11話 特訓開始だ!
「じゃあ今日はねぇ、取り敢えずその雨音ちゃん? との勝負に勝つためにぃ、守備をメインに練習してくからねぇ。ゆっきー&ずっきーとも相談した結果、班を三つに分けて練習していくよぉ」
ランニングとキャッチボールを終えた後、二宮は全員の前で今日の練習内容を発表する。
まずバッテリー班の熊捕と投山。内野班の一之瀬と二宮。そして外野班の右京と左門。経験者である友希と小鳥遊は、それぞれ移動しつつ指導に回る。
「じゃあ悪いけどぉ、ゆっきーとずっきーはそれぞれ臨機応変に動いていってねぇ。ま、あたしと優美はノック位なら出来るからさぁ、少しの時間だけで良いんだけど」
「分かりました。じゃあ、バッテリーと外野中心ですね!」
バッテリーの投山と熊捕は、午前中の宣言通り、クロスファイアの練習をするらしく、小鳥遊が週刊女子野球を片手に手取り足取り教えている。
内野陣の一之瀬と二宮は、バックネットを背に、交互にノックを受け、網ネットに向かって送球も練習している。
それなりに経験のある一之瀬と二宮はまだしも、投山と熊捕の成長速度は冷静に考えておかしい。経歴を聞けば納得だが、元々の運動神経が友希や小鳥遊と比べても遥かに上なのだ。
しかし外野陣の2人は……。
「友希ちゃん、ごめんな……。うち、運動苦手やねん。足引っ張っちゃうかもしれんけど、堪忍な……」
「アツコはネガティブ過ぎネ! もっとポジティブにやらないと、上手くならないデス!」
2人のキャッチボールを見ると、塁間手前の距離だが、投げたボールは上下左右に散らばり、時たま胸に投げてもこぼしたりしてしまう。硬式ボールだと危ないので、軟式ボールでやっていた。
だが、友希はそれを見てどこかほっとした。
体が出来ていなかった頃とは言え、自身が一年以上かけて会得した技術を、ものの一週間で体現されては立つ瀬がない。
「アイリ先輩の言う通りですよ! とにかく野球を楽しむのが上手くなるコツです!」
「ふふ、ありがとなあ。うち、先生と言われることはあっても、先輩なんて言われるの生まれて初めてや。なんだか、こそばゆいなあ……」
「先生って、どこで呼ばれるんですか?」
「うち、親の知り合いの娘さんやけど、家庭教師やってるねん。勉強だけは、得意やったから……」
「ふっふっふ、何を隠そう、ミーも英語を高校生に教えてマス! イングリッシュのことならお任せあれ、ネ!」
それまで右京と左門とあまり会話していなかった友希は、練習そっちのけで話が盛り上がってしまう。
「いいなあ。私、勉強苦手なんです。テスト前とか、教わりに行ってもいいですか?」
「グッドアイデア! ミーも、英語以外はダメダメ、ネ」
「そうしてくれると助かるわあ。教わってばかりやと、なんだか悪いしなあ」
話をしながら、まずは相手の胸に投げれるように投げ方を矯正していく。
「敦子先輩、ボールは押し出すように投げるんじゃなくて、肩や肘、手首を軸に回転させるような感じで投げるんです」
「……なるほどなあ。遠心力を使うんやね。……えいっ」
コントロールはまだ定まらないが、先程よりは投げた球に球威が出てくる。
「アイリ先輩は力が入り過ぎです。もっとゆったりして……あと、投げる前はグローブを相手に向けて、投げる瞬間に自分の身に引き寄せるんです」
「……こう、デスネ!」
左門よりもどこに飛ぶか分からないボールを投じていた右京だが、なんとか友希なら捕れる程度の範囲に収まってくる。
「そうです! その感じで!」
友希は、小学校の頃を思い出す。母親からボールの投げ方や捕り方を教わり、それを一字一句変えずに小鳥遊へと伝えていた時を。
キャッチボールがそれなりに続くようになった頃に、友希は内野陣のもとへ向かう。
交代でノックを受けていた一之瀬と二宮は、すでにユニフォームが土で汚れていた。
「いやぁ疲れたねぇ。ノックを受けるのもそうだけど、打つ方も疲れるよ。悪いけどゆっきー、ノック頼むねぇ」
「任せて下さい!」
2人にノックをし続ける友希はあることに気が付いた。
2人とも、素人ではないにしろ、ちゃんと野球の指導を受けたことがないにしては申し分が無い程に上手い。だが、それは限定的だった。
「ニノ先輩、捕ってからが遅いです。捕球と送球の動きが繋がってないと言うか……、優美先輩、ちょっとノック代わってもらって良いですか?」
友希はグローブをはめて、守備位置に着く。
「捕る時の姿勢は、投げることも意識しないと駄目なんです。ニノ先輩は足が速くて守備範囲も広いから、その分送球をしっかりしないと勿体ないですよ。ほら、こんな感じで!」
捕球と同時に体の重心を移動させ、スムーズに送球へ移る。
だがこれも、友希がコツをつかむまで何年もかかったものではある。
「……いやぁ、確かにねぇ。あたしたち野球の試合やったこと、無かったしねぇ。ラビッツ戦を見てる時は『捕ってから遅い!』なんて野次ることもあるけど、走者がいないと意識できないもんだねぇ」
