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神界から追放されし少女は叫ぶ。絶対目にもの見せてやるからな!!  作者: 万年亀
第六章 闘技祭

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水精姫と決勝②

 魔法学園の頂点を決める『闘技祭』の決勝戦。

 大演習場の観客席は、すでに熱狂のるつぼと化していた。


 フィールドの中央で展開されているのは、学生のレベルを遥かに凌駕する魔法戦の極致。


 マリエルが水球という移動可能な防壁と質量兵器を操り、ルカが闇魔法による空間転移と影の刃でそれを切り崩そうとする。

 瞬く間に攻防が入れ替わり、一瞬の油断も許されない高速戦闘が繰り広げられていた。


『こ、これは凄い! 実況の隙もない攻防! 高レベル過ぎて何が起こっているのか半分もわかりません!』


 拡声魔道具を握りしめた広報部長のロッタが、早口で実況を続ける。

 彼女の目はフィールド上の二人の動きを追うのに必死で、言葉が思考に追いついていない。


『ふふ、半分程度?』


 隣の席でキセルをくゆらせていたイヴェッタが、鼻で笑うような声を漏らした。


『おっと。解説のイヴェッタ先生は、あの攻防の裏にある高度な術式理論や駆け引きをお判りに!?』


 ロッタが期待を込めて解説を振る。

 流石は魔法薬学の教員、専門家の目は節穴ではないと。


『ふふ……私なんて、全部わかんないわあ~』


『使えねえなこの解説!』


 ロッタが思わず素でツッコミを入れた。


 教員ですら初見では理解できないほどの未知の魔法理論が、目の前で惜しげもなく披露されているのだ。

 まあ無理もない。


『ともあれ! とんでもなく高次元の戦いが決勝で起こっているのは確かですね! お互いに一歩も譲りません! これは過去類を見ない戦いとなるのではないでしょうか!』


 ロッタが力技で実況を立て直し、会場の熱気を煽る。

 観客たちもまた、その熱に当てられたようにざわめいていた。


「これが『闇の貴公子』と『水精姫』の本気なのか……」


「『水精姫』はいつも一撃で終わらせるから、本気なんて見たことなかったが……これは凄いな」


「おいおい、あれが初級魔法? 嘘だろう?」


「だが、展開している基本の術式構造は明らかに初級の『アクアボール』のものだな。彼女自身が術式を補正して、あそこまでのポテンシャルを出しているんだ」


「『闇の貴公子』もとんでもないぞ。空間魔法を個人で何度も使うなんて……」


「ここまでの試合を見るに、自分の影を媒介にしているようだが……どういう理論で使っているんだ?」


「どちらも宮廷魔術師団入りは確定だな。あの二人を落とすのはありえん」


「あの常識外れの理論構築は、むしろ魔法研究所にこそ欲しい逸材じゃないか?」


 各方面のスカウトや貴族たちも身を乗り出して二人の戦いを分析し、唾を飲み込んでいる。


 彼らにとって、この決勝戦は単なる学生の試合ではなく、未来の国家の最高戦力を値踏みする重要な見本市でもあるからだ。


 そんな熱視線が注がれる中。

 大演習場の最上部、五天星専用の展望室でも二人の攻防は最大の関心事となっていた。


「ルカめ、決勝まであんな手札を温存してたな」


