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1-7 リンクス



 マーケットが広げられる町の噴水広場は、警察の巡回もあるくらいまだ治安のある場所である。勤務姿勢がよいとはいえないが、いるのといないのとでは周囲への体感効果が違う。体感が違えば、現実がどうだろうと関係はない。

 そんな噴水広場から少し外れた場所に、ひとつのホテルがある。

 中流階級を客層としていたそのホテルの部屋の品質はそこそこ以上であり、それなりの外観を保っている。その小奇麗さは一見にして周囲に良い印象を与え、5年戦争を終えてこうも堕落したウルティスの町にあってなおそれを維持する姿は、一種異様でもあった。当初狙っていた客層たる観光客は、もはやこんな銃声轟く地域になど寄り付かないのだから。

 それでもそのホテルには、変わらず客が入っている。

 エリーを伴ったクリスも、そこにやってきていた。もちろん、宿泊の為ではない。

 ホテルの受付席で新聞を広げる男に、「やっほ」とクリスは片手を上げて挨拶をした。


「クリスか」

「覚えててくれて感謝感激」

「ウルティスで銃を振り回す女。どれだけいるかわかってるか」

「なんという男社会。下、やってる?」

「24時間営業だよ」


 言うと、受付の男は顎で奥へと促す。「どうも」と断って、二人はホテルの奥へと向かう。

 階段から地下一階へ。そして、行く手を阻む扉を開く。

 やや薄暗めに抑えられた照明の中で雰囲気の良い静かなジャズ曲が流れ、8つの4人用席とカウンターバー。バーテンダーのエリアには酒瓶が並んでいる。

 以前は、宿泊客や周辺の地元民の為に用意されていたバーであった。そして迎えるべき宿泊者が観光客から掃除屋に取って代わった今、このバーも姿を変えた。

 リンクス。

 それはどこかの組織に属さない、フリーランスの斡旋屋のコミュニティ。Links、つまり各地の斡旋屋と「相互に繋がって」形成された集合体。斡旋屋は国境すら越えて、フリーランスのスイーパーへ仕事を与える。クリス達に仕事を渡しているレアもリンクスに所属している斡旋屋だ。

 リンクスは、組織付きの斡旋屋とは違う。組織付きの斡旋屋とスイーパーは組織と盛衰を共にするが、リンクスは常に中道、いかなる個人団体の依頼をも中立的に仲介する。そして、リンクス所属者への攻撃行動は暗黙の了解で禁止されている。たとえ自身のギャングチームがここから派遣されたスイーパーによって打撃を受けても、彼らは仕事を仲介した斡旋屋を敵に回すことは出来ない。リンクスに属する斡旋屋への攻撃行動はすなわちリンクス全体へ喧嘩を売るのと同義であり、全国にいるフリーランス全体を敵に回すことになる為だ。こうして彼らはその仕事と、中道と言う難しい地位を守っている。嫌なら金を払って自分達も雇え、ということ。

 少なくとも、表向きにはそういう組織だ。


「いやまぁしかし、相変わらず」


 場を見て、クリスが息をつく。

 場にいる客は、その殆どが20前後の若い男であり、それが揃いも揃って酒を浴びている。ホテルの値段相応の品を残したそのバーに大きな馬鹿笑いが響き渡り、煙草の煙が充満する。彼らのズボンに乱雑にねじ込まれている鉄の塊は銃。多くはリボルバーだ。自動拳銃と比べれば連発できる弾は少ないが、手入れの手間は段違いに少なく、それは故障率の低さを意味する。人を殺すという目的を達するだけであれば十分な火器であった。


