
薄く、均一に伸びた生地。
表面には香ばしい焼き色がつき、端はパリッと軽やかに焼き上がっている。
それでいて、中央には求肥ならではの柔らかさが残っていた。
「……へえ。」
月也が、感心したように呟く。
「やるじゃねえか、柊木!」
虎太郎が笑った。
「うん……!これなら、みんなの個性を一つにできる!」
辰樹も、嬉しそうに頷いた。
なでしこは三人を見た。そして、ほんの少しだけ微笑んだ。
たったそれだけのことだった。その小さな笑顔を見て、三人も自然と笑っていた。
虎太郎は大胆に火を操り、和牛のパティを焼き上げる。
クミンやコリアンダーの香りが立ち上り、肉の表面には香ばしい焼き色がついていく。仕上げに、熱したネギ油をさっと回しかける。
ジュワァァッ!!
弾ける音とともに、肉の表面がさらに香ばしく仕上がった。
「よし!これでどうだ!」
「いいね。肉の旨味を邪魔しない、絶妙な焼き加減だ。」
月也が頷く。
「サルサも完成したよ!」
辰樹が、フルーツトマトとバジル、モッツァレラを合わせたサルサを差し出す。そこには、細かく刻んだザーサイが加えられていた。トマトの瑞々しさに、ザーサイの塩気と歯応えがアクセントを添えている。
「……うん。悪くない。」
月也は味を確認し、満足げに頷いた。
「悪くない、じゃねえだろ!最高って言えよ!」
「……そうだな。最高だ。」
「へへ!わかりゃいいんだよ!」
「別に君に言ったわけじゃないよ。」
「いちいち突っかかってくるなよ!」
「そっちこそ!」
「……うるさい。」
「「はい。」」
虎太郎と月也は、ほぼ同時に返事をした。
辰樹は、思わず吹き出した。
なでしこも、小さく笑っていた。
四人は、それぞれが自分の仕事をしながら、仲間の仕事を見て、次に必要なことを考える。
誰か一人の正解に合わせるのではない。
誰かの個性を押し殺すのでもない。
互いの違いを認め、その違いを生かし、互いの力を引き出していく。
そうして初めて、四人の料理は一つの方向へと動き始めた。
一方、大阪チームの様子を、岩井はじっと見つめていた。
「……すごい。」
思わず、声が漏れる。
「え?」
瑠衣が振り向いた。
「百江のこと。あの子、普段はあんな感じだけど……料理の腕は本物だよ。」
岩井の視線の先では、百江が鴨肉の状態を確かめながら、ソースの味を微調整していた。
「昔から真面目だったし、料理に関しては妥協しない子だった。それに、あの手際の良さ……。昔よりずっと早くて正確だよ。代表に選ばれたのも、納得。」
岩井は、嬉しそうに目を細めた。
「敵チームなんだけどね……本当に、すごいな。」
その声には、後輩への誇らしさが込められていた。
個性をぶつけ合いながら、一つの味を生み出そうとする東京チーム。
言い合いながらも完璧な連携を見せる大阪チーム。
勝負の行方は、まだ誰にもわからない。
東西一年生対決。
その決着の時は、刻一刻と近づいていた。