 アランが窓ガラスに張り付くようにして、悔しそうに呟く。


 自分も予選や本戦でルカの戦いを見てきたが、あんな変幻自在な空間移動や、影を独立させて攻撃に使うような芸当は披露していなかったはずだ。


「マリエルさんもね。あんな動きができるなんて聞いてないわ」


「二人ともすっごーい!」


 リーズリットは扇子を握りしめて感心したような、それでいて悔し気な顔で闘技場を見下ろし、セリアは純粋に親友と先輩の戦いを楽しみ、目を輝かせて応援している。


「くっそ、あんなバケモノ二人に……どうやったら勝てるかイメージできねえ……」


 ローランドはぶつぶつと自己嫌悪を深めていた。


「うーむ、凄いんだけど、どう凄いのか私たち素人にはわかんないね。誰か詳しい解説をくれないかい?」


「右に同じくだね。私の知識の範疇を超えているよ。クリストフ殿下はどうです?」


 バーバラとエドガーが解説を求めるが、クリストフが苦笑交じりに首を横に振る。


「残念ながら、我々もわからないからなあ……」


 この国の最高峰の才能が集まる五天星でさえ、二人の魔法理論の全貌を正確に言語化することはできないのだ。

 それほどまでに、彼らの魔法は常識から逸脱していた。



 ◆◆◆◆



 そして闘技場にて。

 ルカが距離を取り、不敵な笑みを浮かべて宣言した。


「さて、それじゃあマリエルにも教えていない魔法を見せようか」


 彼は自身の足元の影を操り、自らを一度黒い闇のオーラで包み込んだ。

 そして闇が霧散した直後に再び姿を現す。


(……? 何も変わっていないように見えるけど)


 マリエルは水球の中からルカを観察するが、魔力量や外見に変化は見られない。

 新しい武器を取り出したわけでもない。


 だが、次の瞬間。

 ルカが物理法則を無視した動きを見せた。


 タンッ! と。

 彼は何もない空中の空間を蹴り、階段を駆け上がるようにして上空に浮かぶマリエルの水球へと一直線に迫ってきたのだ。


「なっ!?」


 マリエルが驚愕の声を上げる。


 空中に魔力による足場を形成し、そこを蹴って飛躍する技術。

 それは1時間と少し前、準決勝でセリアが見せたばかりの。


 展望室でその光景を見ていたセリアが、信じられないものを見るように叫んだ。


「私の『空闊歩』!?」


 王城騎士団の古い書物で技法を知り、血の滲むような鍛錬の末に習得した彼女の武技。

 それを魔法使いであるルカがいとも容易く使いこなしているのだ。


 マリエルは咄嗟に指先を弾き、迎撃用の水球をルカにぶつけようとする。

 だが空中を三次元的に駆けるルカはその水球の軌道を軽々と読み切り、空中で軌道を変えて避けきってみせた。


『おおっと!? あれは先ほど準決勝で惜しくも敗退した、セリア選手の空中を駆ける技だァ――! なんとルカ選手も習得していたというのか――!?』


 ロッタの実況が、会場の驚きを代弁する。


(――いや、違う)


 マリエルはルカの魔力の流れを凝視し、即座にその仕組みを見破った。


 再びルカは空中で闇を圧縮した剣を握り、マリエルを水球ごと斬り裂こうと迫る。

 マリエルは水球そのものを移動させて、間一髪でその斬撃を避ける。


(闇は『内側』への干渉に特化している。つまり精神や記憶を司る魔法でもある。まさか……)


