28話 GW合宿 紅白戦!
合宿最終日。監督はいきなり紅白戦をやると言い出した。
「じゃが、監督と黒服の3人を合わせても4人じゃけえ、ニノさんと優美さんの両親を足しても8人じゃ。もう1人はどうするんじゃ?」
「実はもう1人助っ人をお呼びしてるのですー。では入ってきてくださいー」
呼ばれて来たのは、20代前半の爽やかな男の人だった。
「なー! な、なぜにお主がここに居るんじゃ!」
「ふふふ。紅葉のいるところ、火の中水の中さ」
広島に在勤している警察官の熊捕(兄)が、なぜか軽井沢にいる。熊捕(妹)が驚くのも無理はない。
「紅葉ちゃんも兄弟がいたんだね」
「目の辺りが紅葉さんと似ていますわ」
「イケメンさんなのだ!」
「ありがとう、いつも紅葉が世話になってるね。これ、広島土産だからよかったらどうぞ」
野球部のみんながお土産に群がるが、熊捕だけは釈然としない顔で兄を睨みつけている。
「お主は警察官じゃろうが、仕事はどうしたんじゃ!」
「いやぁ、剣道の大会が関東であったからね。優勝したご褒美と言うか、少し休みを貰ったのさ」
「……どうしてここに居るのが分かったんじゃ」
「学校に向かったら、野球部は軽井沢に向かったって」
「不法侵入で捕まれば良かったんじゃ」
「警察官だからね。監督の電話番号まで教えてくれたし」
「お主のせいで警察官に対する信用が地に落ちたわ」
熊捕は頭を抱え、兄は不敵な笑みを浮かべる。
「一之瀬さんのお母さんとー、ニノさんのお母さんは試合に出ませんのでー、打順が回ってこない人が代わりに守備についてくださいねー。別に勝ち負けは気にしてないのでー、一回試合を体験するのが重要なのですー」
両チーム、試合前のアップを済ませ、一塁側と三塁側のベンチに別れる。
主審は二宮の母親がやると言いだし、塁審は特にいない。
試合が始まる前、相手チームのメンバーである監督が野球部のベンチの方に来る。
「えー、守備のポジションはもう決めてありますけどー、打順を決めてなかったので発表しますー。まあこれで決定というわけではないですけどねー。……えー、ではー。1番、ショート小鳥遊さんー」
「はい」
凛とした声で小鳥遊は答える。
「小鳥遊さんは足も速いだけでなく走塁技術もありますしー。パワーこそないものの打撃も良いので、期待してますよー。次は2番、セカンドニノさんー」
「はぁい」
いつもと同様に、少し気の抜けたような声で返事をする。
「打撃と走塁技術はまだまだですけどー、足の速さは1番ですしー、小鳥遊さんと一緒に、足で相手をかき乱してほしいのですー。では次ー、3番、ファースト一之瀬さんー」
「は、はいですわ!」
一之瀬は予想していなかったのか、少し驚いたように声を上げる。
「前の二人は足速いですしー、盗塁してなくても一本で還れるような長打を期待してますよー。さて4番は、サード友希さん」
「はい!」
はっきりとした声だが、友希も予想外だったのか、緊張した面持ちで返事をする。
「打撃のセンスはピカ一なのでー、打線の中核として期待してますよー。はいじゃあ次は5番ー。センター真中さんー」
「……はい」
4番になれなかったのが悔しかったのか、少しだけ不満気な顔で返す。
「なんか苦虫を噛みしめたような顔をしてますねー。一応、1番から4番までは野球経験者ですのでー、得点圏で回ってくる可能性は1番高いと思ってますー。打点を期待してますよー。お次は6番ー、ライト右京さんー」
「待ってマシタネ!」
元気な声で右京は答える。
「右京さんも打撃はまだまだですけどー、パワーがあるのでー、早打ちしてもいいので、大きいのを期待してますよー。じゃあ次は7番、ピッチャー投山さんー」
「やっと登場なのだ!」
投山も大きな声で返事をするが、監督は辛辣な言葉を告げる。
「投山さんはパワーも走力もありますけどー、打撃練習があまりできないのでー。残念ですけどー、投球の方に力を入れて欲しいのですー」
「なんか酷いのだ」
「それくらい投手と言うポジションは重要なのですー。で、お次は8番、キャッチャー熊捕さんー」
「はい」
落ち着いた声で熊捕は返事をする。
「熊捕さんもキャッチャーで打撃練習はあまりできませんけどー、選球眼もいいですしー、ミート力も高いのでー、裏の1番として期待してるのですー。で、最後に9番はー、レフト左門さんー」
「はい」
左門は緊張しながらも、まっすぐに監督の目を見据えて答えた。
「熊捕さんは野球経験者を除けば出塁率が高そうですしー、バントやエンドランなどの小技が上手い左門さんは裏の2番として、先頭の小鳥遊さんに繋ぐ役割を持ってもらいますからねー」
打順の発表が終わり、試合を開始する。
ホームベース前に一列に並び、挨拶を終えた。
「ではニノさんー、一応ニノさんがチームのキャプテンなのでー、先攻後攻を決めるじゃんけんをしますよー」
じゃんけんの結果、勝った監督側のチームが後攻を選び、野球部が先攻となった。
……そして、2時間半にわたる試合は、ある意味壮絶だった。
一之瀬の父親が守備で腰を痛めたり、熊捕が兄に向けて強烈なインコース攻めをしながらも、死球の軌道をヒットにしたり。
ピッチャーの投山は最初は良かったものの、後半になるにつれて集中力が切れてきたのか、四球6、被安打8で失点7となった。
守備陣も、エラー4つと精彩を欠いた。
しかし打撃では、相手に投手経験者がいなかったためか二桁安打で9得点し、試合は9‐7で勝ちを収めた。
「……うー、あんなに打たれたりするとは思わなかったのだ……」
「わしも兄貴に盗塁されるわ、監督にはリードを読まれて猛打賞打たれるわ、散々じゃったな。打撃も四球1つでヒットは打てんかったし」
「うちもバントひとつ決めたんやけど、ヒットは打てんかったわ。第2打席の、監督がファインプレーしてまうし……」
「ミーもエラーしてしまったネ……」
「いやぁ、ゲッツーって取るの難しいねぇ。暴投しちゃったしねぇ」
「本当ですわ。……まあわたくしも、エラーしましたけど」
試合には勝ったものの、特に未経験者は課題点が多く見つかったのか、素直に喜べない。
「でも、ちゃんと試合になってましたよ! 初めての試合でこれだけやれれば凄いですよ! 試合にも勝ちましたし!」
それでも、今までの練習の成果や、合宿で身に付けた技術は反映されていたと思う。
少し遅めの昼ご飯を食べ、軽く風呂で汗を流した後、バスに乗って相模大野へ戻る。
5日しか経っていないのに、学校の校舎は以前と少し違って見えた。
しかし、これからが本番だと言わんばかりに、微かな夏の香りが漂っている。




