88話 試合はまだ始まったばかり!
「……2点かな。私の予想は。あんまり、外れないよ」
「そっかー。じゃあ、ここで試合が決まるね」
「……さっきまでの。相手なら、だけど」
「厳しいってこと?」
「それは。相手が、立ち直るか、どうか。……でも」
2番バッターは投山のストレートを叩きつけ、打球はサードの前で大きく弾んだ。
「っ! ……ファースト!」
熊捕は打った瞬間に分かった。
これはホームは間に合わない。
セカンドも間に合わない。
「……1点は、確実」
華園の言葉通り、河﨑女子が3回の裏、先制点をもぎ取った。
―――そして。
「出番だな、あたしの」
空気を切り裂く素振りの音が、次のバッターである空木から響き渡る。
2アウトランナー二塁。
得点圏で最も回って来て欲しくないバッターが打席に入る。
「桜ちゃん!」
友希が思い切りグラブを叩く。
それを見て、投山は目を瞑って深呼吸をして。
目を見開いた。
初球、インハイのストレートを空木は見送る。
2球目、さらに厳しいところから切り替えしてくるシュートを、これも見送り2ストライク。
そして3球目。
遊び球はない。
「燕……返し!」
投山が叫んだ瞬間、ボールは消えるように落ちていく。
空木は膝を折り、完全に体勢は崩れたが。
乾いた金属音のあとに、バックネットにボールが当たる『ガシャン』という音が響く。
「これが噂のシンカーか、流石だな」
空木はバットを肩にコンコンと当てながらキャッチャーの熊捕に語り掛ける。
「……読んでおったか」
ストライクゾーンから打つ直前にボールゾーンへと切り返すシンカーは、読んでいなければバットに当てることすら困難極まる。
しかも初見であれば、どんな天才でも高校生には不可能だ。
「まあな。噂は聞いてるぜ、燕返しだっけ?」
「……」
まだボール球は使える。
なら、インコースに。
ミットの一部が空木の体に被るように熊捕が構える。
投山は頷き、いつも通りに球を投じたが。
「甘いわボケ!」
シンカーを粘られたのが相当ショックだったのか。
カットボールは、ボールゾーンには入ってこずに、インコースのベルト付近に向かっていく。
キィィン!
ボールが、熊捕の視界から一瞬で消えた。
動体視力がよく、打たれればすぐに打球方向のポジションを叫ぶ熊捕が、どこに飛んだか分からなくなる。
「友希ちゃん!」
代わりに叫んだのは、ショートの小鳥遊だった。
サードの友希に、ハーフバウンドの打球が襲う。
半歩、横にずれれば正面で捕球できる。
半歩こそ動けたものの、完全な捕球体勢には入れなかった。
1回戦の、一ノ瀬のホームランよりも打球が速いのではないかと思うほど。
ドッ、と友希のみぞおちにボールがめり込む。
「いっ……!」
ボールは友希の目の前にポトリと落ちる。
呼吸ができない。
目に涙が浮かぶ。
ボールを掴むためにかがんだ瞬間、膝を折りたくなる。
……それでも。
歯を食いしばれ。
限界まで腹筋に力を入れろ。
あと数秒、ファーストに送球できるだけの力を。
「……!」
脳内で、大声で叫ぶ。
痛みのせいでフォームはばらばらだが、それでも意地でボールを放つ。
「……アウト!」
審判のコールを見届け、友希は膝から崩れ落ち前のめりに倒れた。
「友希ちゃん!? 大丈夫!?」
「……みずき……。おんぶ」
「う、うん」
友希は小鳥遊に背負われながら、ベンチへと戻っていく。
「大丈夫? 次の回、打順回ってくるけど」
「たぶん……。試合は始まったばかりだし、こんなとこでリタイアできないよ。でも……うーん、みずきのうなじって何かエロい」
「……お、下すよ」
「待って待って! お腹痛いから!」
友希の説得も虚しく、というより大声を出したのが逆効果だったのか、小鳥遊は友希を下ろしてそそくさとベンチへ戻る。
「友希、流石なのだ! 我は友希を信じてたのだ!」
「うん、圧し掛かるのは勘弁して……」
3回の裏、1点は先制されたが、何とか士気は保ちつつ試合は中盤を迎える。
だが、まだ相手のエースである華園の本領はここからだった。




