1-9 流出
「どうだったかしら」
リンクスの酒場から帰って来た二人を待っていたのは、レアの微笑であった。
「知ってたのね、レア」
「それが仕事だからね」
「そりゃそっか」
教えてくれればいいのに、とは文句をつけなかった。このくらいは処世術の範疇である。引き金を引いて誰かを撃つだけなら、酒を飲みながらリボルバーを腰に下げていた連中にだって出来る。ダメ人間の自覚こそあれどそこまで堕落する気はクリスにはなかったし、レアもそうさせるつもりはなかった。
席に着いた二人に、レアは続ける。
「元ハウンド、どういう形であれ国の為に戦った兵士が紐付きをやめて野良犬化。でも金さえ払えば『治安出動』してくれる。国家全体が疲弊して警察番犬も弱体化した状況で、この存在は政府としてはおいしいわ」
「政府はリンクスの匿名性と影響力を使って、治安警備を代行させているわけだ。法に触れそうな直接的なことでも、損害構わずやらせされるからね。成功率は、まぁ目を瞑るとして。多分、担当の部署とか作ってるんだろうなぁ。にしても、政府がねぇ。そこまで動くか」
クリス達にとって政府とは、そう好意的に受け取れる存在ではない。
5年戦争では食料を餌に誰それ構わず募兵し、ほいほい釣られた人間にくそったれた戦争を十分に堪能させてくれたあと、わずかな退職金だけを与えて未だに町の治安をどうにもしてくれない連中だ。そこにさらに、一度退役した自分達をいいように使うと来た。もちろんこれはあくまでクリス達の視点。
この行動自体、彼らがまったくの無知あるいは無関心ではないという証左でもあったが。やはり、気分の良いものではない。
「ここは紛争地帯ではない、仮にも西の国と5年戦い、国家を存続させた力を持った国。あなた達もばんばか撃つだけじゃなくて、毎日銃声響かせるのは異常だって、少しは理解したほうがいいわ」
「他所から見れば内紛みたいなもんでしょ」
「もうしばらくはこの状況が続くと思うと、頭が痛いわ」
「うちらにとっては金のなる木という悲しい現実」
「現実は非情なりね」
レアとクリスが意見を同じくして肩をすくめる。汚れ仕事を押し付けられているという事実を理解したところだし、銃を撃つことや殺しに悦楽を得る人間ではないので、「まともな暮らし」が出来るのならそれに越したことはない。そうはならないのが、世の中と言うものであったが。
そんなやり取りを一人、表情なく眺めていたエリー。しゃべったりのやり取りはすべてクリスに任せている彼女だが、話はどうやら終わったらしいと判断して、エリーもようやく口を開いた。
「レア。H28、使いたい。メンテ終わった?」
「ご注文通りに」
レアは一度店の奥へと引っ込み、そして、手に大きなガンケースを携えて戻ってきた。
レア知り合いのガンスミスに渡っていた品を、エリーはガンケースごと受け取る。そして、開いて中を確認する。タンカラーで塗装されたフルサイズのライフルがそこにあった。
H28A2。
現在エリーの国の軍が正式採用して配備を進めている、新型のマークスマンライフルだ。これまでもF3ライフルをはじめ、遠射能力のあるバトルライフルを選抜射手に当てることをしていた軍だが、マークスマンの為に専用に作られた銃としては、これが初の採用になる。バイポッドとロングハンドガード、フォアグリップ、近距離用のマイクロドットサイトを標準装備とし、ある程度近い距離の敵にも対応している。
これらは歩兵部隊に追従する選抜射手としては必要な装備であったが、狙撃的な行動の多いエリーに必要かと言われると疑問が残る。ことに相手はギャングや素人であり、射距離も200メートルあれば長いほう。だがエリーはいずれも外さなかった。必要になるかもしれないならつける、ただそれだけのこと。
重い。予備弾倉そのほかすべての重量を合わせれば9kg近い重量があり、これは以前使ったアサルトライフル起源のL68LSRよりもさらに重い。これこそが軍用マークスマンライフルの特性だった。セミオート射撃と遠射能力かつ軍運用に耐えうる高い耐久性を持つ、よく言えば自動小銃と狙撃銃のイイトコ取りをしている性能を持つのがマークスマンライフルであるが、その分重量という対価を支払っている。女性の細腕にはずしりとくる。
