表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『転生悪役令嬢、異世界ゴルフでホールインワン!』 〜マナーとスイングで世界を変える〜  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/31

第11話 ゴルフ禁止令、発令

◆帝都からの布告

 帝都イーヴェルン──威厳と冷厳の都。

 灰色の石で築かれた広場に、今、民衆が集まり始めていた。


 空は曇り。風は吹かず。

 ただ、中央の布告台に掲げられた赤い封蝋が、血のように重く沈黙を放っていた。


 「……まさか、あれが……?」


 人々の視線が一斉に集まる。

 やがて一人の兵士が、無骨な甲冑の音を響かせながら前に出た。


 その男は、巻物を広げ、機械のように抑揚のない声で読み上げ始める。


 >「布告──帝国全土に告ぐ」

 >「ゴルフは若者の精神を堕落させ、戦技の鍛錬を妨げ、国家の柱を蝕む異端の遊戯である」

 >「よって、これを直ちに禁止する」

 >「すべての用具は没収、コースは封鎖、違反者は罰せられる」


 ざわっ……と、広場がどよめいた。


 「な、なんでだよ……!」


 一人の青年が、思わず叫ぶ。

 その声は、鋭く空気を裂き、群衆の胸を突いた。


 だが、即座に兵士たちが動いた。

 銀の長槍が揃って持ち上がり、整然と列を組んで群衆を押し返す。


 「下がれ。布告は絶対だ」


 その一言で、辺りの空気が凍りついた。

 誰もが足を止め、言葉を失った。

 兵士の無表情な仮面が、帝国の冷酷さを如実に物語っていた。


 騒音は消え、風もない広場に、巻物を巻き取る音だけが残る。


 ──コトリ。


 それは、希望が一つ、地面に落ちた音だった。


◆村への報せ

 乾いた風が、草の匂いを運んでくる。

 今日も辺境ゴルフ村の空は青く、練習場では子どもたちがパターの感覚を確かめていた。


 ──その空気を、乱す音が響く。


 パカラッ、パカラッ……!


