第21話『空中大嵐ラウンド』
──本来なら、雲ひとつない青空の下で始まるはずだった。
コーデリアがそう思った矢先、空は不気味な唸り声を上げ、黒雲が渦を巻きながら押し寄せてきた。
「……あれ? なんか雲、多くない?」
軽口を叩いたグラードの声をかき消すように、上空で稲光が奔る。
本日の舞台「スカイ・フェアウェイ」は、会場管理の天候制御魔法によって常に穏やかなはず――だった。
だが、運営席の魔導士たちが慌ただしく詠唱をやり直す中、空中島全体は暗雲に呑まれ、風は獣のように唸りを上げる。
「天候魔法、制御不能! 避雷結界、展開が間に合いません!」
遠くでスタッフの悲鳴が響く。
瞬く間に、晴天の楽園は「テンペスト・リンクス」へと姿を変えていた。
稲光が縦横無尽に走り、浮遊島は突風でわずかに傾く。霧と雨で視界はほとんど奪われ、足元の芝が濡れて滑りやすくなる。
さらに悪いことに――
「おいおい……ボールが光ってやがるぞ」
グラードが指さす先、ティーに置かれた魔法ゴルフボールが、淡く青白い光を帯びていた。
ボール表面の魔力が雷を引き寄せている。つまり、一打のタイミングを誤れば、天からの鉄槌が直撃するということだ。
コーデリアは唾を飲み込み、湿った空気の中でクラブを握りしめた。
(こんなの……もう普通のゴルフじゃない)
嵐の中、試合が始まろうとしていた。
突風が、まるで悪意を持った手のように選手たちのショットをもてあそぶ。
打ち出されたボールは予定とは正反対の方向へ流され、観客席からも「ああっ!」という悲鳴と笑いが入り混じった声が上がる。
そんな混乱の最中、コーデリアは次の順番を待ちながら、息を整えていた。
(風向きは……いや、もう読めない。打つたびに変わってる)
そのとき――
「やあ、楽しんでいるか?」
背後からかかった声に、彼女は反射的に振り返る。そこには、漆黒のレインコートに身を包んだ敵チームの主将がいた。鋭い灰色の瞳が、まるで嵐の中心のような冷たさを湛えている。
彼は一歩近づき、周囲に聞こえぬほど低い声で囁いた。
「もし我々が勝てば……ゴルフ禁止令を復活させる。お前たちの努力は、すべて無駄になるぞ」
雷鳴が空を裂き、その言葉を強調するかのように轟く。
コーデリアの胸がドン、と跳ねた。怒りと焦りが血流に混ざり、手がわずかに震える。
だが――彼女は表情を崩さず、口元に笑みを浮かべる。
「へえ……じゃあ、負けられないわね。全力で潰すから」
その笑顔の裏で、心拍は限界に近づいていた。
(落ち着け……絶対に乗せられるな)
嵐の中での心理戦が、すでに始まっていた。
稲光が空を裂き、轟音が全身を震わせる。
チームの動きは乱れ、風に翻弄されたショットがあらぬ方向へと吸い込まれていく。
そんな中、エルフのリュミエールは静かに目を閉じた。
耳を澄ませ、まるで風と雷の会話を聞くかのように、長い睫毛が微かに揺れる。
「……今」
彼女は薄く唇を開き、雨音に混じる低い声で言った。
「五秒後、雷雲が割れる。その隙間を狙え」
その声音には、不思議と逆らえない説得力があった。
ミーネ爺は頷き、耐熱ゴーグルを直して構える。
グラードも牙を見せて笑い、「よし、風穴をぶち抜く!」とクラブを握り直す。
雷鳴と突風のリズムに合わせるように、一打一打が正確さを取り戻していく。
その流れに引き込まれるように、コーデリアも深く息を吸い――吐いた。
(余計なことは考えない。敵主将の視線も、あの挑発も……全部、外に置いていく)
指先に伝わるクラブの感触が、再び研ぎ澄まされていく。
嵐の只中、少しずつ、チームは“戦える状態”へと戻っていった。
嵐の轟きの中、次のホール。
コーデリアがパットの構えに入ろうとしたその瞬間――敵主将の打ったボールが、わざとらしい軌道で転がり込み、彼女のライン上でぴたりと止まった。
「……あら、邪魔をしてしまったかな?」
その声音はわざとらしく柔らかいが、目は冷ややかに笑っている。
審判も眉をひそめたが、ギリギリ反則にはならない。
さらに彼は、強風に乗せるように低く囁いた。
「この嵐じゃ、お前のチームは勝てない」
稲光が視界を白く塗り潰す中、コーデリアは眉をひそめ、深く息を吐く。
(……禁止令だとか、そんなもののためじゃない)
(私たちは――この空で、ゴルフを続けるんだ)
胸の奥で、嵐よりも熱い決意が灯る。
その瞳はもう、敵主将ではなく、風と雲の隙間を真っ直ぐに見据えていた。
最終ホール――
嵐はさらに狂暴さを増し、稲光が空を縦横に裂いていた。
コーデリアはティーグラウンドに立ち、瞳を細めて空を見上げる。
(風……あと三秒で南へ振れる。雷雲は……五秒後、真下に落ちる)
敵主将の冷たい視線も、観客のざわめきも、もう耳に入らない。
彼女はスイングのトップで一瞬静止し、稲光が走る瞬間を待った。
「――今っ!」
白光と轟音が同時に炸裂。
放たれたボールは雷雲の真下をくぐり抜け、真っ白な稲妻に包まれた。
雷魔力が衝撃波のように弾け、球は通常の倍の速度で突き抜ける。
視界を裂く光の矢は、一直線にグリーンへ――
そして旗竿の手前、ピンそばわずか十センチで静かに止まった。
雷鳴と歓声が同時に響き渡り、観客席が震える。
実況の声が嵐を貫く。
「こ、これは……嵐を味方にした! 嵐の女王、誕生だ!」
コーデリアは息を吐き、グリップを握ったまま笑みを浮かべた。
(これで――禁止令も、嵐も、全部打ち破る)
嵐がようやく収まり、空にうっすらと陽光が差し込み始めた。
最終スコアが告げられると同時に、観客席から歓声と拍手が爆発する。
「――勝者、コーデリア・チーム!」
胸を張って握手に応じるコーデリアの前に、敵主将が歩み寄ってきた。
悔しさを押し隠すような笑みを浮かべ、低く囁く。
「……次はもっと厄介な条件で挑む。お前の覚悟が本物か、試させてもらう」
その言葉を残し、彼は濡れたマントを翻して嵐の名残の霧の中へ消えていった。
観客の歓声に包まれながら、コーデリアは小さく息を吐く。
(禁止令も……嵐も……もう怖くない)
胸の奥にじんわりとした熱を抱え、彼女は次のコースを見据える。
――次回、波乱必至の第5ラウンドが幕を開ける。




