『とな』ー切れ
条件:「と」「な」「ど」を使用してはならない
会社のプリンターがまた例の表示を出した。誰が交換してもよいだろうに、他の女性達は知らん顔。結局、今日もわたしが席を立つ。ものの数分で作業は終わるが、両手は真っ黒。せっかくのネイルも、下手をすれば服だって汚れてしまう。
インクの汚れに気をつけ、黙って化粧室にゆく。石鹸を泡立てるために流水に手をかざして、思わず悲鳴をあげた。温水システムが故障しているのか、氷水が出てくる。
寒波の影響はここまで来ていたのか。小さくため息をつきつつ手を洗えば、汚れた指先は肌色をすっかり越えて、真っ赤に染まった。手がかじかんで、このままでは業務にも差し障りが出そうだ。
さあ一刻も早く自分の席へ。うつむき、手を擦り合わせて進むわたしの前に誰かが立つ。慌てて端によれば困ったように笑われた。低めの柔らかい声が耳に響く。
目の前にいたのは営業部のエース。もはや別世界の存在だが、輝く彼は地味子のわたしにだって優しい。
にっこり笑って、缶飲料を手渡される。買ったばかりのその熱さが、冷えきった手には心地良かった。
無言で立ち去る彼の後ろ姿を見送り、ラベルを確認する。うっかり自販機のボタンを押し間違えたから、わたしにくれたのだろうか。
渡された飲み物を見て、わたしは絶句した。ココアだ。それもわたしがお気に入りの純正ココア。
彼はコーヒー派のはず。コーヒー横に陳列されているのはお茶にコーンスープだから、最初からわたしのために買ってきてくれたのだろうか。そう考えて、思わず首を振る。まさか。すべて都合の良い妄想だ。
それでも、こっそり夢を見るくらい良いだろう。渡されたココアに頬を寄せてみた。缶一本分の熱量を幸せに変えて、わたしはまた日常に帰る。