３３話 練習試合 反撃！
三回表、相手の打順は９番から始まる。
投山はチェンジアップとストレートで追いこみ、シンカーでこの日２つ目の三振を取った。
「ナイスピッチングですわ」
ボール回しをして、最後の一之瀬が手渡しで投山に球を戻す。
「我が魔球は最強なのだ！」
一回表で完全に主導権を握られたが、流れは傾きつつある。のだが、それは２回り目の上位打線を押さえてからの話だ。
１番のショート柴谷と、ライトの２番。熊捕はこの２人が、レギュラー格なのではと勘繰っていた。バッターボックスでの立ち振る舞いが、他の７人と比べて全く違う。
大会であたるかもしれない斡木クラブの、レギュラー格にシンカーは使いたくない、とも思うが、どれほど通用するのかと言うのも知っておきたい。
二つを天秤にかけて、熊捕はシンカーを使うことを決めた。
先ほどヒットを打たれたチェンジアップを見せ球にしながら追い込み、最後にシンカーで三振……というのが思い描いた配球だったが、柴谷はなんとか球にバットを掠らせ、三振を免れた。
だが、シンカーを見せればストレートも生きてくるはず。
そう思いアウトローにストレートを要求した。球は要求より高めに浮いたが、力強いストレートがアウトコースへ向かっていく。
しかし、柴谷はこれを捉え、レフトへ運ぶ。
捕れるか、落ちるか。
際どいボールに対し左門は果敢に突っ込み、スライディングしながらキャッチした。
「ナイスキャッチなのだ！」
打たれた、という思いが強かった投山は、他の部員より大きな声で喜ぶ。
左門は、打球判断に優れているわけでも、足が速いわけでもない。真中なら、普通に捕球できたかもしれない。
それでも、追いつけば捕れる、という信頼感があった。
そして２番。この流れならいける、そう思っていた矢先だった。
初球、変化しないカットボールが甘く入り、センター前へ運ばれる。
そして次のバッターの二球目、配球はストレートだったがまたもや盗塁を決められた。
先ほど盗塁を刺した走者とは明らかにレベルが違う。
「……油断したつもりじゃあなかったんじゃが、まだまだ鍛錬が足りんのう」
そして３番。レギュラー格ではないにしろ、中軸を任されるバッターだ。かといって、外野に運ばれれば一本で還ってこれる足を二塁ランナーは持っている。
慎重に配球をした熊捕だったが二球目、インコースのストレートしか待っていなかったのか、完全にタイミングを合わせて鋭い打球が三塁線を襲う。
「あら」
高嶺は、思わず声を上げた。
友希はその打球を横っ飛びで捕球すると、すぐさま立ち上がり一塁をアウトにする。
小鳥遊の守備範囲が広いから三塁線を締められるという理由もある。
それでも、守備の名手である高嶺を感嘆させるプレーで、３アウトとなった。
「やるわね……」
完全に１点入ったと思っていた斡木クラブは意気消沈となるが、対照的に相模南の雰囲気は一気に盛り上がる。
「友希ちゃんナイスキャッチ。カッコよかったよ」
「……まあ、中々ね」
「雨ちゃんは素直じゃないねぇ」
「お礼にハグしてあげるのだ！」
「き、気持ちだけでいいよ！？」
三回の裏。打順は１番の小鳥遊から。
１打席目の内野安打のこともあり、相手のサードは前進守備を敷いてくる。
小鳥遊はそれを見逃さなかった。
速球に逆らわず、三遊間を抜いていく。
「みずき、今日２本目のヒットなのだ！」
小鳥遊が塁に出る。これだけでも、相当なアドバンテージになった。
盗塁やバントを警戒して、カウントが悪くなり３‐１。次の甘く入ったボールを二宮が捉え、ゲッツーシフトで広く開いた三遊間に転がっていく。
ショートの柴谷は止めるのが精一杯で、ノーアウト一、二塁のチャンスとなった。
「抜けると思ったネ！」
「でも連打で、流れはこちらに傾きつつありますよー」
打席には一之瀬が入る。体格がいいこともあり、内野外野は後ろに下がる。
「……次こそ打ちますわ」
ストレート一本に絞って、２球目、一之瀬は快音を響かせ飛球がライトを襲う。
が、打球が上がり過ぎたのか、あと一歩伸びが足りず、ライトフライとなった。
それを見て、二塁ランナーの小鳥遊はタッチアップで１アウト一、三塁となる。
「捉えたと思ったのですが……」
「一打席目も当たりは良かったですよー。後は感覚を鍛えるしかないのですー」
そして、４番。
友希は合宿で監督に言われた配球について思い出す。
この回、良い当たりをされたのはいずれもストレートだった。なら、変化球の割合が多くなるだろう、と。
３球目、外角に逃げていくカーブを前で捌く。
「越えろー！」
ショートの柴谷はジャンプ一番、ダイレクトキャッチを試みるが、グラブの先をかすめてセンター前に落ちた。
「やったー！ 同点ネ！」
ホームを踏んだ小鳥遊はベンチから手荒い祝福を受ける。
