86話 球速こそ正義!
小鳥遊に投じられた4球目。
それは、1回戦も含めて初めて見せる球だった。
真ん中高め。
打つだけなら最も簡単なコース。
だがそれは、投手にとっても最も力の入りやすいコース。
ドォン! と、ミットの音が響き渡った。
「ストライク、バッターアウト!」
―――小鳥遊は、バットを振ることさえ許されなかった。
秋の風がマウンド上を通り抜け、帽子を取った華園の髪をなびかせる。
その姿は正にエースの風貌だ。
球速こそ正義だと言わんばかりの立ち振る舞い。
だが、球場がどよめいたのは、その風貌だけではない。
全ての球ではないが、時折バックスクリーンには球速表示が出る。
その値は。
「セット、ポジションで……ひゃく、20km/h……?」
1回戦も併せて最速。
女子にとって、120km/hは1つの壁だ。
右京の親友であり、アメリカの高校でエースを張っているマリーに120km/hオーバーの球で練習したとはいえ。
チェンジアップの後に投じられては、体感でそれ以上に思える。
球が浮き上がるわけでも、加速するわけでもない。
ただ純粋に、速い。
それだけが、他の球さえ霞めてしまう。
最速のストレートとは、そういうものだ。
下唇を噛み締めながら、小鳥遊はベンチへと戻る。
「ほら」
「……雨音ちゃん」
ヘルメットを外した小鳥遊に、真中がグローブを手渡す。
「いつまで沈んだ顔をしてるのよ。元々、この回は捨てる算段だったじゃない。あの球を引き出しただけでも儲けものよ」
「桜ちゃんが、大丈夫ならいいんだけど」
友希は、サードランナーだった投山にグローブと紙コップのスポーツドリンクを持っていく。
「ごくごくごく……。ぷはー!」
「いい飲みっぷりだね、桜ちゃん」
日差しが強いとはいえ、秋の涼しさが出始めた9月に投山は汗を垂らし始めている。
「おかわりが欲しいのだ」
「駄目だよ、お腹タプタプになっちゃうもん! ……って、いいよ、ゴミは私が持ってくから!」
一息ついて、落ち着きを取り戻した。
……そのはずだった。
確かに体力は戻っていた。
いくら執拗に牽制されたと言っても、投山の体力はそんなもので無くなったりはしない。
だが、精神はだいぶやられていた。
アウトになるのではないかという恐怖。
そしてさらに問題なのが、華園の手抜きを演技だと投山が理解していないことだ。
誰も、ヒットを打った投山にあれは手抜きだとは言わなかった。
いい気分で投げさせようと思ったのが、裏目に出たのだ。
自分がヒットを打てたのだから、皆なら点を取ってくれるだろう―――、そんな期待から失望に一転し、自分は一体いつまで0で抑えなければいけないのだろうか。
早く守備を終わらせて攻撃に。
そんな思いが、投山の投球を崩してしまった。
「ボールフォア!」
外角に大きく外れ、先頭打者に四球。
下位打線相手に、絶対にやってはいけないとキャッチャーの熊捕にしつこく言われた結果。
「投げ急ぐな。深呼吸しろ」
熊捕はボールを素手で丁寧に磨いた後。一言添えて返球する。
投山は言われたとおりに深呼吸をするが、それすらも浅く速い。
次の9番バッターには簡単に送りバントを決められ、打線が一巡して1番バッター。
―――それは、4球目の左バッターに対し投じられたアウトコースのチェンジアップ。
チェンジアップは抜く球だ。
腕を大きく振りつつも、球を抜く。
それができなければ、少しお辞儀するだけの遅いストレートでしかない。
「セカンド!」
熊捕が叫び、二宮が呼応する。
強烈な当たりはセカンドの左を抜けていこうとしたが、二宮の足なら守備範囲。
―――いや、『だった』
そう、二宮が本調子ならばの話。