 マリエルはルカの顔を見据え、確信を持って発言した。


「他人の習得した技術を自分にコピーした?」


「流石だ。一目で理解するか」


 ルカは攻撃を外した反動を空中で殺し、再び足場を形成して姿勢を立て直す。

 彼はマリエルの推論を隠すことなく肯定した。


 マリエルは次なる攻撃を避けながら、呆れたように言う。


「展望室でセリアにあの技法を詳しく聞いてたのは、このため?」


 準決勝が終わった後、控室でルカはセリアに対し「あれはどうやってたんだ?」と、やけに熱心に『空闊歩』の魔力運用のコツを聞き出していた。


 単なる知的好奇心だと思っていたが、まさかそれを自分の手札に組み込むつもりだったとは。


「まあな。俺の闇魔法では対象の脳内から直接記憶を引き出してコピーするような高度な精神干渉はまだできない。だから本人にやり方を口頭で聞く必要があったんだ」


 ルカは闇の攻撃魔法で牽制しつつ、空闊歩を併用してマリエルの周囲を立体的に飛び回る。


「闇魔法『コピーアーツ』……とでも名付けようか。他人の培った技能を奪って自分のものにするなんて、いかにも禁忌とされた闇魔法らしいだろ?」


 ルカが少しだけ自嘲気味に笑う。


 だがマリエルは水球で反撃の牽制を行いながら、冷静に彼の魔法の粗を指摘した。


「凄いね。驚いたよルカ君。でも……まだまだ術式が荒い」


 マリエルの指摘にルカの動きが僅かに鈍る。


「本当にその技術をコピーして使いこなしているなら最初から使うはずだ。さっき私が水蒸気を起こした時に、闇の収納術での緊急回避なんてリスキーな真似をせずに空闊歩で上空に逃げればよかったじゃない」


 マリエルはルカが空中で姿勢を制御する際、たびたび闘技場の床に降りて魔力を練り直している動きを見逃さなかった。


「そうしなかったのは君のそのコピー魔法が一度に維持できる効果時間が短く、魔力消費も激しいから。そして肉体の動きはトレースできても、その技術を支える基礎体力や魔法まではコピーできないから、でしょ。セリアならあんな風に何度も着地せずに一度の跳躍で私の水球を避けられたはずだもんね」


