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総当たり戦/恥をかくのは誰?

 翌日。


 気絶したせいか、マイトは昨日のことをさっぱり忘れてくれやがった。

 あれだけの騒ぎを起こして、次の日最初に放った言葉が『飯まだ?』だ。

 あそこで飯を食えなくなったから別の場所を探さなければならなくなった。

 本当に殺すべきなのかもしれない。


 殺意を滾らせつつ堅苦しい試験を終わらせて、俺は欠伸を一つした。

 基本的な身体測定、魔力計測とおまけで魔法行使、最後に判断力テスト。

 締めて数時間程度しかかからなかった。


(ま、しょせんは御貴族様を受からせるための試験なんだ。

 成績なんて関係ねえよな)


 こんなことがあと何日か続くのか、と考えると憂鬱になる。

 そんなことを考えながら広場に出ると、石板が取り変えられていた。


 頭には『実技試験チーム分け』と書かれており、俺たちの名前もあった。

 総参加者数が100にも達するので、10人ずつのチームに分けられている。

 幸い俺たちは全員別だ。


「ふぅーん、持ち点1で一人倒すか落とすごとにポイントを奪える、と。

 で、自分が倒されると持っているポイントの半分が奪われる。

 端数は切り捨てる……方法は何でもいいが頭部への攻撃は禁止する……

 実技って、思ってたよりも強引なやり方なんだな」


 マイトなんかは好きそうだな、と思った。

 反対にミンクは苦手そうだ。

 魔法の才能は凄いが、しかし戦いが好きではなさそうだ。

 まあ、あれだけの魔力を持っているなら適当にやるだけでも勝てるか。

 俺がやるとなると、ちょっと面倒だな。


 そんなことを考えていると、端の方でアナンが何かしているのを見た。

 コソコソしているので、ろくなことはしていないだろう。

 こっそりと様子を伺うことにした。


「へぇっ。いいんですか、あんたを狙わないだけでこんな大金を?」


 それに応対している人物がいた。薄汚れた衣服に身を纏った、屈強な男。

 見覚えがある、採用試験に参加したチンピラのような男だ。

 彼は小さな革袋を受け取っていた。その中には大小の貨幣が入っていた。

 つまりは、賄賂か。


「マイトとかいうガキを狙ってくれりゃあ、追加報酬は弾むぜ」

「へぇ、ガキ……ああ、なるほどあいつですね。もちろん、任せてくだせえ」


 男はニヤリと笑い、アナンに答えた。

 なるほど、バカにされた自分の仇を他人に討たせようとしているのか。

 何とも浅はかな奴だ。教えておくべきか……


 そんなことを考えていると、会場からマイトが出て来るのが見えた。


(まあいいか、教えない方が面白いことになりそうだからな)


 少し探ってみよう。

 下手をすると俺たちにまで累が及ぶ。

 もし及んだなら……何か対策を取らなきゃならん。




 更に翌日。

 広場には特設のリングが設営され、それを見下ろすように櫓が組まれていた。

 入る時見たが、どうやら入場料を取っているようだ。したたかな。


「ッシャア! やるぜやるぜ、やってやるぜ!」

「恥ずかしいから騒ぐんじゃないよ。ホント鬱陶しい……」


 抽選の結果、俺たちは別々のブロックに分けられた。

 Aブロックのマイトはすぐに入場しなければならない。

 傍らを見ると、アナンが睨んでいるのが分かる。

 さてさて、どうなることやら。結果は見えているが。


「ま、怪我しねえように気を付けるこったな」

「何言ってんだよ、クレイン! 俺がこんな奴らにやられるかってんだ!」


 Aブロック参加者の呼び出しがあったので、マイトはそれに着いて行った。

 俺たちはそれを役場の二階から見ることが出来る。

 参加者限定の特等席、と言った感じだ。

 銅鑼の音が鳴り響き、参加者がリングに入場する。


「お待たせいたしました、皆さん! これより実技試験を開始いたしますッ!」


 上半身裸の筋肉野郎、薄汚れた剣士崩れ、下卑た笑みを浮かべるゴロツキ。

 そんな連中の中にあっても、マイトの格好は浮いていた。

 誇らしげに鎧を見せびらかしている。


「勝てるんでしょうか、マイトさん……」

「ッヒッヒッヒ、勝てるわけがねえだろうが」


 脇にいたアナンが話しかけて来る。

 こちらに来るとは思わなかったので、俺も驚いた。


「勝てるわけがない、って……どういうことですか?」

「まあみてろよ、すぐにその理由が……ホラ分かる!」


 銅鑼が鳴ると同時に参加者がマイトに群がった。

 マイトは木剣を抜き、敵を牽制する。

 彼らはじりじりとマイトを取り囲む。


「あれは……! マイトさん集中狙いなんて、卑怯なことを!」

「別にルール違反をしているわけじゃない、が……お前の仕業か?」

「あなた様の御采配でしょうか、だろうがクズ。まあ、その通りだよ。

 俺に恥をかかせてくれやがったクズが……!

