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「族長少し落ち着いて下され」ポポは族長のいつにない様子に慌てていた。彼と族長は同じ年。集落こそ違ったが、一族では唯一と言っていい同世代なのだ。

「これが落ち着いていられるか。座標を見失って十年。やっと遥に会えるというのに」

「ひぇえ。その遥殿だって、その気迫で迫られたら逃げてしまいますよう」

 遥と喧嘩別れをしてしまった日。ルルを罰するように異世界の扉は閉じられた。それから、こちらの時間で十年。ルルは術師のポポの協力の元、再び異世界の座標軸を繋ごうとしていた。

「ほらほら〜、少しずつ軸があってきましたよ。数式によればもう少しーー」

「でかしたぞ、ポポ」

 閃光のような光が呪術印から溢れ出て、空間が裂ける。びり、と空気が引き裂かれる音。

「……繋がった」

 ポポが息を呑む。揺らぐ光の向こうに、見慣れない空間が映る。

 狭い部屋。白い壁。そして——

「……いた」

 ルルの喉が震えた。

 視界の奥、冷蔵庫に凭れかかっている一人の女。肩までの柔らかい髪。見覚えのあるまろい輪郭。間違えるはずがない。その目尻に浮かぶのは涙か。

「遥」

 名を呼んだ瞬間、躊躇いはなかった。ルルはそのまま、裂け目に手を突っ込む。

「ちょ、族長!安定してませんって——!」

 ポポの制止は、もう届かない。ぐい、と空間をこじ開ける。

 十年。十年分の距離を、無理やり引き寄せるように。

「……っ、やっと」

 次の瞬間、

「きゃっ」

 抱き寄せた体は華奢で。こんなに軽い人だったんだとルルは思った。

「……ルル?」

 あの頃と変わらない声色。体温。匂い。懐かしさのあまりルルはその小さな体を抱き締めた。





 遥の前に知っている顔で、知らない男がいた。背が伸びている。肩幅も、声も、全部。でも。黒髪と金色の瞳だけが、変わらない。

「久しぶり」

 低く落ちる声。知らない声。でも知っている。

「本当に、ルル?」

「それ以外に見えるか」

 男が少しだけ笑う。けれど次の瞬間。距離が、一気に詰まった。

「っ——」

 腕を掴まれる。強い力。逃げられない。

「……会いたかった」

 ぽつりと落ちる声。それは、あまりにも素直で。同時に、抑えきれていない。

「ちょ、ルル……痛い」

「悪い」

 言いながら、離さない。むしろ、少しだけ引き寄せられる。

「……逃げないで」

「逃げないってば」

「君のことは信用できない」

「……」

「十年、ずっと君の世界に繋がる方法を探してた」

 息が止まる。

「……十年?」

「そっちじゃ、たいした時間じゃないんだろ」

 自嘲気味に笑う。

「でもオレには、十分すぎた」

 手に力がこもる。

「長過ぎたよ、遥」

 低く、続ける。そのまま、額が触れそうな距離まで近づく。

「愛してる」

「え?」

「今度は、逃がさない」

 はっきりとした言葉。冗談でも、軽口でもない。

 冷蔵庫の奥で、まだ空間が揺れている。帰る道が閉じようとしていた。

「ルル、ちょっと待って情報量が多いから。愛してるって何」

「そのままの意味だ。ずっと好きだった。君のことが」

「急にそんなこと言われても困っ」

「じゃあ、今は君に逃げられないようにする方が先、かな。困ればいい、オレに」

 歪む冷蔵庫の部屋を睨みながらルルが言う。

「何それ。冗談だよね、ルル。そんな怖いことしないでしょ」

「どうかな。こちらでは十年だから。その間に君への愛が歪んじゃったのかも」

 お互いに見つめ合うこと数秒。やがて遙はふるふると震え初め、

「全っ然っ大人になってないじゃない!!!」

「いだっ」

「ルルのばかっ!!」

 見事な頭突きがルルの顎に決まった。「ひぇ」と両者を脇で眺めていたポポが悲鳴を上げる。族長相手にそんな無礼をする人間を初めて見たからである。

「はぁ」とため息を吐いた遥は、そのままするりとルルの拘束を抜け出すと、ルルが止める間もなく世界を渡り、

「ビール飲む?」

「………は?」

 冷蔵庫の扉を開けた。

「十年ぶりなんでしょ。再会ってそういうもんじゃない?いきなり愛がどうこうよりまずは一杯」

 背後からため息混じりの声。

「君、本当にそういうところだよな」

「何それ」

 振り返ると、ルルは額に手を当てていた。さっきまでの張り詰めた気配が、ほんの少しだけ緩んでいる。

「……普通さ」

「うん?」

「もっとこう、怯えるとか、泣くとか、あるだろ」

「いやさっきちょっと泣いてたけど」

「見てた」

「え、見てたの!?」

「見えてた」

「最悪」

 遥はむっとしながら缶ビールを二本取り出す。一本を無造作にルルへ投げた。

