『こまりました』とは言えなくて
暮伊豆様に捧ぐ
条件:「こ」「ご」「ま」「り」「し」「じ」「た」「だ」を使用してはならない
僕と同一のアパートに住むギャルは生粋の河童である。その場合、どんな付き合いが適切なのか。よければ僕にちょっとアドバイスをくれないか。廊下で色っぽくウインクされてもねえ。そもそも先に、うちの家庭菜園から夏野菜を勝手に持っていくのはやめてと言うべきなのかも。
キャミソールから覗く腕や背中は、日焼けのせいなのか輝くカカオ色。なびく金髪はもともとその色なのか僕にもわからない。そういやあの盛ってる髪の中には、例のお皿が隠れているのかな。
そんなお姉さんは、今日もチャラ男を家に入れている。なるほど、水辺の生き物って、サーフィンとか得意なのかな。伊豆海岸とかではなくって、別のビーチでお盛んそうなお相手、もっと正確に言えばおそらくヤ……いや、やっぱやめよう。口が汚れる。清らかな僕には、あちらのお部屋で何をするかなんてわからない。ええい、どんなに嘘くさくても本当なの!
築年数の長いアパートにも関わらず、意外と防音性に優れているからね。音漏れゼロなの。でもお姉さんが河童なら、ある意味安全でいいよね。河童は相撲が強いとか聞いてるから、いざという時には相手にプロレス技でもきめて逃げてくれるはず。
って言うか、さっきのお姉さんの笑顔はヤバい。うふふと唇を舐める様子は、完全に獲物を狙う獣……言っちゃ悪いけど、あれを見て、ウハウハ言いながら着いていく奴はバカ以外のなにものでもない。何が起きても因果応報ってやつ。あーあ、お気の毒に。僕は棒読みで向かい側に手を合わせる。
次の日。アパートの廊下には、ぺらぺらの紙というか、ボロ屑のようになっている元チャラ男が。ほら見ろ。でも精が枯れても生きているぶんラッキーですよ、おにいさん。運が悪ければ、命もないって気づいてないよね、きっと。狼からは見逃されてるぶん、前門の虎から奪われるのもやむをえないよね。うん、今日も綺麗な青空ですねえ!
あ、お向かいさんちの愛猫がチャラ男の成れの果てをつついている。一応、注意するか。おーい、それ、ばっちいから口に入れるなよ。あ、大家さんがアレ拾ってくれてる。どうするのかな。あのヘナヘナ具合、空気入れて戻るわけでもないよね?
東京砂漠というけれど、アパートの人間関係は相当濃密。人間ではないのも多いけど。雪女やら河童やらが住んでいる部分に鑑みると、大家さんも案外そっち系なのかもね。え、チャラ男、何かの餌にされないよね?
冷や汗が止められない僕。おでかけするのか、機嫌の良いギャルがウインクを投げてくる。はっ! 今日も狩るの? 逃げて! 水辺のチャラ男さん、急いで逃げて!
僕の気苦労は当分続きそうである。
もともと暮伊豆様から頂いたお題は「『しりこだま』抜き」でした。
ネタバレ回避のため、リポグラムの文字は変えない範囲でお題を変更させていただいております。
第24話の「『おばけ』なんていない」と同じ主人公です。
注釈
・しりこだま
ひとの肛門の中にあるとされる想像上の玉(魂)のことで、河童の好物とされている。
・前門の虎、後門の狼
ひとつの災いを逃れても、別の災いにあうたとえ。前虎後狼ともいう。後門とは、決して肛門のことではない。