その興奮が冷めやらぬまま、真中は外角のストレートをライト前へ運ぶ。
二塁ランナーが二宮という事もあって、三塁コーチャーの左門は躊躇なく腕を回した。
「準備するの忘れてたネ！ キョーコ！ スライディング、スライディング！」
急いでヘルメットを被って、右京は二宮に対し滑れと指示を出す。
ライトも強肩だったが、二宮の足が勝った。その送球の隙を見て、友希も３塁を陥れる。
「雨音ちゃん、ナイスバッティング！」
三塁ベース上で、一塁にいる真中に声をかけるが、真中はぷいっと顔を背ける。
「……完全に捕まってるわね」
ベンチで椅子に座っている高嶺はもどかしそうに自軍のピッチャーを見る。まだ３回で２点しかとられていないが、公式戦なら迷わず交代させるところだ。
だが、練習試合ですらあまり登板したことのない１年生なので、交代を告げることもない。
よほどのことがない限り、五回までは投げてもらう約束だ。
「公式戦で戦うかもしれない相手なのだから、嫌な印象を植え付けときたいところなのだけれど。それより、どうしてみんな一回タイムを取らないのかしら」
このままだと、高嶺たちの方が嫌な印象を抱くことになる。
高嶺はキャッチャーに指示して一度内野を集まらせた。
「……ミーの番ネ！」
ベンチは最高潮の盛り上がりを見せ、右京もその勢いのままにバッターボックスに入る。
一度タイムを取ったものの、相手投手も精神的な疲れが見えてきたのか、球の球威が失っているように見える。
「あー！ 惜しいデス！」
「……どこが惜しいのよ」
飛距離こそ十分だったが、ファールが遥か左に切れていく。
しかし、悪態をつく真中を気にすることもなく、右京は見事に打ちなおして見せる。
外野の頭を超える、とまではいかなかったが、犠牲フライに十分なセンターフライを打ち上げた。
「ナイスです、アイリ先輩！」
「ユキも良かったネ！」
犠牲フライを打った右京と、三点目のホームを踏んだ友希は小さくジャンプしながらハイタッチを交わした。
「ここで我の出番なのだ！」
しかし得点圏にランナーが居なくなったことで相手投手に少し余裕が出来たのか、投山は滞空時間の非常に長いセカンドフライに倒れた。
「うぅ……。打てないのだ」
「それは打撃練習時間の差じゃ。ええか、点を取ってもらった次の回が大事じゃぞ」
「任せておけ！」
熊捕はいつもよりサインを出す時間を長く取り、投山を落ち着かせて投げさせる。
……なのだが、先頭をストレートの四球で歩かせてしまう。
次のバッターにもカウントを悪くし、しかしボール球に手を出してもらい、サードゴロで何とか一つ、ファーストでアウトを取る。
制球がいつも以上に粗い。
自分が凡退した後の回に荒れるという癖が大会までに治らないのであれば、致命的な欠点だ。
「……」
無言の叱咤激励のつもりで、熊捕は投山への返球で強い球を投げる。
「うっ」
投山のビクッとした顔に、心がチクリと痛んだが、熊捕は何も言わずにマスクをかぶり直した。
熊捕の激励のおかげか、ピンチになってようやくエンジンがかかってきたのか、後の２人は三振と内野フライで抑える。
「……も、紅葉」
「なんじゃ？」
「そんなに怒らないで欲しいのだ……」
「別に怒っているわけじゃのうて、励ましただけじゃ」
「そうか……」
次のバッターである熊捕は急ぐために早く話を終わらしてしまう。
「……待ちなさい」
そして向こうのベンチでは、守備につこうとする斡木クラブのメンバーを、高嶺が集める。
「少し、酷いわ。相手が初心者とか、そういった問題ではないの。初回に点を取ってからというもの、守備も攻撃も単調すぎるのではなくて？ 何も考えずにやるのなら、試合じゃなくて練習の方が良いわ。もしこれが続くようなら、あたくしと詩織が試合に出るだけよ。……いいわね？」
「……はい！」
いつもはお茶らけているキャプテンの高嶺が、口調を強めたことで斡木クラブに緊張感が走る。
それを横目で見ていた主審の霊山が、一年生が周りにいない時を見計らって高嶺に近づいて行った。
「高嶺も言うようになったなー」
「仕方ないでしょう？ この練習試合なんて、中だるみしてきた１年生を引き締めるために組まれたようなものよ」
「まー、そーだなー。去年は私たちも、あんな感じだったからなー」
霊山は昔を懐かしむような目で言ったが、高嶺は少し訝しげにその目を見る。
「詩織は、何も変わっていないように見えるわ」
「それを言うなら、高嶺は逆に、輪をかけて変な女になったようなものだけどなー」
「あら？ それを言うなら、女の魅力が増したと言って欲しいわ」
「言い換えてもそんな風にはならないぞー」
高嶺の脅しが利いたのか。
四回の裏、熊捕、左門、小鳥遊と、全員内野ゴロで三者凡退に倒れた。
そして、逆襲の五回を迎える。
