38話 期末テスト、前篇!
7月末の1週間は期末テスト。
その2週間前に、監督が言った。
「赤点になった人は補修ですけれどー。私が受け持つ数学で赤点になった人はー……。まーそれはお楽しみですねー」
「「「 …… 」」」
期末テスト。
その単語に露骨に顔をしかめたのは、友希、投山、右京の3人だった。
しかし、真中や熊捕もそこまで勉強に自信があるわけではない。
その日の部活の後、部室にて緊急会議が開かれることとなった。
「みんな、今日の議題は言葉にしなくても分かっていると思うけど」
ホワイトボードの前に友希が立ち、他1年生と右京に左門が取り囲んでいる。
皆の視線を集めながら、神妙な顔をして友希は口を開いた。
「……数学って、人生に必要なのかな?」
「……暴論ね」
「勉強を教えあうとか、そういう話だと思っとったんじゃが」
投山と右京以外は、呆れたように友希を見る。
「いやいや、動く点Pとか、実際に見たことある? っていう話だよ!」
「……まあ、確かに僕も思ったことがないわけじゃないけど」
ホワイトボードを叩きながら友希は力説するが、あまり賛同は得られていない。
「やけど、一年前期の期末テストの範囲って、確か確率の問題やったやんな?」
「左門先輩の言う通りよ。微分、積分ならいざ知らず、『確率』は人生にとって必要なの。スポーツ選手にとってもね」
そこで、今まで押し黙っていた投山が挙手をした。
みんなの注目を集めたところで、すくっと立ち上がる。
「確率なんて全部フィフティフィフティなのだ! やってみなければ分からないぞ!」
「ヘイ、サクラ! 今とっても良いこと言ったネ!」
「桜ちゃんはやっぱり大魔王サタンだよ!」
勉強が不得手な友希、右京は投山の言葉に賛同するが、中々本題に入らない3人に、他の皆は目を細める。
「……延々と宝くじでも買って破産すればいいんだわ」
「アイリちゃんは微分の問題やで。定義から教えたるからな」
「三次元を微分すると二次元に……。ミーもアニメの世界に入れるデスカ!?」
「入れへんで」
業を煮やした熊捕が、友希を払いのけてホワイトボードの前に立つ。
「今日は勉強会の予定を立てるために集まったんじゃ。幸い、左門先輩がわしらの面倒まで見てくれるとのことじゃから、最悪でも数学の赤点だけは回避しなくてはならん。連帯責任で罰を受けるのだけはごめんじゃ」
「へ、へぇ~。まるで紅葉ちゃんは数学が得意みたいな物言いだね~」
視線を泳がせながら、友希は目の前に立っている熊捕に言う。
「おう。数学と日本史は得意じゃ。逆に英語は苦手じゃの」
「わ、我は音楽と美術と家庭科が得意なのだ!」
「センター試験に無い科目なのが残念だね」
「……話を戻すが」
熊捕はホワイトボードに書き込んでいく。
「まずはわしらが友希と桜に基本的なことを教えるけえ。その後、応用的な所を左門さんに教わっていく感じじゃ」
「「はーい」」
そして翌日から、部活の後に一時間、数学のテスト勉強が始まった。
「まずは場合の数じゃな。それで重要になってくるのが、このPとCじゃが」
「あ、分かった! ピッチャーとキャッチャーでしょ!」
ピシッ、と、熊捕のこめかみに青筋が走る。
「監督も言うとったが、真面目な話をしている時にボケを入れられるのは確かに腹が立つのう……」
「ゆ、友希、紅葉を怒らせると怖いのだ!」
「べ、別にボケたわけじゃないよ!」
「ボケたわけじゃないなら、授業をちゃんと聞いていなかったってことね」
友希と投山は、手に持っているペンを折ってしまいそうな熊捕にたじたじとする。
「友希ちゃん、Pはパーミュテーションで順列、Cはコンビネーションで組み合わせだよ」
「はえ~」
「……まずそこから話をせんといけんとはのう」
熊捕は頭を抱えて項垂れた。
そこから、勉強会は熾烈を極めた。
……試験一週間前。
「うーん、解説を聞けば分かるような気がするんだけど、自力で解けないよー」
「実際に数えた方が速い気がするのだ」
