94話 力の勝負!
バント。
簡単そうに見えて、意外と難しい。
特に速球、浮き上がって見える球は困難を極める。
タイミング外しはあまり意味をなさないのだから、必然的にその2球に絞られる。
(ま、ライズボールだろうなぁ。本気になるとそれも凄くなるって話だったけどねぇ)
二宮に投じられた2球目は、まさに全力のライズボールだった。
想像以上の浮き上がり。
……だが。
「百合、ファースト!」
こつんとバットに当てたボールはコロコロとサード方面へと転がり、見事にバントは成功した。
ファーストからすまし顔で帰ってくる二宮に、真中が少し嫌味な顔で出迎える。
「ずいぶんと余裕そうな顔ですね」
「そりゃあねぇ。こういう時こそ、したり顔でいるのが一番だよぉ」
「どういうことですか」
「いやぁ、ファウルになってもいいつもりで予想より上の位置にバット出してたら、丁度良く当たってさぁ。ま、これも日ごろの行いが為せる業だよねぇ」
二宮がけらけらと笑いながら言うので、真中は呆れたように頭を抱える。
「先輩、2ストライクからバントするつもりだったんですか」
「もちろん。ま、なんとかなるっしょぉ」
「みずきが賭けで初球盗塁したっていうのに……」
次は一ノ瀬が打席に入る。
ワンアウト、三塁。
ここまでは計算通りに事が運んだが、相手もそう簡単に点を取らせてくれそうにない。
初球はライズボール。
一ノ瀬はピクッと右手が反応したが、スイングをせずにストライクを見送った。
2球目はインハイ、デッドボールすれすれのストレート。
「ぐっ……!」
一ノ瀬は三白眼で睨んだが、対する華園もキャッチャーからの返球を捕りながら真っ向から睨み返した。
3球目。
「絶好っ……!」
ど真ん中の絶好球。
だが、いつまでたってもボールが来ない。
一ノ瀬は体が前に突っ込みながら、テニスのバックハンドのように片手でボールを拾う。
それはタイミングが早すぎたためか、一塁線を割るファールとなった。
華園がロージンバッグを2、3回ほど宙に舞わせて叩き落し、余分な粉を落とすよう息を吹きかける。
一ノ瀬は滑り止めのスプレーをグリップにかけ、バッティンググローブが破れそうになるほどに手を絞る。
力vs力。
両者ともそれは分かっていた。
(ジャイロボールと、ライズボール。癖が、見抜かれてる、可能性がある。でも。球種が分かっていたとしても。チェンジアップの後のストレートなら……)
(ストレートは得意球、それが来るなら……)
『『私が勝つ』』
口には出さなかったが、両者とも目がそう物語っていた。
勝負の4球目は、これもインハイのストレート。
次は、ストライクゾーンぎりぎりに投げ込んできた。
ギィン! と、鈍く重い音が響き渡る。
「セカンド! バックホーム!」
マスクを取った胡蝶が叫ぶと、捕球したセカンドが体勢を直してホームへ送球する。
体勢が崩れていたとはいえ、前進守備で速い打球。
だが三塁ランナーの小鳥遊は一切の迷いがなかった。
打球がバウンドする前にスタートを切り、一目散にホームへ突っ込んでいく。
「みずき!」
ネクストバッターの友希が腕でジェスチャーすると、小鳥遊は指示通りに三塁側へ避けながらホームベースへ左手を伸ばす。
「これは……」
身を乗り出してクロスプレーを見つめていた柴谷が息を飲む。
そして、審判の判定が出る前に、高峰が断定した。
「……セーフね」
高峰の言葉通り、相模南のスコアボードには1点が刻まれた。
「みずき最高だよ!」
「ありがと、友希ちゃん」
ホーム付近で抱き合う友希と小鳥遊を横目に、一塁コーチャーを代わった二宮が一ノ瀬に悪態をつく。
「いやぁ、ホームがクロスプレイでセーフだったのに、優美は一塁ぎりぎりだったねぇ」
「ぎりぎりではありませんわ。普通にセーフでしたわ」
「そうだよねぇ。FCを狙うためにわざとああいう打球にしたんだよねぇ」
「……。球種は分かっていましたのに……。そのうえ前進守備でしたのに……」
「いやぁ、1点入ったんだからもっと喜ぼうよぉ」
ストレートには自信があったのか、期待以上の結果にもかかわらず一ノ瀬は肩を落とした。
そして、同様に点をやらない自信があった華園は、帽子を深くかぶり誰にも目を見せなかった。
ホームのカバーをしていた華園が友希の隣を通る。
その瞬間、ぞくり、と友希の背中に悪寒が走った。