「ダメ人間の巣窟だわ」

「ようこそ堕落社会へ、クリスティーナ」


 4人席で仲間と座る男の一人が、店内に入った二人に向けてグラスを掲げた。それで来客に気づいたほかの面々も、「姫様のご登場だ!」と騒いで各々に出迎える。

 それくらい、女性掃除屋と言うのは少ないのだ。銃を持つくらいなら、まだ「女性だけの館」で働いたほうが命もかからない。


「フルで呼ぶんじゃないマティ。額に四五口径ぶち込むわよ」

「おぉ怖ぇ。顔引きつらせながら入ってきた、初々しいあの日のお前が懐かしいぜ‥‥‥エリーのほうは、相変わらずだな」

「ん」


 淡白に無表情に、と言うよりは愛想笑いと言うものをどこかに置いてきたかのように普段から笑わないのだが、エリーも返す。


「最近はどうだ?」

「どうもこうもないわよ。昨日も、前金ありの依頼を失敗してきたところ。あんたこそどうなのよ」

「事情はどこも変わらず、さ」

「あ、そ。もっと景気のいい話はないかしらね」


 景気の悪い話をしつつ、なおも貴重な女性の登場にやんやと騒ぐ連中をクリスが適当に捌きつつ、二人はカウンター席に座る。

 仲間内で騒ぎたい連中がテーブル席を占拠しているが、一方でカウンター席は殆ど人気がない。一人で静かに飲むか、そうでなければ「用事」のある連中が座る席だからだ。クリス達がカウンター席に着いたのを見て、マティと呼ばれた掃除屋をはじめ他の連中は絡むのをやめてそれぞれの享楽に興じる。そのくらいの分別は、リンクスに馴染んだ人間なら誰でも持っている。


「ロランド、オレンジジュース2人分」

「お酒がありますが?」

「酒は飲まないの」

「承知しました」


 ロランドと呼ばれたストライプベストのバーテンダーは了承して、棚から瓶を手に取る。ほどなくして、二人分の飲み物がカウンターの二人に配られた。

 彼は、言ってしまえばここの従業員である。もちろんただのバーテンダーではなく、リンクス付きの情報屋のようなものだ。この町のタレコミの集積点のひとつであり、ともすれば依頼主と直接・間接的に接触する斡旋屋よりも事情に詳しい。正確で素早い情報は時に金になり、銃よりも重く銃弾よりも価値がある。


「クリス様、ご注文は?」

「今頼んだばっかりでしょ」

「あなたは、用件のある時しか顔を出しませんから」

「酒臭い煙草臭い男臭いこんな場所に、用事でもなきゃ来るかっての」


 しかめ面をして、ジュースを一口。

 喉を潤してから、クリスは「用事」にかかった。


「前金ありの依頼って、最近流行りなの?」

「そうですね。ここ最近は、増えたのかもしれません」

「Mk6ライフルの流通具合ってどんな感じ?」

「西の国のライフルですね。戦争期の鹵獲品と民間・法執行機関用のセミオンリーであるAR5を除けば、流通はしません。フルオートないし3バースト可能な軍納入モデルは西の国国内と、友好を築いている国軍にしか輸出していません」


 民間用のことを忘れていたと数瞬考えたクリスだが、かぶりを振る。あの時、クリスにはジゼットが持つライフル以外の連射音が聞こえていたからだ。

 ならばあの時のはただの鹵獲品か? しかしそれでは納得できなかったからクリスはここに来たのだ。


「民間品をフルオートに改造したりは?」

「違法改造ということならもちろん相応数はあります。が、そこまでの把握は誰にも出来ません」

「ん~。後は‥‥‥対象か。アランファミリーについての情報を」

「アラン・ヒュームを頭にしたギャングです。拠点はウルティス郊外で、2年前より、『粉』の元締めを殺害してグループを乗っ取る手法で拡大。得た資金で私兵であるファミリーの武器を調え、小規模ギャングの買収や、ストリートチルドレンへの武器販売を行って影響力を高めているようです」

「アランファミリーへの襲撃依頼は何度かあるの?」

「規模が規模ですから、何度かは」

「ふむぅ」


 特に不審点はなし。

 うむぅ、と唸ってジュースで糖分を補給。ない脳みそで無理くり質問を作って投げたわけだが、何も解決しない。

 そんな彼女の様子をエリーは横目に見て。


「クリス」

「何かなエリー」

「昨日の襲撃、依頼主は誰?」

「いつも通りに『匿名』よ。ていうか、依頼主が正体明かしてくることのほうが少ないし」


 リンクスへ出される依頼は、殆どがこの形態である。匿名にて仕事内容と金額が提示され、やると決めた掃除屋が受注する。依頼主が相手を指定していない以上、それは掃除屋をさして信用していないという証でもあり、やってくれれば誰でもいいし結果も期待していない、そんな軽い仕事と言う意味でもある。仕事が完了すれば、その報告をレアのような仲介人に伝え、そして彼らと匿名の誰かさんが確認しやり取りをして、報酬が確定、支払われる。