 お前には痛い目を見てもらうンだよ!」


 一対九、あからさまに状況は不利だ。


「んで、お前もだ。お前、あいつのツレなんだろ?

 だったら連帯責任だよ……ヒヒ!」

「まさか、賄賂で人を買ったって言うんですか!? 卑劣なッ……!」

「あ? 何言ってんだよ、お前。証拠でもあるのか? んー?」

「まあ、別に証拠はないなー。うんうん、ピンチピンチ。でも、いいのかお前?」


 アナンはアホ面を俺に向け、挑発するように聞き返した。

 だから言ってやった。


あいつは勝つぞ(・・・・・・・)


 凄まじい打撃音が響き、悲鳴が上がった。

 アナンはそちらを見て、色を失う。


 吹き飛ばされたのはアナンが雇ったゴロツキの一人だ。

 マイトは手首を返しもう一振り、剣士崩れのような奴を力ずくで吹き飛ばした。

 一瞬でポイント2。


「なっ……! あ、あの野郎! 分かってねえのか、状況が!?」

「分かってないのはお前の方だよ。あいつは全員倒して上がる気だぞ」


 マイトは笑いながら踏み込み、動揺するゴロツキどもに飛びかかる。

 力づくの、技も何もない一撃。だが、マイトは強く、そして速い。

 一刀を振り払ったかと思えば瞬時に手首を返し、次の一打を繰り出す。

 どんな防御も、それの前には無力だった。


「なっ……なっ……何だ、あれは……!」

「特大のバカがいるってことを知れてよかったな。

 あいつは元から全員倒すつもりだったんだぜ?

 全員一斉にかかって来たからって動揺するかよ」


 それどころか、敵が向こうから来てくれたって大喜びするだろう。

 勝負はほんの数秒の内についていた。

 マイトの出鱈目な技で、生半可に鍛えていたゴロツキどもは瞬時に一掃された。

 解説もこれには苦笑いしている。


「えー……もう得点計算するまでもないですね!