 帝国の紋章を掲げた軍馬が、一気に村の広場に飛び込んできた。

 馬上の伝令兵は、無言で馬を止めると、懐から赤封蝋の布告文を取り出す。


 「村長殿、帝都からの急報です」


 村長は目を細めながら、重々しくその文を受け取った。

 集まった村人たちがざわつき始める。


 「帝都から……? 珍しいな……」

 「まさか戦争か?」

 「でもこの平和な村に、何の用が……?」


 その場にいたエミリアが一歩前へ出て、文を村長から受け取る。

 赤い封蝋を割ると、細長い巻物が静かに広がった。


 彼女は一呼吸おいてから、読み上げ始める。


 >「布告。帝国全土に通達する──」

 >「ゴルフは若者の精神を堕落させ、戦技の鍛錬を妨げる異端の遊戯と認定された」

 >「よって、即刻すべてのゴルフ行為を禁止とする」

 >「用具は没収、練習施設およびコースは封鎖、違反者は処罰の対象となる──」


 読み終えた瞬間、広場に沈黙が落ちた。


 「……なんだって!?」

 「そんな馬鹿な!」

 「俺たちが何をしたっていうんだ!」


 声にならない怒りと困惑が、次々と噴き出す。

 いつも陽気なクラブ職人ランバルトでさえ、目を伏せたまま何も言わなかった。


 エミリアは文書を見つめながら、ぽつりとつぶやく。


 「……まるで、戦争前夜ですね」


 その言葉に、場の空気がさらに冷たくなる。


 すると、コーデリアが静かに前に出た。

 視線はまっすぐ、布告文を見据えたまま、強い声で告げる。


 「文化を奪うことは、魂を縛ることです」


 その響きは、村人たちの心にじわりと染み入っていくようだった。

 誰もが、自分の手で握っていたクラブの重みを思い出していた。

 これはただの“遊び”ではない。

 この村で培われてきた、自由と創意の象徴なのだ。


 風が吹いた。

 それは、時代の変わり目を告げる風だった。


◆圧力の兆し

 夕暮れのオレンジ色が、練習場の芝生を照らしていた。

 少年たちはクラブを握り、少しでもコーデリアのフォームに近づこうと夢中になっていた。


 「よーし……次は風を読んで打つよ!」

 「さっきより、もっと右を狙って――」


 そんな楽しげな声に、鋭い蹄の音が割り込んだ。


 ガシャッ、ガシャッ……


 村外れの坂を、黒い軍装の兵士たちが数名、ゆっくりと下りてくる。

 中央の男は粗末な装甲に身を包みながらも、その態度は威圧的だった。


 「おい、ここで何をしている」


 少年たちは一斉に動きを止めた。

 その中のひとり、レンという名の快活な少年が口を開いた。


 「見てわかんだろ? 練習だよ、ゴルフの!」


 「ふん……ここも近日中に封鎖される予定だ。訓令に逆らう気か?」


 兵士の口調には、まるで教育係のような苛立ちと見下しが混じっていた。


 「やめろよ!」

 レンが声を張り上げた。

 小さな身体で必死に、クラブを抱えて兵士の前に立つ。


 「ゴルフは悪いことなんかじゃない! 誰にも迷惑かけてないだろ!」


 しかし次の瞬間、彼の肩をがっちりと掴んだのは、自分の父親だった。

 顔色は青白く、声も震えていた。


 「レン、やめろ。……下がれ」


 「でも父さん――!」


 「お願いだ……! 何かあってからじゃ遅いんだ……」


 レンは悔しそうに唇を噛みしめながら、クラブを地面に置いた。

 兵士たちは嘲るような笑みを浮かべ、ゆっくりと練習場をあとにした。


 その背中には、「次はないぞ」と言わんばかりの無言の圧力が宿っていた。


 ──そして、その夜。


 村に戻ったコーデリアたちのもとに、一人の旅商人が駆け込んできた。


 「大変だ……隣村の練習場が、火事で……!」


 「火事?」

 「まさか……ゴルフ場が燃えたってこと?」


 旅商人は頷いたが、表情にはどう見ても“ただの事故”とは思えない色が浮かんでいた。


 「帝国兵が来てたって噂もある。でも奴らは……“事故”だと、そう言い張ってる」


 夜の空に、火の粉の残像がうっすらと浮かぶ。

 コーデリアは唇を引き結び、空を見上げた。


 ゴルフの風が止められようとしている――。

 静かに、しかし確実に、抑圧の影は村にも忍び寄っていた。


◆コーデリアの静かな怒り

 辺境の夜は、星明かりと風の音だけが支配していた。

 灯火の絶えた村道を、コーデリアはひとり歩いていた。


 月光が彼女の銀髪を撫でる。

 手にはゴルフクラブではなく、帝国の布告文の写し。

 すでに何度も目を通したそれを、彼女はじっと見つめながら呟いた。


 「……“若者の堕落を防ぐため”、ね。聞こえはいい」


 コーデリアの声は冷えきっていた。

 それは怒りよりも、吐き捨てるような失望に近かった。


 「要するに、“使えない文化”は排除する。それだけのこと」


 帝国が進めているという新しい魔法競技――

 軍の訓練と直結し、戦術魔法を競う“戦闘演習型の祭典”。


 おそらく今回の禁止令は、その利権のため。

 ゴルフのような“自由な遊び”は、軍国主義と矛盾する。

 無害で、平和で、心を解き放つものは、彼らにとって“不都合”なのだ。


 「……文化は、戦争の道具じゃない」


 低く、しかし強い声音で彼女は呟いた。


 そんな時、ふと風に乗って笑い声が届いた。

 コーデリアが顔を上げると、遠くの広場――草原の端で、数人の子どもたちがクラブを振っていた。


 木の枝をクラブ代わりに、地面に置いた石ころを打つ、即席のゴルフごっこ。

 スイングの形はめちゃくちゃで、ボールは斜め上にすっ飛んでいった。


 「わははっ! すごい飛んだぞー!」

 「見たか、これが“風読みショット”だっ!」


 ──彼らは何も知らない。

 ゴルフが“禁止された”ことも、帝国が“抑え込もう”としていることも。


 けれど、その笑顔は、まっすぐだった。

 空を見て、風を読んで、ただ打つことを楽しむ笑顔。


 コーデリアの足が止まった。


 彼女の視線が、ゆっくりと子どもたちに注がれる。

 微笑むでもなく、叫ぶでもなく、ただ黙ってその姿を見つめた。


 しばしの沈黙ののち、彼女はそっと目を閉じた。


 「……守らなきゃね」


 その声は、風に溶けて消えた。


 次に目を開けたとき、コーデリアの中に迷いはなかった。

 怒りを静かに燃やしながら、彼女はクラブのある倉庫へと歩き出す。


 “文化”とは、ただの娯楽ではない。

 人が自由でいるための、生きるための証だ。


 「奪わせない。絶対に」


◆黒い旗

 朝靄のなか、辺境ゴルフ村は静かだった。

 鳥の囀りもなく、村人たちは皆、口を閉ざしていた。


 村の入り口――

 石で組まれた門柱の上に、それは無言で立てられた。


 黒い旗。

 金の刺繍で描かれた“剣と鷲”の紋章。

 帝国軍の占領地にのみ掲げられる、統制の象徴。


 その旗が、ゆっくりと風にたなびいた。


 「これよりこの村は、“ゴルフ禁止地区”とする」

 兵士の一人が、事務的に宣言した。

 口調には怒気も悲哀もなく、ただ機械のような冷たさがあった。


 その場に集まった村人たちは、誰一人言葉を発さなかった。

 呻く者も、泣く者もいない。ただ、押し殺した沈黙が辺りを満たす。


 風が一陣、吹き抜けた。

 掲げられた黒旗が、パリパリと乾いた音を立ててはためく。


 少し離れた場所に、コーデリアはいた。

 一歩引いた丘の上から、村と旗と空を見つめていた。


 その表情に、怒りも焦りもない。

 あるのはただ、静かな確信。そして、小さな呟き。


 「……嵐は、もう吹き始めていますね」


 誰に語るでもなく、誰にも聞こえないように。

 けれどその言葉は、確かに空へと放たれた。


 遠くの空には、黒雲が流れ込んでいた。

 帝都の方向から広がるその雲は、まるで未来を覆い隠すかのように。


 だが、希望はまだ尽きていない。


 風は吹く。打ち返すために。

 クラブを握る者たちがいる限り――


 物語は、まだ終わらない。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