 ルルは反射的にそれを受け取る。

「……これ、遥のいつも飲んでた」

「ビール。お酒」

「知識としては知ってる」

「じゃあ問題ないね」

 プシュッ、と軽い音。遥は先に口をつける。喉を鳴らして一口飲んでから、ふう、と息を吐いた。

「……っはぁー、生き返る」

 その様子を、ルルはじっと見ていた。

「ルルの世界にお酒はあるんでしょ」

「あるが」

「弱いの?」

「オレ、そんな男に見えるか?」

「見えない」

 即答だった。ルルは小さく肩をすくめて、それから缶を開けた。恐る恐る口をつけて——次の瞬間、眉をひそめる。

「……苦い」

「でしょ。でもそれがいいの」

「よくわからん」

 それでももう一口飲む。その仕草が、妙に大人びていて。遥は一瞬だけ、視線を逸らした。

「……で?」

 ルルが低く言う。

「で、って?」

「さっきの続き」

 金色の瞳が向けられる。

「愛してるって言っただろ」

「うん、言ってたね」

「流すな」

「だって急すぎるし」

 即座に返ってくる。

「オレの中では、ずっと続いてる話だ」

 遥は少しだけ黙った。缶の縁を指でなぞる。

「……こっちはさ」

 ぽつりと

「そこまで時間、経ってないの」

「知ってる」

「でも、だからって流せる話じゃないってのはわかってる。ーー子供扱いしないよ」

 ぐっとルルの喉が鳴る。拳の力が入ってる。

「……あのさ」

 遥は観念したように言った。

「とりあえず、その“逃がさない”ってやつ、撤回しない?」

「しない」

「即答」

「当たり前だろ」

 ルルは一歩近づく。

「少しくらい強引になる権利、あると思わないか?」

 心臓が、どくんと鳴る。

「……思わない」

「思え」

「無理」

「努力しろ」

「横暴」

 間髪入れずに言い返すと、ルルは一瞬だけ目を細めて——

「……ほんと」

 小さく呟く。

「変わってないな、君は。絶対にオレに捕まえさせてくれない」

 その声音は、どこか安堵していた。

「そっちは変わりすぎ」

「悪いか」

「悪くないけど……」

 言いかけて、止まる。改めて見る。目の前の男を。背も、声も、全部違うのに。確かに、ルルだ。

「……ねえ」 

 ルルは少しだけ目を伏せてから、頷いた。

「……ああ」

「ずっと、来れなかったの?」

 一瞬だけ。彼の表情が、歪んだ。

「そうだ。元々不安定だった座標があの日、閉じてしまって〝我が妻〟との道が閉ざされた」

「我が妻...」どこか遠い目で遥が言う。

「そう。君には説明してなかったが、あの術式は将来の伴侶を探す為のものだったんだ」

「は、え?」

「オレの座標は君の家の冷蔵庫に繋がった。オレの運命の人は君なんだ」

「ううーん、そんなこと言われてもだね。常識が違いすぎると言うか」

「突然すぎるのはわかってる。だけど君を好きな気持ちは本気なんだ」

 真剣なルルの瞳。キラキラと輝く金色に(ずるいなぁ)と遥はため息を吐いた。

「ぐぅ。可愛い」

「可愛?また子供扱いか?」

「そ、そういうわけじゃないんだけどぉ!」

「可愛いのは遥の方だろ。可愛くて、ーー可憐だ」

「可愛!?可憐!???」

 うちの子が壊れてしまったーー、と遥はたじろぐ。なんだか距離も近いし!手があらぬところに添えられてるし!(腰)

 ルルってばいつの間にそんなエッチな男になってしまったんだいっ!と遥は盛大にツッコミを入れたい。

 誰のせい?ええ?私のせい??そんな!

「遥、どうかオレを選んでーー」

 頬に手を当てられる。顔をあげられ、高くなった視線。情熱的に見つめられて。

「ルル」

 冷蔵庫から出てきた子供の面影で、あの頃のままの金色の瞳で。名前を呼んだ瞬間、唇が触れた。

「んなっ!こら、ルル!」

 押し返そうとして、でも力が入らない。強引なのに、どこか確かめるみたいな触れ方で、余計に心臓がうるさくなる。

「また子供扱い?」

 離れ際、低く囁かれる。

「子供扱いできないから困ってるんじゃない!」

「え。本当?」

「ーーあ。」

 思わずの本音。困惑のまま、遥はルルに引き寄せられる。

「チャンスあるってことだよね?」

「〜〜〜っ」

「遥、大好き」

 大きな体に覆い被される。冷蔵庫から始まった出会いは、きっと思わぬ形でゴールを迎える。

 抗議の声は、途中で途切れた。再び近づいてくる気配に、思わず目を閉じる。逃げなかったことに、自分で驚きながら。

 冷蔵庫の奥で、揺れていた光がゆっくりと閉じていく。

 帰り道が、消える。それでも。

 ——まあ、いっか。

 そう思ってしまった時点で、たぶんもう、答えは出ていた。


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