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1-6 擲弾兵




 クリスが飯と言えば、それはレアの店になる。

 世辞にも治安が良いとはいえないウルティスの町だが、町の中心部に限っては、飯所が営業できる程度には担保されている。それでも彼女がレアの店にするのは他の店を知らないからだし、食に拘るわけでもないからだった。加えて言えば、朝だとエリーが街中だろうが何だろうがお構いなしに寝るので、そのあたりも考慮してのことである。朝に無理矢理起こしていると、残り少ない充電を使いきったかのように昼過ぎまで眠りこけるのだ。


「納得いかないわ!」


 で、クリスがレアの店にエリーを引っ張ってきたところ、これである。

 昨日やってきたばかりの新顔子供掃除屋少女リリア。彼女は既に店の中で待機しており、クリスが席につくなり頬を膨らませて詰め寄った。

 クリスは吠えられた耳元を手で押さえてしかめ面をしつつ。


「朝っぱらから。挨拶は?」

「おはよう」

「はいおはよう。で、何が納得いかないのよ」

「昨日の。別にそのまま戦えばよかったじゃない。こう、ずばばば~のどかどか~で」


 と、リリアはその場でステップを踏んで右手にナイフを、左手にサブマシンガンを持つようなしぐさを見せてくるくると舞った。専門のスクールにでも通えば、ダンサーとして通用しそうな軽やかな動きだ。彼女の脳内ではいかにも映画の主人公のような、マカロフ弾と斬撃でいともたやすく敵をなぎ倒していく光景が浮かんでいるのだろうとクリスは呆れた。

 擲弾兵連隊、ハウンド所属だったという事は、そこそこ戦場は経験してきたという証でもある。世間知らずの子供の妄想と切り捨てるよりは、それだけの自信があったと見るべきか。そこまで考えたクリスだが、もちろん自分の考えも曲げない。やばいと思ったら逃げる。それで生きてきたのだから。


「何、自分の実力売り込めなくてスネてんの?」

「スネてなんかないわ」


 頬を膨らませてプイとそっぽを向く、拗ねていないリリア。こちらの相方であるジゼットも、後ろから困り顔であった。それで終わらせている程度に、彼にとっては慣れっこの日常であるということだ。

 クリスはトーストが食べたい気分だったのでトーストセットを注文。エリーはトースト単品とコーヒーを注文した。ただエリーは既にうつらうつらとしており、すぐ2メートル隣で行われるリリアの騒ぎなど耳に入っていないようであった。その図太さと睡眠に対する根性だけには、クリスは敬服しつつ。


「兎に角! 今度一緒にやる時は仕事を完遂させるの。そうじゃないと貯金も貯まらないし」

「一緒にって、うちらと仕事するってこと?」

「そう。昨日は私全然撃ってないし、ジゼットがちょっと応戦しただけで、レアが認めてくれないの。そこそこの仕事が来たときは、またあなた達と組めって。そうじゃないと大きな仕事回さないって」

「そりゃあご愁傷様で」


 こんなわがまま娘をまた連れて行かなきゃいけないのかと、クリスが息をつく。

 人数がいるならそれに越したことはない。クリスはエリーと組んで仕事をしているが、エリーが室内戦では到底振り回しにくいマークスマンライフルを抱いて離さないので正面戦力が実質一人であり、負担がクリスに集中している。そのリスクが人数分だけ分散するのだから、ある意味でありがたい話である。

 さりとて。実力のわからない、次は言う事を聞いてくれるかもわからない子供二人を伴って行くのはそれもまた悩み物である。子供が銃を手に突っ込んで行って死なれでもしたら、特に自分の采配ミスで事態を起こしてしまったとしたら、会ったばかりの他人とはいえこれほど気分の悪いものもない。

