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『転生悪役令嬢、異世界ゴルフでホールインワン!』 〜マナーとスイングで世界を変える〜  作者: 南蛇井


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第12話『密ラウンド』

◆夜の囁き

 辺境ゴルフ村の夜は、今や異様な静けさに包まれていた。

 家々の灯りは早々に落とされ、人々は口を噤み、息を潜めて暮らしている。

 かつて夕暮れの練習音が響いていたこの地に、クラブの音はもうなかった。

 少なくとも、表向きには。


 だがその夜、ひとつの路地にだけ、小さな気配があった。


 「……今日は“第三の丘”だ。ボールは、持ってこいよ」


 その声は囁くように、夜風と混じって流れた。


 街灯の届かぬ裏道。

 集まったのは五人の若者たち――皆、十代半ばの少年少女だ。

 フードを深く被り、目元だけが覗くその表情には、わずかな興奮と緊張があった。


 一人が革袋を開け、中から古びたゴルフクラブを取り出す。

 まるで神具を扱うような慎重さで、指先が震えている。


 「……兄貴が隠してたやつ。バレたら……ヤバいけど」

 「いいよ。打とう。打たなきゃ、俺たちが腐る」


 短く、静かな頷きが交わされる。


 ボールも、新品ではない。擦り切れ、少し歪んだものばかりだ。

 それでも、彼らにとっては“唯一の自由”だった。


 足音を殺して歩く。

 闇に紛れ、月明かりを頼りに、森の奥へと向かう。


 目指すは村外れ、“第三の丘”――


 かつて秘密の練習場だったその地は、今や密かなる希望のコース。

 誰にも言えない、誰にも奪わせない、彼らだけのフィールド。


 誰かが言った。


 「……一打目は、お前だろ?」


 仲間の一人が苦笑しながら、ボールを芝の上に置いた。


 闇に溶けたその白球が、まるで星のように淡く光って見えた。


 少年はひとつ深呼吸し、クラブを構える。


 “ヒュッ”


 風を切る音。

 振り抜かれたクラブが空を裂き、ボールが宙を舞った。


 打球は夜空に弧を描き、月の光のなかへ吸い込まれていった。


 密やかなる、反抗の一打。


 それはただの遊びではない。

 この世界で奪われたものを、取り戻すための――

 最初のスイングだった。



◆密ラウンド開始

 月明かりに照らされた森の奥、そこはもう畑ではなかった。


 かつて作物が育っていた斜面は、いまや静かな“コース”と化している。

 草むらは丁寧に刈られ、石は脇に寄せられ、土を踏み固めて作られた簡易グリーンがそこにあった。

 旗の代わりに小枝を刺し、カップの代わりには空き缶が埋められている。


 ――誰に教わったわけでもない。ただ、やりたかったから。

 ただ、打ちたかったから。

 その想いだけで、彼らはこの場所を作った。


 「このコース、前より平らになったな」

 「昨日、みんなでスコップ持ってきて整地したんだよ」


 木の枝を削って作った手作りのクラブを握り、少女が笑う。


 その笑顔は幼いようで、どこか凛としていた。

 17歳。帝国の学校では“魔法兵育成課程”の年齢だ。

 けれど、彼女の両手が握るのは剣ではなく――ゴルフクラブ。


 「ゴルフが、私たちの自由なんだよ。禁止令なんて知らない」


 そう言ってティーアップしたボールを見つめる彼女の横で、別の少年が軽く笑った。


 「いつか、堂々と昼間にやれる日が来るさ。兵士の目を気にせず、太陽の下でさ」


 18歳の少年――かつて帝都の予備軍学校にいたが、思想の違いで辺境に送られた者だった。


 彼のフォームは美しかった。だが、その足元には帝国の靴ではなく、泥にまみれた革靴があった。


 スイングの音が、風に混じって森に響く。


 “カシュッ”


