第27話『炎のホール、魂の一打』
光の橋を渡りきった瞬間、視界は一変した。
赤く染まりきった空が頭上を覆い、耳をつんざくような轟音と共に、溶岩の河が地の底から噴き上がっている。
むっとする熱気が肌を焼き、空気さえ揺らいで見えた。足元の地面は黒曜石のように光沢を帯び、ところどころに赤い亀裂が走っている。
眼前には、真っ赤な海の上にぽつりと浮かぶ狭いフェアウェイ。その先には、霞んで見えるグリーン。だがその間を隔てるのは、底知れぬ溶岩の海だった。
突然、溶岩の柱が天へと噴き上がる。
そこから、炎を纏った影がゆっくりと姿を現した。燃え上がる髪が風もないのに揺れ、肌は溶けた鉄のように赤く輝く。背中には、炎そのものが形を成したようなマント。
「――恐怖心を越えた者のみ、このホールを通すことができる」
地を震わせる声が響くたび、熱波が押し寄せ、息をするのも苦しい。コーデリアは思わずクラブを握り直した。
コーデリアがティーグラウンドに足を踏み入れた瞬間――視界の奥、溶岩の海の向こうに揺らめく影が現れた。
それは、鎧に包まれた長身の男。鋭い眼光、口元に浮かぶ冷笑。
――帝国将軍。
数年前、公式戦でコーデリアを完膚なきまでに打ち砕いた相手。
幻影は、あの日と同じ声で囁く。
「お前の一打は軽い」
「世界を狙うには、百年早い」
耳に刺さる言葉が、あの日の感覚を呼び覚ます。
胸が締めつけられ、心臓が早鐘を打つ。手のひらは汗で滑り、クラブが重く感じられた。
そのとき、背後から声が飛んできた。
「ビビってんじゃねぇぞ、コーデリア!」ザラドの荒っぽい一喝。
「あなたの一打を、信じて」エミリアの静かな囁き。
――息を吸って、吐く。
視線を幻影の奥へ、炎の揺らめきを越えて、グリーンの旗へと据える。
(恐怖は……もう燃やし尽くす)
クラブを握る指先に力が宿り、コーデリアの瞳に迷いは消えていた。
コーデリアは炎の向こうを睨み据えた。揺らめく空気の流れ、赤々と脈打つ溶岩の反射光――すべてが彼女の視界に解け込んでいく。
足を踏みしめ、クラブを振りかぶる。
「――いくよ!」
風を裂く音と共に、豪快なスイング。
打ち放たれた白球は、炎のカーテンを恐れず、むしろそれを切り裂くように一直線の軌跡を描いた。
熱波に煽られながらも、その球は揺るがない。まるで彼女の決意そのものだ。
炎の向こうで、帝国将軍の幻影が一瞬だけ目を見開き――そして、溶けるように炎に呑まれて消えた。
溶岩の噴き上げの中、火の精霊がゆっくりと微笑む。
「恐怖を断ち切る者に、炎の力を授けよう」
次の瞬間、精霊の掌から迸る炎が渦を巻き、コーデリアのクラブへと吸い込まれていく。
黒曜石のシャフトに、紅蓮の輝きが灯った。グリップから伝わる温もりは、熱ではなく力の証。
――【炎のドライバー】を入手。
打ち放つ一打は、赤い尾を引く炎となり、空を裂く。
コーデリアは静かにクラブを掲げた。
「これが…私の、魂の一打」
火の精霊が炎の粒子となって消え、周囲の熱気はわずかに和らいだ。
しかし、溶岩地帯の空気は依然として灼けつくように熱い。
「くぅ〜……暑っつぅ……!」
ザラドが舌を出しながら、尻尾をぱたぱたと左右に扇ぐ。
――その瞬間。
ぼっ
尻尾の先端に、小さな火花が走ったかと思うと、あっという間に炎が燃え上がる。
「アッツツツツツツ!!! 尻尾!尻尾ォォォ!!!」
獣人戦士がフェアウェイをぐるぐる走り回る姿は、試練を突破した勇者とはとても思えない。
「動くな!」
エミリアが素早く杖を構え、水の魔法を放つ。
じゅわっという音とともに、尻尾の炎は白い蒸気になって消えた。
「……ふぅ、危なかったな」
「危なかったじゃねぇ!命より尻尾の毛が……!」
ランバルトが腕を組み、にやりと笑う。
「いやぁ、うまい具合に焼けて、まるでステーキみたいだったぞ」
「誰が食わせるか!!」
ザラドの低い唸り声に、ランバルトは肩をすくめるしかなかった。
轟々と流れていた溶岩の海が、ゆっくりと鎮まっていく。
赤い奔流は黒く冷え、やがて硬質な輝きを放つ黒曜石へと変わった。
その中央から――まるで誰かが道を描くかのように、漆黒の橋がすっと先へ伸びていく。
コーデリアは新たに手に入れた【炎のドライバー】を高く掲げた。
赤い輝きが彼女の横顔を照らし、その眼差しはまっすぐ未来を射抜いている。
「行こう――まだホールは続く」
仲間たちがそれぞれの表情で頷き、黒曜石の橋へと足を踏み出す。
視界がゆっくりと引いていく。
燃え盛る炎のホール、噴き上がる熱気、その中央を進む小さな一行――。
そして、遠く霞む次の舞台が、揺らめく熱気の向こうにぼんやりと姿を現す。
――物語は、さらに熱くなる。