 でも結局、私が子守をすることになるんだろうなぁと考え、こいつらの子守任務は楽に終わらせられる仕事にしようと心に決めるクリスであった。


「ま、依頼が来たらね」

「約束」

「はいはい、約束ね」

「よし。じゃあそれまで、小遣い稼ぎをしてるわ」


 行こうジゼット、と声をかけて、リリアは踵を返す。もう食事は済んでいたらしい、ジゼットも席を立ってリリアの傍に寄る。


「お早い出勤で」

「朝に売りに出てるバイヤーらしいから」

「はいは~い、いってらっしゃい」


 ひらひらと適当に手を振って、外出していくリリア達を送る。

 店の扉が閉じられる。それを確認して。


「まったく、クソガキめ」


 唇を尖らし呟いて、クリスは頬杖をつく。そんな彼女に、レアは微笑んで。


「彼女の何か気に入らないの?」

「多分14歳くらいでしょ、あいつ。普通だったら教会なり孤児院なりが引き取ってぼちぼちと暮らして、まともな生活しましょうかって言ってる時期でしょ。何で掃除屋なんか」


 なぜ、と問う言葉を口にしたクリスだが、答えはもう出ている。

 事情はどこも同じ。銃を持ったギャングの跳梁、参入してくる麻薬売人、生活の為賄賂を求める薄給警察。ウルティスの治安は格別に悪いが、ウルティスだけが特別なのではない。特に戦争相手であった西の国との国境沿いや、執拗に空爆を受けて治安諸共吹き飛んだ中小都市、そしてそこから疎開して逃れた受け入れ先の都市の事情はどこも大差ない。まだまだ、物資も人手も行き届かないのだ。無論そんな中にあっても善意と理性によって現状を受け入れ、まっとうな道を選ぼうとする人間もいる。だが全員がうまくいくわけがないし、そういう生き方をするにもやはり何かしらの技術や学、そして何よりも財力が必要であった。

 それがないならどうするか。だからこそ、彼らはそんな中を生きるために武器を手にして徒党を組み、各種悪事に手をつける。

 手っ取り早くその日を生きる方法、稼ぐ方法。

 そこに良心とやらが絡む余地は少ない。掃除屋に依頼される標的は、多くが何かしらの形で地域の皆様に迷惑をかける「悪人」だ。「撃ってもいい、死んでもいい人種」。人殺しと言う最初で最後の人道的ハードルを乗り越えれば、後に残るのはやるかやられるかの、実に単純でわかりやすい世界。

 そして。戦争を経験し敵兵という名の人間を撃ってきたハウンド達にとって、それは何の障害にもならないハードル。


「ひらひらの子供服着て、やることは葉っぱでも粉でもなくサブマシンガン振り回して殺して回るドブ仕事。私はダメ人間ロードを突っ走るって、ある程度自分で決めたけどさ、そういうの考える年じゃないでしょ」

「あなたに子供を愛しむ心があったとは意外ね」

「そんな殊勝なものがあれば、十字架持って働いてる元同僚のところに連れて行って押し付けるわよ。クソの役にも立たない同情だわ」

「後悔してるの?」

「犬が後悔なんてするわけないでしょ」


 クリスは肩をすくめる。未来ある子供が同じように銃を持って肥溜めの中にいる姿など、見ていて気分のよいものではない。しかしそれ以上はない。それだけの感情だ。

 小うるさい子供が去って、いつも通りテレビの小音量が部屋を満たすその空間で、彼女は食事にいそしむ。


「昨日の以来のような内容が来たら、また渡していいのかしら?」

「程度にもよる。ガキの前に私に話を通してね。それで連れて行くか決めるから‥‥‥そう、昨日よ」


 引っかかることがあって、クリスは腕を組んで悩む。


「あの時は国民擲弾兵かもって言ったけど、違うなぁ」


 国民擲弾兵。

 5年戦争も中ごろに入った頃、国は熟達した正規兵の損失に頭を悩ませていた。エリー達の国の軍は志願制である。その形態は軍の士気や質が高まるという利点があったが、一方で入隊者以外の国民はただの国民である。一度質の高い正規兵を損失すると、その補填は難しい。これからもしばらく続くであろう戦争を乗り切るには質も数も足りていなかった。

 そこで政府は、正規軍とは別枠の志願兵を募集した。食糧事情の厳しくなっていた国民に、食料の優先配布を約束すると付け加えて募ったのだ。戦争のもたらした貧困の中、彼らは諸手を挙げて参加した。彼らは正規軍とは別の扱いにされ、国民擲弾兵と呼ばれた。擲弾兵。古くは敵歩兵に肉薄して擲弾を投擲する、屈強なる精鋭兵の呼称だ。そのような古のエリート部隊の名前こそついているが、彼らのそれは所詮民兵、暴徒である。

