70話 怪我は誰しも抱えるものと言うけれど
三塁線を抜ける長打、と誰もが思った。
「抜かせ、るかああああ!」
友希は目一杯に体を伸ばし、グラブの先端にボールを引っかけた。
「バックホームじゃ!」
打球はフェアでも、勢いで友希の体はファールゾーンに大きくはみ出していた。
熊捕もそれに合わせて、三塁側で友希の返球を待つ。
友希はこれまでの経験からその瞬間、脳裏で未来が見えた。
ああ、これはセーフだ。ホームに投げても、十中八九間に合わない。
それでも。アウト1つと一塁への出塁を犠牲にしても、ホームに投げなくてはいけない場面だった。
「おりゃあああ!」
友希は地面へ倒れこみながらも、バックホームを敢行した。
体が流れる分、送球も思ったより少しだけ三塁側へ流れた。
高峰はホームの先で待つ仲間の指示に従い、一塁側へ躱す。
一定の間を置いた後、審判が告げる。
「……セーフ!」
その判断は無情にも。
「やったあああ!」
斡木クラブは、勝利を確信したような歓声を上げた。
8回の表、ここでの追加点はあまりにも重い。
「惜しかったわね。もしもブロックが禁止でなかったなら。もしもミットを左手につけていたのなら。……アウトだったかもしれないわね」
右利きである以上、グラブを左手にはめている以上。三塁側に流れたボールのタッチはどうしても遅れてしまう。
だが、そんなもしもの話は何の意味をなさない。
「……ごめん」
マウンドに集まって友希が頭を下げた。
誰も友希を責める気にはならなないが、それでもこの終盤での追加点は心に刺さるものがある。
投山も、小鳥遊も、友希も、あの熊捕でさえも。
目線が俯きがちになっている。
そんな時に、二宮が深く息をついた。
「大丈夫だってぇ。まだ攻撃2回あるんだからさぁ」
「集中力を切ってしまったら、本当にお終いですわ」
「ラビッツだってさぁ、終盤で逆転した試合はいくらでもあるしぃ。ねぇ、ゆっきー」
二宮は友希の肩に手を回しながら笑顔を浮かべる。
「……意地が悪いですね。おかげさまでオーシャンズのクローザーは配置転換しましたし。……まぁ、2点なんかすぐ逆転するし逆転される点差、ですよね」
「そうこなくっちゃ」
落ち込もうが、後悔しようが、失った点は戻ってこない。
この試合に勝つには、相手を0に抑えて2点差を逆転するほかはない。
――――だが。
続く4番打者が放った打球。
想定より球威があったのか、差し込まれて緩やかなセカンドゴロ。
一塁よりだったため二塁アウトは無理だ。
二宮がそう判断し、打球を捕球するためにブレーキをかけた瞬間。
ビキィ!
と今までにない音が神経から伝わった。
奥歯をかみしめ、ファーストへ送球する。
少しずれたが、問題なく打者はアウトになった。
「つ、ツーアウトだねぇ。……ごめんサタンちゃん、ちょっと靴紐」
タイムを取って靴紐を結び直すふりをしながら、痛みが走った場所を擦る。
「大丈夫、大丈夫……」
痛みは引いたが、違和感が大きくなっている。
全力疾走をしたら、左足がどうなるか分からない。
顔に出してはいけない。怪我をしていると僅かでも見せてはいけない。
二宮はグラブで顔の下半分を覆いながら守備位置へ戻る。
続く5番打者は何とか三振で切り抜けたが、8回の裏の攻撃は。
―――二宮から。