が、しかし、お気に入りの銃でもある。触ってきた銃の中で使い勝手がしっくり来たのだ。重量はむしろ射撃を安定させてくれると、エリーは信じていた。
「私は、戦争とかはどうでもいい」
この銃でやりたいことが成せるなら。
ガンケースを、閉じる。
「作戦はいつ?」
「三日後。持ち出し禁止でお願いね」
言って、レアが封筒をクリスの目の前に置く。
クリスが、カウンター上に置いた封筒を取って開封する。集合場所が記された地図のほか、アランファミリー本拠建物の写真、主な構成員の望遠写真などが入っていた。内通者でも潜り込ませたのかそれとも建築時の情報を取ってきたのか、建物内部の間取りまである。普段は無表情無関心な風情のエリーも横から手を伸ばし、特に戦闘地帯となる区画の上空写真を手にとって目を通す。どこを撃つのにどのポジションがいいのかを確認する為である。
「大口依頼があるし、それまでは休憩?」
「任せる。他に仕事取らないなら、ジルゲンの射撃場に連れて行って欲しい。練習したい」
「ほいほい。じゃあそれ、車に積み込んどけば?」
「ん」
ガンケースを指差されて同意したエリーは、総重量10kgはあるであろう一式のそれをカウンターから引っ張って、両腕で抱きかかえる。リンクスのホテルとの移動で使ったクリスの車は、すぐ近くに止めてある。そのトランクに詰めようとエリーは席を立った。
店の扉が開かれたのは、その時だ。
「ただいま~、かな?」
彼女としては落ち着いた動作でその少女、リリアがジゼットと共に帰って来た。朝の仕事を終え、その移動と仕事から相応に体力を使っていた為、声や動きにはややけだるげさが混じっていた。
しかし彼女はすぐに目を丸くする。体を覆い隠しそうなほど大きなガンケースを持ったエリーと、食事をするわけでもなくカウンター席に座るクリスと、そのテーブルに広げられている書面を目ざとく見つけた。この彼女の嗅覚は確かなものだった。ぱっとリリアは駆け出すと、クリスが隠そうとするその動作よりも早く接近し、手を伸ばし、そして書類を握ってひったくる。
「早っ」
「なになに、何見てるの!」
首根っこを捕まえようとするクリスの手からも逃れて、リリアはくるくると踊りながら、手にした書類を広げて眺める。リリアは学がなくしたがって文字が読めなかったが、時刻の書かれた数字くらいはわかるし、掃除屋が地図と顔写真を眺めているとなれば察しはつくもの。
口外禁止の仕事内容を手早く奪われて、あちゃあ、と、クリスが自身の顔を覆ったのは言うまでもない。そんな彼女とは反対に、リリアは目を輝かせていた。
「新しい仕事、これがターゲット!? ちょっと大口そうだよ」
「クソガキには縁のない話よ」
言ってクリスが書類を取り上げようとするが、さらに身を翻して避わされる。
そして、クリスが最も恐れていた一言を、少女は実に簡単に、悪意なく紡いだ。
「これ! 私もやる!」
「‥‥‥」
クリスには、これ以上黙秘を決め込んで武力にて書類を奪還し、もちろん仕事にも付き合せないと言う選択肢があった。口外禁止とされた政府絡みの仕事である、それが正しくもあった。
しかしそれをしてどうなるというのか。彼女は既に仕事の集合場所である書類を目にし、早速行く気満々である。クリスがダメといったところで止まるわけもなく、むしろ止めたことで余計に好奇心を刺激して勝手に行ってしまうだろう。リリアとは出会ってまだ二日目だが、そのおてんばぶりを理解するには十分な時間であった。
お呼びでもないスイーパーが、集合場所に乱入。他人のふりをしたいけど、それは絶対に無理。
それは、非常に、まずい。
「‥‥‥‥‥‥、レア」
「情報漏洩の責任は取りなさい、クリス。それが大人よ」
「クソガキめ‥‥‥」
助けを求めたもののレアにはにこやかに突き放され、クリスは頭を抱えた。
その横では、リリアが上機嫌で舞っている。