 その出自と、後方の荷運びや人員の緊急補充と言う役割から、戦場経験のある国民擲弾兵は少ない。

 一方で、戦場経験のある民兵。それが。


「擲弾兵?」

「正規軍人は滅多に除隊しない。そこそこ武器揃えて、うちらが襲撃する警戒をちゃんとできる人間って、それくらいでしょ」


 国民擲弾兵の中から、比較的体格に優れていたり、諸般の事情で選抜され召集された、戦場任務を想定した部隊。それが擲弾兵。国民擲弾兵との呼称の混乱を防ぐ為、一般的には通称名たるハウンドと呼ばれることが多い。

 つまり、クリス達の元同僚。いや、同属。 

 書類上では正規の志願兵ということで軍属扱いとなり、給金も得ていた。戦争後は退職金も発生した。わずかばかりであったが。

 それだけで戦後の混乱期を生きるのは難しかった。結局彼らは国民擲弾兵と一緒になって貧困街で堕落し、生きる為に銃を取った。一方で、クリス達のように掃除屋になる人間も。

 生きる為に。


「共食いとは愉快じゃないわね」

「そこまではまぁいいのよ。元ハウンド相手に掃除するなんて、別にこれが初めてってワケでもないだろうし。でもねぇ」


 クリスが気がかりに思っているのは、もう少し別の点であった。

 三階からの挟撃班を閃光手榴弾で怯ませてから始末した際に、彼らの落としたライフルのことを、クリスはしっかりと記憶していた。


「連中、Mk6ライフルを持ってた」


 そのライフルは雑誌でも良く見かける程度に認知されている銃。クリスも戦時に実物だって見たことがあるし、鹵獲品を使ったことだってある。戦争相手であった西の国正式採用ライフルだ。

 もちろんそのライフルは、西の国のもの。今の自分達の国の人間が持っていい品ではない。もちろん、5年も続いた戦争の中で相当数がそこらに転がることになった品ではあるため、存在自体は特段いぶかしむものではないが。


「何か気がかりでも?」

「仮にハウンドだとして、Mk6ライフルなんて買い付けるかなって。カービンでも何でもないフルサイズのライフルをよ。普通室内で使う?」


 軍歩兵が持つライフルは、多くが全長1メートルほどある。Mk6ライフルも例外なくフルサイズはその程度の長さがあった。到底室内で振り回すようなものではなく、これをわざわざ買うなら、もっと安く取り回しの良い旧式サブマシンガンや、先日クリスが強盗相手に使ったKN-47ライフルが売られている。軍用銃としてのMk6ライフルの評価は決して悪いものではないが、それは「整備管理をしっかり行う軍では」という意味であり、性能分だけメンテナンスを要する。メンテナンス技術などいちいち得ているわけでもない、そんな手間をかけたくないギャングが持つような品だろうか。

 考えるクリスに、レアはひとつ微笑んだ。


「悩んで解決することなら大いに悩みなさい。出来ないなら、悩む為の情報を集めなさい。金は多くのものを買えるわ。言われた通りに殺して回る殺人機械になりたくないのなら」

「ごもっともで。そうね、行って見るか。エリー」


 思い至ったら即行動。クリスが相方に向く。

 だがエリーは違った。重そうに顔を持ち上げて、ゆっくりとした動作でクリスに向く。その瞳は殆ど閉じられていて。わずかにまぶたから覗く青眼もとろっとろに蕩けていた。

 当然、そんな状態で話を聞いているわけがなく。


「‥‥‥なに、くりす?」

「‥‥‥昼になってからでいい。寝てて」

「ん‥‥‥」


 了承を貰ったエリーはコーヒーカップを脇にどかすと、カウンターに突っ伏した。そして、規則正しい呼吸でわずかに胸を上下させる以外、まったく動かなくなった。

 出鼻を挫かれるとはまさにである。いつも通り二度寝に入ってしまったエリーを、クリスは肘を突いて眺め。


「無防備に寝おって。襲うぞこら」

「やれやれね」


 クリスは正面に向き直って、残るトーストにかじりつく。


「どんな夢見てるんだろうね」


 呟いたクリスの声は、もちろんエリーには届かない。



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