 マイト=イーグレット、10点!」


 さすがに観客席からは歓声が上がった。

 櫓で見物している貴族連中はあまり面白くなさそうだった。

 アナンは爪を噛み締め、血走った目でマイトのことを睨んでいた。


「く、クズ……! お、俺にまた恥をかかせて……!」

「安心しろよ、恥なんてかいてないさ。存在自体が恥ずかしいし」


 アナンはキッと俺を睨み、大股で去って行った。

 その後ろ姿を、口笛で見送った。


「あの、あんなに怒らせるようなこと言って大丈夫なんですか?」

「大丈夫だよ、問題ない。それより、自分のことに集中しておいた方がいい」


 ミンクを見送りながら、俺はプランを考えた。

 ここを乗り切るためのプランを。




 Bブロックには酒場で仲裁に入った男、ウルザが入っていた。

 やはり、彼の実力は圧倒的だった。

 他の参加者を圧倒、6ポイントを取って終了した。


 ミンクは予想通り、あまり芳しい成果は挙がらなかった。

 それでも2ポイントを取って一応は最後まで立っていた。

 あっという間に俺の番になってしまった。


「尻尾巻いて逃げ出さなかったことだけは褒めてやるぜ、クズ平民」

「俺をやるためにいくら払ったんだ? 何にしても、無駄金だよなぁ」

「お前らが一生お目にかかれない金だが、俺にとっちゃはした金だよ」


 お前の金じゃないだろ、と思いながらも特に反論はしなかった。

 この手の野郎に言葉は無駄。すべては行動で示すのみ。


 リングは正方形、端から端までおよそ15m。

 一人が使えるスペースはそれほど多くない。

 そして、どこに立つかは参加者に任せられる。

 俺は端の方を選んだ。


「頭がいいな。そこにいりゃあ、例え落ちても不注意でしたで済むからな?」


 面倒なのでこれ以上問答はしないことにした。

 俺の動きに合わせてハゲが2人俺から3mほど離れて左右に立った。

 それ以外は真ん中に重なり、その奥にアナン。

 自信たっぷりな言動とは裏腹に、随分と慎重な布陣だ。


 さて、これからはタイミングが物を言う。

 まあ、それほど気負うことはない。

 失敗したって負けるだけだ、俺には特にデメリットなんてない。


「それでは実技試験Dブロック、これより開始ッ!」


 銅鑼が鳴り響くと同時に、俺の両脇についたハゲが動いた。

 同時に、アナンとゴロツキどもも。

 やはり、ここにいる連中のほとんどを買収しているようだ。


「さて、と。それじゃあちょっと気合入れて……行きますか!」


 右手に魔力を収束、地面に向かってフレアを叩きつけた。

 閃光と爆音が周囲に響き渡り、ゴロツキどもが怯んだ。


 左のハゲを剣で、右のハゲを収束マジックアローでそれぞれ押した。

 俺を狙うために端に立っていたのが災いした。

 僅かな衝撃で二人は体勢を崩し、落ちた。

 得点と同時に喇叭の音が高らかに響いた。


「開始早々! 素晴らしい状況判断です、左右からの二人を捌いた!」


 不意の接近遭遇ならともかく、来ると分かっているなら対策も立てようがある。


 マジックアローを生成、中央のゴロツキどもに向けて放つ。

 命中精度と攻撃範囲を取って拡散させたので、威力はそれほどではない。

 柔らかい木の実を砕くので精いっぱい。

 だが、目を潰された連中にはそれなりに効果があるようだった。


「くっ……クズ! クズ程度が、この俺に、なんてことを……!」


 アナンは魔力シールドを展開し、俺の攻撃を受け止めていた。

 マジックアローと同様基本的な技で、身を守る魔力の盾を作り出す。


 また、シールドは手から魔力を放出し好きな位置に出すことが出来る。

 なので結構使い勝手はいい、だが使いこなすのは難しい。

 体から離したり、防御範囲を広げるほど盾は脆くなるからだ。

 適切な位置に置かなければならない。


 そういう意味では、俺の攻撃は防ぎやすいものだっただろう。

 威力はそれほど高くないし、真正面から小細工をせずに撃っている。

 もっとも、それは俺の企み通りだったが。


 俺は舌をだらりと下げ、おちょくるためにそれをぶらぶらと動かした。


 こんな子供じみた手に、普通は引っかからないだろう。

 だが、こいつにはいろいろなものが積み重なっている。

 恥をかかされ、大枚叩いて雇ったゴロツキどもを倒され、翻弄されている。

 そこで、俺がこんなことをしたのだ。


「ッ……! 退け、クズども! 退けェーッ!」


 そりゃ、爆発するだろう。

 矢も楯もたまらず駆け出して、俺を殺したくなるだろう。


 アナンの動きは意外に早かった。

 フレアを警戒し、左腕で頭を守りながら突進して来た。

 右手に握った剣に、魔力が充填されて行くのが分かる。

 あれで殴られればひとたまりもない。


 だが、アナンはこの期に及んでミスを犯した。

 一つは仲間を連れてこなかったこと。

 一つは目を自分で塞いでしまっていること。


 俺は身を屈めた。

 前方に倒れ込みアナンが薙いだ剣をかわし、彼の体に絡み付いた。

 予想していなかった行動に、アナンは身をよじって俺を振り払おうとする。

 だが、止まらない。


 意識を集中させる。

 全身の魔力の流れを操作する。


 ありとあらゆる生物は魔力を持ち、それを使って身体を操作する。

 身体(フィジカル)強化(エンチャント)と、魔法使いたち呼ぶそうだ。

 俺はアナンの体を掴む腕、そして踏ん張る足腰に力を集中させた。


 俺はアナンの体を掴み、後方に思いっきり背を逸らした。

 突進の加速力と、俺の力。

 二つがピッタリと合わさって、アナンの体が宙を浮いた。


「――!?」


 アナンはリングから落ち、地面に転がった。

 歓声と喇叭の音が上がる。


「投げ捨てたッッ!

 確かに落とせば得点ッ、だがさっきから落としてばっかだぞッッ」


 別にカッコだの何だのはどうでもいい、勝てばよかろうなのだ。

 とはいえ、ここから先はさすがに厳しい。

 残された6人が、一斉に飛びかかって来た。


「クソ、やれ! 殺せ! クソッタレ、ふざけやがって!」


 やれやれ、参ったな。

 そんなことを考えながら、俺は舞台を降りた。


「……は? お前、何やってんの?」

「え? 降りただけだけど……なに?

 俺が何か別のことやってるように見える?」


 俺は両腕を広げて言った。

 リング上のゴロツキも困惑し顔を見合わせている。


「み、自ら舞台を降りました。こ、これは失格か……?」

「え、だってリングを自分から(・・・・)降りた時の罰則なんて別になかったじゃん?」


 そう。

 レギュレーションにあるのはリングを落された(・・・・)時の対応。

 自分からリングを降りた時については書かれていない。

 大会初期にはよくある設定ミスだ。


「えーっと、つまり……りょ、領主様! こ、こういう時は……」


 解説は困り切り、カイゼルを見た。

 カイゼルは苦々しげな表情で俺を睨んで来る。


「まさか失格なんてありませんよね? 規定に書かれてないわけですし?」

「……試合続行だ。これより先自分からリングを降りたものは失格とする……!」


 つまり、これからは順次対応していくということか。俺は胸を撫で下ろした。

 あそこで失格だと言われてしまえば、対応する術はなかった。

 まさに運の勝利と言ったところだ。


 もっとも、貴族が自分から恥を晒すとは思わなかったが。


 リングの上では、残された連中が醜い殴り合いを続けていた。

 ここからならどう頑張っても、俺は二位くらいにはつくことが出来る。

 鼻歌を歌いながら俺は会場を後にした。


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