「そうですわね。ニノはラビッツの選手には厳しいですものね」
基本的にポジティブなラビッツファンである一之瀬と、すぐネガティブな思考になる二宮では、相容れないところもあるのか、少し尖った言い方になる。
「優美先輩は、ハーフバウンドの捕球が課題ですね」
「しかし友希さん、難しいバウンドで捕るより、簡単なショートバウンドや落ちてくるバウンドを捕った方が良いのではありません?」
「左バッターの引っ張った強い打球はバウンドを合わせる余裕もあまりありませんし、内野陣の送球は余計そうです。捕りさえすれば時間に余裕はあるので、腰を地面すれすれまで落とした方が良いですよ」
友希は実際に体を動かせて見せる。
「分かりましたわ。やっぱり、4~5人でやる野球とは大分違いますのね」
「4~5人?」
「そーそー。あたしと優美と同学年の友達とぉ、あたしの弟とその友達とかねぇ。透明ランナーとか、ゴロでも送球なしで捕ったらアウトとか。公園の遊びじゃあ、そんくらいしか出来ないしねぇ」
危ないから球はテニスボールだった。地面はアスファルトで、マンホールをベースにしていた。ゴロでも、打者がファーストに着く前にキャッチすればアウト。守備は内野と外野の間くらいの位置だった。
当然、打者や走者をアウトにするための送球や、ハーフバウンドを捕る技術は必要なかった。
毎日ランドセルを置いたらすぐに遊びに行って、約束もしてないのに友達はいつもいた。
一之瀬や二宮が考え出したものではなく、小学校の先輩から代々受け継がれてきたルールだった。携帯も持っていなかったのに、よく伝わって来たものだと思う。
「……もしかして、駅近くのマンション街の中の公園ですか?」
「あれぇ、よく知ってるねぇ。まぁあそこは、他の小学校の子も来てたしねぇ。男子も女子も関係なく」
「偶然ですね! 私も、そこでよく遊んでましたよ! 懐かしいです!」
「……偶然、かなぁ。まぁ、そうだよねぇ。基本的に、ホントに近くに住んでる子とか、親がOGとかじゃないと、うちの高校に来ないもんねぇ」
二宮は一瞬、なぜか自嘲的に、含みを持たせた言い方をした。
首を傾げる友希を見て、すぐに元に戻る。
「じゃあ、あたしたちは今の事を重点的に練習するからさぁ、もっかい外野を頼むねぇ。あとで内野の全体守備練習するから、30分後くらいを目安にねぇ」
友希は再び外野へと、フライの取り方を教えに向かう。
「グラブを突きだすんじゃなくて、肘にもっとゆとりを持って、顔の前で取るんです。……そうです! 慣れるまでは、右手もグローブに添えてください」
「うーん、むずいデスネ! ゲームだと落下位置が表示されるのにー!」
右京は昨日やったスパプロの試合を思い出して言った。画面では落下位置が表示されるため、そこに選手を移動させれば勝手に捕ってくれるが、現実はそう簡単にはいかない。
「……そら、ゲームだからやろなぁ。でも、投げたボールでもむずいんやから、打ったボールは輪をかけて捕り難いんやろ……?」
「そーなんですけど……。硬式球だと、練習しないと私も外野フライ、捕れないと思います」
「せやなあ。軟式と硬式やと、だいぶ違うもんなあ」
左門は硬式と軟式の球を交互に触った。軟式球には弾力を感じるが、硬式球には一切感じず、重みも全く違う。そうすればもちろん、ボールの飛び方も全く違う。
「じゃあ今週は、フライの練習漬けやねえ」
「でもそれじゃあ、つまらなくないですか?」
「雨音ちゃんって子との勝負は、アウトを取るかどうかなんやろ? なら、ゴロの練習をしても仕方ないしなあ」
「イエス! 野球は9人でやるものネ。まずは部員を集めるのが先決デス」
友希だって、野球の練習だとしても同じメニューばかりではつまらない。
それでも、右京と左門は嫌味ひとつ言わずに、フライの練習をし続けた。
友希の目にも、段々と上手くなっているのが分かる。
……いや、最初の練習はそうだった。例え同じメニューが続いていたとしても、時間が経つのも忘れて楽しんでいた気がする。
最初の頃の上達が速いのは、野球に限った話ではない。
上達しているのを実感できるのが、一番楽しい。
友希は、遠い昔を思い返して、少しだけ笑みがこぼれた。
「おーい、ゆっきー。全体練習するから来てねぇ」
「はーい!」
時間を忘れていた友希は慌てて返事をする。
「敦子先輩とアイリ先輩はどうしますか?」
「……うちはまだ怖いし、少し休憩してからこっちで練習するわ。アイリちゃんは、どうするん?」
「ならミーもアツコと一緒に練習するデス!」
「分かりました!」
右京と左門は休憩がてら内野陣の守備練習を見学する。
まずは、友希がノッカーを務めた。
「自分から勝負を申し込んでバントするとは思えないけどねぇ。ピッチャーとキャッチャーも守備練習はした方がいいだろーしぃ、ゆっきーとずっきーもやりたいでしょ? 守備練習」
……結局この日、そして翌日の日曜日も、守備練習に費やして連休は終わった。
着実に、レベルアップしていることを実感しながら。