 ナイスショットとは言い難い。

 けれど、その一打には、誰よりも真っ直ぐな気持ちが乗っていた。


 「……いい音」


 「ま、ちょっと右に曲がったけどな」

 「それがまた味ってもんだよ」


 皆が笑う。声は小さく――でも、確かに心からの笑いだった。


 焚き火も灯さず、囁き声だけでラウンドは続く。


 フェアウェイなどない。ラフしかない。

 それでも彼らは、何も失っていなかった。


 闇の中で続く“密ラウンド”。

 帝国に奪われたものを、夜の中で取り戻すためのささやかな反撃だった。



◆コーデリアの影の支援

 静かな森の縁に、二つの影がたたずんでいた。


 一人は、肩までの銀髪を夜風に揺らす少女――コーデリア。

 もう一人は、その背後で双眼鏡を構えるメガネの補佐官、エミリア。


 「やってますね。第三の丘です。……六人、いえ、七人」


 「ええ。みんな、夜目に慣れてきているわね。スイングも最初より安定してきてる」


 月明かりの中、若者たちは笑いながらボールを打っていた。

 声を潜め、光も灯さず。それでも、打球の音だけは確かに夜を裂いていた。


 コーデリアは木箱を開け、中身を確認する。


 白銀の光沢を放つ高性能ボールが十数個。

 それに、軽量設計のジュニア用クラブ。グリップ部分には滑り止め加工を施してある。


 「これを、今夜のうちに置いておきましょう。あのベンチの下へ」


 「支援物資、ですね」


 「ええ。“見て見ぬふり”という名の、最大の味方になってあげましょう」


 コーデリアはふっと笑い、夜道へと消えていった。


 そして翌晩――。


 密ラウンドの始まった隠しコースに、コーデリアの姿があった。


 「……あの打ち方、もう少しだけ腰を落としたほうがいいわよ」


 少女が振り返ると、そこに立っていたのは夜空のような瞳を持つ元・令嬢だった。


 「コ、コーデリア様!? え、えっと、これは……」


 「怒らないわ。むしろ――手伝いに来たの」


 彼女は、ひとつ息を吸い込み、芝の上にしゃがみ込む。


 「アプローチは、“転がす”のが基本。地面を読むの。風じゃないわ。地面よ」


 そう言って軽く放った一打は、ほとんど跳ねずに真っ直ぐカップへと転がり、

 ――カシャン、と空き缶に吸い込まれた。


 若者たちが息を呑んだ。


 「すげぇ……」「今の、どうやったの……?」


 「知りたい?」とコーデリアが笑うと、少年少女たちはすぐに頷いた。


 打ち方、クラブの角度、風の読み方。

 彼女の指導は実践的で、何よりも情熱がこもっていた。


 若者たちは最初こそ緊張していたが、数十分も経てば顔に汗と笑顔が浮かぶようになり、

 その瞳には敬意と、少しの憧れが混じっていた。


 「……コーデリア様って、本当にゴルフが好きなんですね」


 その一言に、彼女はわずかに目を細めた。


 「好きよ。命を賭けてでも、守りたいくらいにはね」


 それは、ただのスポーツではない。

 剣よりも、魔法よりも、魂を鍛える“心の競技”。


 夜はまだ終わらない。

 密やかに、しかし確かに――希望のスイングは風を裂いていた。



◆帝国側の描写(対比)

 帝都イーヴェルンの軍営裏庭。

 陽の落ちた砂利敷きの空間に、ふたつの影が並んでいた。


 「ナイスショットだ、グレイ。……まさか、お前がこんなクラブを隠し持ってたとはな」


 「兄が残してくれたんだ。壊せなくてさ……」


 若い兵士二人が、くすんだ革袋から取り出した古びたゴルフクラブを構え、

 芝のない地面に転がるボールを順番に打っていた。


 ――その時。


 コツン。


 ボールが転がった先に、黒い軍靴が立った。


 ふたりが顔を上げる。

 そこには、無表情のまま立つ上官の姿。


 無言のまま、数人の兵士が現れ、グレイたちの両腕を後ろに捻り上げる。


 「ッ、ま、待ってくれ! これはただの遊びで――っ!」


 叫びは夜に吸い込まれた。


 翌朝、軍営正門横の掲示板には、ひとつの文書が貼られていた。


【命令違反者:懲罰処置報告】


・第六中隊 兵卒 グレイ・ハルド   ───《取消》


 その名は、赤線で無慈悲に塗り潰されていた。


 理由の記載はない。

 誰もがそれを読んだが、誰もが読まなかったふりをした。


 掲示板の前には、誰の姿もなかった。

 風だけが、紙をゆらゆらと揺らしていた。



◆密ラウンドのクライマックス

 森の中。簡素なグリーンに照らすものは、ただ月だけ。


 「ファー! ……って、声出すなって!」


 「わ、わりぃ!」


 抑えきれない笑い声が、夜気を震わせる。


 若者たちの“密ラウンド”は、すでに最終ホールに差し掛かっていた。

 空き地に刈られた芝、土で作られたカップ。

 木の枝や手作りのクラブを握り、誰もが本気のスイングを見せていた。


 そのとき。


 「……光?」


 第三の丘の先、森の外――。

 そこに、いくつもの小さな光点が揺れていた。松明の火だ。


 「誰か来るぞ!」


 誰かが声を上げ、全員が構える。

 手製のクラブを握り直し、全員が無言で警戒態勢に入る。


 だが――


 「おいおい、騒がしいと思ったら……こんなとこで夜遊びか?」


 低く、ぶっきらぼうな声が森に響いた。


 そこに現れたのは、髭面の大男。


 「ラ、ランバルトさん……!?」


 クラブ職人、ランバルト。

 ごつい腕に抱えた袋の中には、修理されたばかりのクラブが数本入っていた。


 「こないだ預かったやつ、直しといたぞ。さっさと受け取りに来い、バカども」


 がさつな言葉に、若者たちはしばし呆然――

 ……そして、一人が笑った。


 「……マジで、持ってきたんですか」


 「そりゃあな。使う奴がいるなら、道具屋は道具を届けるもんだ」


 ランバルトがクラブを投げ渡すと、少年がキャッチし、にやりと笑う。


 「じゃあ、ラストホールいきますか!」


 夜の空に、再びスイングの音が響く。

 その音は、誰にも止められなかった。





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