 マリエルの容赦ない分析に、ルカは少しだけ悔しそうに舌打ちをした。


「……そこまで見抜かれるとは思わなかったな」


 唸るルカを見てくすりと微笑んだ後、マリエルは水球ごと再び空中へ舞い上がり、距離を取った。


「それじゃあ、私もそろそろ本気を出そうか」


 彼女の入っている水球と同じサイズの巨大な水球が、虚空から無数に生み出されていく。


 それらはマリエルを中心に、まるで巨大な竜巻のように猛烈な勢いで舞い上がった後、闘技場中の空中に不規則に配置された。


『おおっと! マリエル選手、巨大な水球を無数に生み出して闘技場中に配置! ルカ選手、完全に囲まれたァ――!』


 ロッタの実況が響き渡る。


『これはもう、闇の貴公子は周囲を全方位から敵に囲まれたのと同じね~。どこからでも攻撃が飛んでくるわよ~』


 イヴェッタの解説の通り、配置された水球は単なる障害物ではない。


 マリエルはどの水球からでも攻撃を放つことができ、あるいは先ほどのように自身がどの水球へでも瞬時に移動することができる。

 まさに水の支配領域だ。


「まるで水を従える女王だな、君は」


 ルカは空中に浮かぶ無数の水球と、その中心で余裕の笑みを浮かべるマリエルを見据える。


「だが、このまま終わるわけにはいかない。俺も奥の手を出させてもらう」


 ルカは自身の足元に、これまでで最大規模の闇の収納術の入り口を展開した。


 そこから、何かが這い出ようとしていた。


 単なる武器や道具ではない。

 明らかに生き物のような、巨大な質量と魔力の塊。


「本当ならこれは、周囲に闇が大量にある夜の環境でしか出せない、魔力消費の激しい魔法だったんだがな……!」


 ルカが右手を高く掲げると、足元の闇の渦から漆黒の影で構成された巨大な『竜の首』が現れた。


 全長十メートルはあろうかという、禍々しい影の竜。

 その赤い双眸が、マリエルを正確に捉えて咆哮を上げる。


『おおっと!? ルカ選手の足元の闇から巨大な竜が出てきたァ――!! これは召喚術……でしょうか!?』


 ロッタが驚愕して叫ぶ。


「『黒き竜の顎(ドラグノン)』。闇の収納術の内部にある莫大な影を圧縮し、疑似的な生命体として形作る、俺の奥の手だ」


 ルカの宣言と共に、影の竜がマリエルに向かって突進を開始する。


 水球の中にいるマリエルは冷静に周囲の水球を操作し、竜に向けて高圧の水の弾丸を雨あられと浴びせる。

 通常のゴーレムなどであれば、これで砕けて沈むはずだ。


 だが、影の竜はその水弾をものともせず、巨大な顎を開いてマリエルの配置した水球を次々と喰い散らしていく。


「!!」


 マリエルの表情が、初めて驚愕に変わった。

 彼女の魔力で絶対的な強度を誇るはずの水球が、影の竜の牙によって物理的に破壊されているのだ。


「俺のとっておきだぞ。いくら君の圧縮された水球でもそう破れはしない」


 ルカが不敵に笑う。

 影の竜はルカの魔力をかなり注ぎ込んでいる。

 これだけ圧縮させた闇の魔力は簡単には壊れない。


 マリエルが迎撃を諦め、自身を包む水球ごと高速で移動し、竜の顎から逃れようとする。

 だが彼女の進行方向の空間が歪み、そこからもう一体の『黒き竜の顎』が出現した。

 このまま進めば彼女は水球ごと噛み砕かれるだろう。


 マリエルは咄嗟に軌道を変え、二体の竜の挟み撃ちをギリギリのところで回避する。


 だが彼女が避けた先の空間。

 そこに、あらかじめ闇の収納術を使って移動し、先回りしていたルカが闇を圧縮した剣を構えて待ち受けていた。


 観客席から悲鳴とも歓声ともつかないどよめきが上がる。

 ついに決着がつくのか。


「チェックメイト。――俺の勝ちだ、マリエル」


 ルカが勝利の確信と共に剣を振り下ろす。

 漆黒の刃が、マリエルを包む水球を彼女の身体ごと斬り裂いた。


 水球が真っ二つに割れ、大量の水が闘技場に降り注ぐ。

 そして、その中にいたはずのマリエルの姿も水と共に綺麗に消滅した。


「――は?」


 剣を振り抜いたルカの口から間抜けな声が漏れる。


 斬り裂いたはずの剣先には、マリエルに当たる感触は全くなかった。

 ただの水を斬っただけのような虚しい手応え。


 次の瞬間。


 闘技場に配置されていた残りの無数の水球が、一斉にルカに向かって高速で殺到してきた。


 ルカは慌てて影の竜を盾にして防御姿勢をとろうとするが間に合わない。


 彼は目の端で、殺到する水球群の中に紛れていた、誰も入っていないはずのひとつの水球の表面が揺らぎ、そこにマリエルの姿がふわりと出現するのを見た。


「『水の虚像(ダミーフェイク)』……。水面って自分の姿を映す鏡にもなるし、波立たせて像を消すこともできるものだよね」


 マリエルが水球の中から悪戯っぽく笑いかける。

 ルカはその言葉を聞いて、自身の敗北の理由を悟った。


「――やられた。あの時か」


 マリエルが先ほど無数の水球を竜巻のように舞い上がらせ、闘技場中に配置した、あの瞬間。


 彼女は自分の姿を水の屈折率と反射を利用して別の水球に『虚像』として映し出し、本体は別の水球の中に隠れて移動していたのだ。


 ルカが影の竜で追い詰め、完璧なタイミングで斬り裂いたと思っていたのは、最初からただの水の塊に映った幻影に過ぎなかったのである。


「これで、終わり!」


 マリエルの合図と共にルカに殺到した無数の水球が、彼の至近距離で一斉に何度も水蒸気爆発を起こした。


 凄まじい爆発音と白煙が闘技場を包み込む。

 保護魔法の限界を超えたダメージ判定。


 白煙が晴れた後――そこには倒れ伏し、戦闘不能となったルカの姿があった。


 審判が旗を高く掲げる。


「勝者、マリエル!!」


 大演習場が割れんばかりの大歓声と拍手に包まれた。

 学園祭における『闘技祭』の優勝者が決定した瞬間であった――。

ルカ君の奥の手が攻撃型に対して、マリエルの奥の手は技量型。

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