 もちろん、依頼内容から依頼主をある程度推察できる。ギャングを倒してくれという依頼であれば対立するギャングからの依頼の可能性があり、粉の密造者をやれという依頼であれば、元来そこをシマにしている麻薬カルテルが、私兵を差し向けるまでもないけど排除したいという意味だろうという推察が立つ。もちろんそれが正しい保障もなく、それを知る必要性も薄い。互いの顔が見えないからこそ成立する話もあるという事だ。


「まぁ、アランファミリーと対立してる別の集団がけしかけてるって話じゃない」

「前金を支払うくらい資金に余裕のあるギャングが、失敗してもいいから襲えと言う、ということ?」

「とりあえずアランファミリーの戦力を削りたいんじゃないの」

「そのアランファミリーは、金でギャングを買収して戦力を補充するのに、対立側はそれをしないで掃除屋にいちいち頼むという事?」

「いや、まぁ、その」


 そこがクリスには腑に落ちなかった。掃除屋に払う金で手勢を増やしたほうが、質は兎も角としても手駒は増える。言う通りに動く手勢が増える。資金力があるなら手勢の戦力拡充を行ったほうが利口だろう。事実、アランファミリーはその手法で持ってここまで規模を大きくしている。


「ロランド。アランファミリーに拮抗できる資金力のあるギャングってこの町にいる?」

「衝突は大なり小なりですが、拮抗勢力となると私は存じませんね」

「えぇい、ますますわからん。ていうかエリー、あんたそこまで考えられるならなんで今まで黙ってたの」

「仕事内容に変更はないし、クリスにも聞かれなかった」

「朝、私とレアが話してた‥‥‥時、寝てたわね」


 頭を抱えるクリス。朝の眠り姫っぷりさえなければ、多少のことでは動じず常に達観したように落ち着き払っているエリーは、パートナーとしては申し分ないのだがと。頭を使う仕事はクリスは苦手と思っているし、事実として彼女が、たとえ戦闘であっても何かを予定立てたりすることは稀であった。直感に従って動く女なのである。

 その直感が働かない以上、クリスはお手上げ。

 しかし何かが脳内で鳴っている。


「なんだろうなぁ、このすっきりしない感じ」

「背景がどうだろうと、関係ない」

「そうやって終わらせるのも手だけどさ、うちらに影響するわけじゃないし。でもねぇ」


 悩むクリスの背後から、他の掃除屋連中の馬鹿笑いが響く。何が楽しいのか会話を聞いていないクリスには到底理解不能だったが、気が散るというものだ。ただでさえ思考停止に陥りそうになっている思考回路が乱されてたまらない。

 渋い顔をしたクリスに、ロランドは微笑む。


「ここは騒がしいですね」

「えぇ、まったく同意するわ」

「別料金で個室がご用意できますよ。いかがですか」

「いや、別にここでいいわよ」


 言い終えて、はたとクリスは、出掛け前にポケットに突っ込んできた資金によるふくらみと、レアの言葉に思い至った。

 金は多くのものを買える。

 目の前のバーテンダー、ロランドは営業用のスマイルを作ったまま。「ご用意はできていますよ」といわんばかりに―――事実そう言っていたわけであり、貴重な情報をほいほい流していい立場ではない人間としては随分な譲歩であったわけだが―――返答を待つロランドに、クリスは渋い顔をして。


「私、あんたのことが嫌いになりそう」

「それはそれは」

「お値段は?」

「1万ルーツです」

「随分と安く感じるけど」


 それが相場なのか依頼人の意向なのかは知らないが、どうでもいいことだ。

 クリスはポケットにまとめて突っ込んできた一万ルーツの紙幣を十枚取り出して、他の客からは目だって見えないようにロランドに手渡す。相場の5倍から10倍を手渡せと、レアから習っていたからだ。ロランドは静かに受け取り、カウンターの中で手馴れた動作で紙幣を数え改め。


「『足りる』かしら?」

「えぇ。こちらへどうぞ」


 手にしたものを懐に収めると、ロランドは自ら二人を店の奥へと案内した。



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