12話 運命の出会いだよ、これは!
「おはよう、友希ちゃん」
「おはよー、みずき!」
月曜日、今日から本格的な授業が始まる。
登校の途中で、友希は小鳥遊と偶然合流した。
「野球がないと退屈だねー」
「月曜日は学校全体で部活禁止らしいからね。でも、今日バイトに行くんでしょ?」
「そうそう! 今日は初日だから、優美先輩に色々と教えて貰うんだー!」
友希は自慢げに、制服のスカートをなびかせながら、その場でくるくると回った。
「そう言えばみずきは? バイトするんだよね?」
「うん、今日面接に行くよ。まあ、そんなにシフトは入れないだろうけどね」
「そうだねー。部活も勉強も、恋もしなきゃだよね!」
「こ、恋!? だ、誰と!?」
みずきは慌てたように友希へ詰め寄る。
「え? 冗談だよー、うち女子高だもん」
「……あー、びっくりした。心臓止まるかと思ったよ」
「私が恋をするのって、そんなに意外かなー?」
少し不貞腐れた友希に、取り繕うように小鳥遊は説明する。
「い、いや、友希ちゃんって野球が恋人みたいなところあったから……」
「まあねー。私に恋はまだ早いかなあ」
それを聞いて、小鳥遊はほっと胸を撫で下ろす。
学校に着くと、すでに熊捕と投山がいた。
友希がバイトの話を振ると、どうやら2人もバイト先を見つけたらしい。
「わしらはニノさんの小料理屋にお世話になることにしたんじゃ。賄いもでるけんのう。奇しくも、わしらも今日が初出勤日じゃ」
「我がいる時に来れば、少しサービスしてやるぞ!」
「……まだ出勤したこともないのに、えらい自信じゃのう」
話している間に予鈴が鳴り、担任の鈴木先生が入って来る。
「はーい、じゃあHRを始めますよー。今日から授業が始まるのでー、皆さん頑張ってくださいねー」
一限は鈴木先生の授業だったが、他人事のように喋る。
「そう言えば、明日の練習で監督が来るとニノさんが言っていたぞ」
「そうなの? 初耳だよー」
投山が、比較的席の近かった友希に話しかける。
ひそひそ声で話していたのだが、耳が良いのか鈴木先生がそれを咎めた。
「先生が喋っているときに話されると困りますー。罰としてー、先生を手伝ってもらうのですー」
「しまったのだ!」
「ふえぇ。桜ちゃんが興味深い話をするからー」
前に出て、鈴木先生の隣に立つと、鈴木先生の身長がとても小さい事に改めて気が付く。
投山も150㎝程度で平均よりは小柄なのだが、それよりも小さい。
実際の年齢は聞いたことがないが、童顔なので制服を着れば高校生と言ってもおかしくないかもしれない。
「はい、じゃあHR終わるのでー、しっかりと授業の準備をしといてくださいねー。先生はトイレに行ってくるのでー」
5分間の休憩の間、友希は投山に監督の件を問いただした。
「さっきの監督って、誰がやるの?」
「我もよく聞いてないのだ。先生の中の誰かだとは言っていたぞ」
外部の人間を雇うことが出来なかったのか、もしくは、野球経験者が先生の中にいるのか。
先生とは言うが、入学したてだと先生の名前なんて担任以外はほとんど知らない。
もしかすると名義だけ、なんていうのもあり得る話だ。
そうこう予想しているうちに、授業が始まった。
一日の授業を終えると、時計は午後3時を示していた。
バイトは4時半から形式のみの面接を終わらせ、そこから研修を受ける予定だ。
「じゃーみんな、お互いバイト頑張ろうね!」
家に帰り、所定の服装に着替えてからバイトへ向かう。
なんだか緊張しながら、店の裏口のドアをノックする。
「おお、待ってたよ。じゃあ、早速面接を……といってもほとんど業務の説明だけどね」
休憩スペースでも仕事をしていたのか、店長はパソコンを開いて何やらエクセルに数値を打ちこんでいる。
そして、早く来たのか一之瀬も休憩スペースでお菓子を抓んでいた。
面接と簡単な業務説明が終わると、研修につく一之瀬に引き継がれた。
「じゃあ、始めは売り場を覚えることから始めますわね。友希さんはここによく来たこともあるみたいですから、野球コーナーについてはあまり説明の必要はないでしょうけれど、他のコーナーも憶えて貰いますわ」
友希は一之瀬にべったりとくっつきながら、メモを取って業務を一つ一つ憶えていく。
簡単なレジ打ちまで憶えたところで、夜の9時半になった。
夜9時半で閉店となり、その後は〆の作業となる。
〆の掃除をしている時に、友希はある商品に目を奪われた。
「こ、これは……!」
「いい商品に目を付けたね、三咲さん」
「あ、店長さん! お疲れ様です!」
友希が見ていたのは、今年発売された、内野手用の硬式グローブだった。
中学でも使っていたメーカーの物で、好きな色である黄色、かつウェブも革紐がたくさん編み込まれているネットタイプで、友希の求めていたグローブのストライクど真ん中だった。
運命の出会い、とでも言うのか。
友希の全身に電流が走ったような感覚を覚えた。
しかし、軟式のグローブと比べると値段は跳ね上がり、値札には税込4万と記されていた。
「よ、4万かあ……」
「社員割引で15%OFFになるけどねえ」
「15%OFFだと……いくらですか!?」
「3万4千円ですわ、友希さん」
それでも、バイトし始めたばかりの友希には手を出しづらい額ではあった。
残っているお年玉もあるとはいえ、それでもまだ足りない。
「この商品は数が少なくてね……社割よりも値引きすることは出来ないけど、もし良かったら取っておくことくらいは出来るよ」
「いいんですか!?」
「もちろん」
友希は、展示されていたグローブを恐る恐る手にしてみた。
ずっしりと重く、革の匂いがする。手にはめてみると、まだ型も出来ていないのに何故かフィットしたように感じた。
「店長さん、お願いします! 私これ、来月までに買いますから!」
「よし、じゃあ三咲さんには、頑張って働いてもらおうかな」
夜10時となり、高校生は働けなくなる時間となる。
帰路の途中、友希は一之瀬に尋ねた。
「優美先輩は、グローブとかもう買ったんですか?」
「いいえ、まだですわ。お金はそれなりに溜まったのですけれど、ポジションが決まったのもついこの前ですから。今も、どのファーストミットを買えばいいか迷っていまして」
「調べれば色々出てきますけど、こればっかりは自分の感性に任せた方が良いと思いますよ。どんなグローブも、手入れしながら使ってると自分に合ってきますから!」
「……そうですわね。ですが、いつもなら即決しますのに、いざ自分で稼いだお金となると悩んでしまいますの。これが、お金を稼ぐ、という事なのかもしれませんわね」
給料日が一ヶ月後の友希にとってはまだ先の話だが、その日がとても待ち遠しく思えた。
面倒くさいと思ったこともあるグローブの手入れが、早くしたい。
まるで、クリスマスプレゼントを待つ子供の様に、友希は胸が高鳴った。




