END 路地裏の人間達
煙草の煙が、宙に散る。
彼女はテーブルに置いた自動拳銃を見つめていた。彼女自身の拳銃だが、それだけだ。何をするでもない。
この拳銃で、仕事だからと撃った事、仕事を優先できなかった事。殺すでもなく助けるでもなく。結局自分は、あの時どうするべきだったのか。
「まだ考えているの?」
カウンター席から届く声に耳だけ貸して、女性は拳銃を見つめ続ける。
彼女達の部隊は負けた。数倍の兵員を持ちながら、小隊の半数が負傷し、小隊全員が意気消沈し。士気のなくなった軍隊は、何も出来ない。後はただ、指揮官の指示を握り潰して作戦中止という名の敗走だ。副官の更迭を含めたその後のゴタゴタについては、彼女にとってはたいしたことではない。正式な指揮官はもう戻ってきているし、副官の代わりがどうなろうと。仕事も従前通り。下っ端猟犬にとってはその程度の事。世界など何も変わらない。
何も変わらない世界なのだ。
だからこそ、あいつらはすばらしいと思う。
ただ一人殿を勤める奴、それを助けに戻る奴。黙っていれば何も巻き込まれないのに、命を張る連中。それくらい強く思えるものがあるのは羨ましいと、思う。彼女達は勝つべくして勝ったのだ。挙句に、銃弾と鈍器により何人も病院送りになったが、今の所誰も死んでいないしその可能性も低い。一人も、だ。
射殺命令を受けた集団相手に不殺など意図してでさえ達成するのは困難。だというのに店主曰く、誰も殺さないでと言う少女からのお願いを彼女達は実行していたらしい。最初に連行を試みた班も少女のその言葉を聞いている。撃ち殺した方が早いのに少女は殴り武器を奪い投げ捨てるに終始し、射手は動き回る四肢だけを狙撃。榴弾に破片を貰った人間はいるが、致命を期待できる的の大きい胴体を直接被弾している人間はゼロときた。彼女達は、誰も殺さず誰も死なずにすべての目的を達したことになる。完全試合と言っていい。
あいつらは、その努力で望むものすべてを手にした。
それに比べれば、自分の銃弾は一体何を生んだと言うのだろうか。
犬らしく、結果を追い求めて全員撃ってしまえばよかったのか。明らかに自分を見て撃つのをやめた彼女と、彼女を助けに戻り介抱する仲間ごと。最後に身を晒して来た標的の少女も。そしたら勝てたのかも知れない。
何に?
食う為に望んで猟犬でいるが。職業に程ほど意義と誇りを感じてもいるが。こうして意志が不安定になると、思うものはある。
人間だから。
「こんな世界だもの。少しくらい誰かが優しくしても、いんじゃないかしら」
半端とはいえ、撃つのをやめたことへの承認欲求を満たす言葉。
半端だ。喜色全開のクリスから、先ほどエリーが起きたとの報告を店主は貰ったそうだが。あの負傷ではどんな障害が残るかもわからない。それがなかったとして、自分に銃で撃たれた事実にあの無口女は、自分に対してどう接してくるのか。
怖い。物理的な報復があるかもしれないし、嫌われて無視されるだけかもしれないが。こんな下らないことで知己を失うのは。
怖いから、不安で。
「恨むような子じゃないわよ、あの子は。友情を知っているから」
拳銃から女性へと、目を移す。彼女は微笑んでいた。彼女達を裏から散々支援してきたにっくき黒幕の女性のその顔は、見ていていっそ腹立たしくて。
拳銃を握り、バッグへ仕舞う。結局の所、自分の生きる道は今のところこれしかない。
これ以上考えると気が変になりそうだ。
「あなたは。犬小屋は仕舞い?」
「そうね。でも、夫も居ないのに娘が二人も出来てしまったわ」
生き残っていた最後の出入り掃除屋二人を思って、彼女は肩をすくめる。犬と呼ばれて様々に利用されてきた、そしてこれから生きていく人間。これからは人間らしい暖かく美味しい食事と、勤労に対する給金を与えなければらない。犬を離し飼うのとは違う。わざと不味い飯を食わせるわけにも行かない。
そんな話を理解だけして。煙草の火を消して。
「さ、犬は外で走っていらっしゃい」
そう声を浴びて、立ち上がる。そして、外へ繋がる扉へ。
慎ましくも暖かなその店を後にしようとして。
「またいらっしゃいな。犬をしていない時なら歓迎よ」
「斡旋屋も掃除屋もいないこんな所、もう来ないわよ」
「欲しいものがあるならば、手を伸ばしてみなさい。あなた達、友達でしょう?」
背中からかけられた言葉に立ち止まり。
ちょっと会話をして一緒になる程度とはいえ。友達、その言葉に足を止めて。
まだ、友達でいてくれるだろうか。
「決して、届かないものではない」
「そうでありたい」
「願えば叶うわ」
「やっぱり私、あんたが苦手」
欲しかった言葉にわずかに表情を緩め、片手を振って。
彼女は町へと出て行った。
無事? 「ウルティスの野良犬」完結しました。読んでくださった方々、ありがとうございます。
本文に関係のない小さなお話は活動報告の方に載せます。