計算式だけは理解できたが、実際の問題に直面すると式を立てられない。
「問題によってはそうだけど、何十、何百通りもの場合の数を数えるのは無理よ。……まったく、自分達も勉強するはずだったのに、どうして教えるのがメインになってるのかしら」
「雨音ちゃん、教えるのも良い勉強になるよ」
「ほんと、小鳥遊は能天気ね」
問一。
箱の中に100球球が入っています。
そのうち白が60、青が25、緑が10、赤が4、金が1個ずづ。
3球同時に取り出す場合の数を答えよ。
「……分かったのだ! 五種類で順番がないから、Cの5の3で10通りだぞ!」
「ふっふっふ、違うよ桜ちゃん! 重複があるから、Cの5の1×Cの4の1でプラス20通り、さらに3種類の重複でCの5の1でプラス5通り! よって合計35通りだよ!」
「残念じゃが、金色の球は1球しかないけえ、重複はせん。よって合計は30通りじゃ」
問題を解いていると、いつの間にか近くにいた右京がひょこっと顔を出す。
「金色の球って、トッテモ卑猥なひび」
ガゴッ。
なぜか、お化け屋敷にあった警策を左門が手にしている。
「アイリちゃん、まだ終わってへんで。次は三角関数の微分やからな」
「ああん! 少し休憩させてほしいネ!」
「しゃあないなあ。じゃあ小休止ということにして、古文の勉強にしよか」
「ここに鬼がいるネ!」
泣き顔を作る右京に、左門は小さく肩を落とす。
「……分かった。じゃあうちは一年生の方を見に行くから、10分だけ休憩やで?」
「やったネ! アツコ大好き!」
「こういう時だけ、ほんま調子ええな……」
床に大の字で横たわる右京を横目に、左門は一年生がいるテーブルにやって来た。
「どうや? 計算自体はできてそうやけど」
数学の中間試験で平均より上だった熊捕、小鳥遊、真中の3人はほとんどサポートに回り、平均点の半分以下を何とか回避した友希と投山が鉢巻を任されて問題に取り組んている。
「敦子せんぱ~い、どうしてもケアレスミスがでちゃいます!」
「解答を見れば分かるのだ!」
左門は友希と投山の答案用紙を見てうんうんと頷く。
「ほらこれ、問2の引いて戻してを2回したとき、色のついた球が1球以上出る確率のやつや。式を立てるまではきっと、1から引くことを想定してるはずやのに、いつの間にか消えてるやんな? 答えを出した後に、大体それが合ってるか暗算で出してみるんや」
「暗算ですか? う~ん、そうは言われても……」
「こういうのはな、好きなもんに例えればええんや。ほら、出塁率四割のバッターが2回打席に立って、両方凡退する確率は?」
「三割五分くらいです!」
友希は考える間もなく即答する。
「……友希ちゃんの回答は?」
「……あれ? 六割四分になってる」
「友希ちゃん、野球のこととなると頭の回転が早くなるなあ。じゃあ問4の期待値の問題や。2アウト満塁でバッタボーックスに入ったバッターが、青は四球やヒットを含めた1点のタイムリーヒット、緑が2点、赤が3点、金が満塁ホームランや。で、白は凡退やな。2回打席立った時の打点の期待値はいくつや?」
「2回だから、大体この長打率だと……1.5いかないくらいですかね?」
「ええと、解答は……1.22やね」
「我の回答は0.61なのだ!」
「こうやって、当たり計算をすれば致命的に間違っていた時に気付けるんや。もし少なければ、今みたくどこかで2倍を忘れてるんちゃうか、とかな。特に友希ちゃんは野球で例えたらええんちゃう? ……あとは、そうやな。絵をかいてイメージすればより分かりやすいと思うで」
左門に数学を教わり、右京に英語を教わり、その他諸々詰め込めるだけ詰め込んで、迎えた決戦当日。
「よっしゃー! やってやる!」
「ふっ、我が大魔王の頭脳をとくと見るがいい!」
「……なぜだか不安ね」
「まあ数学の赤点はないと思うんじゃが」
「ふふ、友希ちゃん頑張ろうね」
そして試験が。
戦いが、始まる。




