34話 練習試合、逆襲
五回の表。
それは1つの綻びから始まった。
強烈なファーストゴロを一之瀬が体で止めるも、焦ったためか一塁カバーへ入った投山へのトスが乱れ、捕れないボールではなかったが投山のグラブをはじき、ノーアウト一塁。
9番には簡単に送りバントを決められ、レギュラー格の上位陣に回る。
そして、1番の柴谷への初球だった。
アウトローへ要求したはずのストレートが、球威もなく、かつ真ん中に入って来る。
そんな甘い球を見逃してもらえるはずもなく、打球は右中間を割っていった。
3-2で1点差。
誰でも思うことだが、点を取るのは難しく、点を取られる時はこんなにもあっけない。
柴谷の打球音は、そんな嫌な感触を相模南のナインに持たせた。
「桜ちゃん、大丈夫?」
「わ、我は大丈夫なのだ!」
異変に気付いた友希が声をかけたが、投山は拒否するように言った。
大丈夫ではない。
続く2番にも、甘い球をレフト前に運ばれ、一気に同点になる。
「桜、打たれるのはしゃあないじゃろうが、バックホームのカバーを忘れるのは駄目じゃろう。投手も9人目の野手なんじゃぞ」
「す、すまないのだ……」
ロージンバッグをお守りのように握りしめ、深く深呼吸をする。
それでも、変わらない。
3番に対しても甘い球が続き、快音を響せ強い当たりが飛んでいく。
……が、運よくゲッツー体制のセカンド正面に飛んでいく。
「ずっきー、いくよぉ」
「はい!」
二宮と小鳥遊は、散々練習させられて体に染みついたプレーをなぞっていく。
同点となったが、試合で始めてダプルプレーを取ると、プロの様で格好いい。
しかし、それのせいで投山の異変を忘れかけてしまっていた。
キャッチャーの熊捕でさえ、投山の「少し疲れたから」という言葉を疑わなかった。
1回攻撃の時に休めば、投山なら回復するだろうと、悪い方に信じていた。
そして五回の裏。
同点にはなってしまったものの、ダブルプレーにより雰囲気は良かった相模南。二宮がサードゴロに倒れるも、一之瀬がセンター前ヒットにより出塁する。
一気に勝ち越し、と思っていたが。
友希が、ショートゴロの併殺打に倒れた。
当たりこそ平凡だったが、ゲッツーは際どいタイミングのショートゴロ。
それを、柴谷は難なく捌く。まるで、自分達の方が上だと言わんばかりに。
流れは天秤のように両方へ傾いていたが、いまや完全に斡木クラブの方へいっていた。
六回の表。
投山の調子は戻らなかった。
先頭のバッターにレフト前ヒットを許すと、次のバッターに四球を与える。
そこでようやく、皆がマウンド上へ集まった。
「桜ちゃん、大丈夫?」
「だ、大丈夫なのだ……」
大丈夫、と相変わらず答えるが、今度は誰の目から見ても大丈夫には写らなかった。
「……」
今まで黙っていた熊捕がマスクを外す。
「一体どうしたというんじゃ。初めての練習試合じゃが、急に崩れすぎじゃろう」
「も、紅葉……。お、怒らないで欲しいのだ……」
「わしが、怒る?」
確かに熊捕は投山を叱ってはいたが、熊捕本人に怒っているという意識はなかった。
しかし、投山は熊捕に対して脅えている。
そこでようやく熊捕は思い出した。
今までも、投山は何度も熊捕にサインを送っていたことに。
怖いものを見るように、怒らないでと、言っていた。
それを、自分の打順であったり、相手のバッターにばかり気を向けていてないがしろにしていたのだ。
「……ほうか」
熊捕は、真顔のまま投山の胸を掴む。
「ぎゃー! な、なにをするのだ!」
「いや、心臓がちゃんとしてるのか確かめたくてのう。ふむ、中々良い揉み心地じゃな」
「い、いいから早く放すのだ!」
「なんじゃ、リラックスさせるマッサージも兼ねておったのに。ま、大魔王なら自分でなんとかするんじゃな」
そう言って、熊捕はマスクを被った。
「……へぇ、胸を揉むとリラックスできるんだぁ。じゃああたしもサタンちゃんのを揉んであげるよぉ」
「も、もういいのだ!」
「なんだぁ、残念。じゃあ代わりに優美のを……」
「わたくしは十分落ち着いていますわよ」
解散する前に、友希がポンと投山の肩を叩く。
「打たせてけばいいよ! 練習試合なんだから、守備陣もたくさん楽しませて!」
「僕たちも桜ちゃんの味方だよ」
「友希、みずき……」
ノーアウト12塁のピンチで、ようやく投山は本来のメンタルに戻る。
しかし、すこしばかり遅かった。
メンタルの状態に身体が追いつくまでには、少しだけ時間を有する。
その間に送りバントを決められ、そして内野ゴロの内に勝ち越される。
次のバッターはセンターフライに打ち取ってチェンジとなったが、相模南のナインには一点が重く圧し掛かることとなる。
六回の裏、斡木クラブの選手が交代する。
今までベンチにいた選手5人が守備につき、投手も交代した。
今までショートを守っていた柴谷がマウンドに上がる。
今までのピッチャーと一緒でコントロールが良いが、球速は違った。
ショートの時点で肩が良いのは分かっていたが、投手としても申し分ないほどの球速を誇る。
先頭のバッターは真中だったが、初球見逃し、2球目ファールで追い込まれた後、最後にチェンジアップで空振り三振となった。
流石の真中も、予期していない変化球で球速の落差が大きかったため、かすりもしなかった。
真中は投山にチェンジアップの存在を伝えたが、逆にそれが仇となったのか、全球ストレートで三振に倒れる。
「……」
「お主は感情の起伏が激しいのう。野球は1人でやるもんじゃないと言うておろうが。もしかして、また胸を揉んで欲しいんか?」
「そんなわけないのだ!」
「ならわしの胸を揉むか?」
「なんでそうなるのだ!?」
熊捕はヘルメットを被りながら投山の近くで話しかける。
「他人に胸を揉まれると大きくなると言うしのう。いやなら、雨音に相手してもらうんじゃ」
「……なんで自分が胸を揉むとかいう話になるのよ」
「残念じゃが、キャッチボールの相手じゃ」
「全く残念じゃないわ」
しかし、話している間に7番の右京がセンターフライに倒れる。
「終わってしもうたのう。……桜」
「な、なんなのだ?」
「胸を揉まれとうなかったら、思いっきり腕を振って投げるんじゃ。揉まれたかったら話は別じゃがな」
「……紅葉は変態さんなのだ」
熊捕は微かに笑いながらキャッチャー防具を身に纏う。
演技ではあるが、自分がこんな変な演技をするとは思わなかった。
しかも、全く気恥ずかしさもなく。
その熊捕の演技の甲斐もあってか、7回表の投山は前の回とは見違えるようなピッチングだった。
前回は連係ミスでエラーとなってしまったファーストゴロも、練習通りにアウトにする。
そして、鬼門となる一番の柴谷。
今までは打ち返されていたコースのストレートもファールになる。
2-2のカウントで迎えた6球目。
「見たか! 魔球・燕返し!」
「……試合でその名前を叫ぶのは止めて欲しいのう」
得意のシンカーで空振り三振をとった。
「……」
しかし悔しがる柴谷を横目に、斡木クラブの監督代行であり、キャプテンの高嶺は含み笑いを浮かべた。
レギュラー格である二番も、カットボールでショートゴロに打ち取り、七回表を終える。
そして、3-4の劣勢のまま、試合は最終盤を迎えていく。




