dream world of fia
シア「フィアさん、クロさん、起きてください」
いつも、彼女に起こされていた。天使となってからはいつも、眠ることもなく、ただひたすらに本を読んだり、部屋の隅で虚空を見つめたりしていた。…あの時感じていた物悲しさは、シアが起こしてくれなかったからなのかもしれない。
クロ「主、今日は何処に行くの?」
「ん〜…取り敢えず、のんびり行こう」
いつも後ろに付いてきてくれた。ピョコピョコ揺れる尻尾は不思議な魅力があって…その瞳は何処か危なっかしくて、自分が生きてなきゃいない理由になってくれた。隣で安心して眠ってくれた。
リア「…あんたが男?知ってるわよそんなこと」
「えっ」
リア「男二人と一緒にいて、性格言動行動も男っぽいし、一人称自分って…」
「まぁ…確かにそっか。…それでもごめん、黙ってて」
リア「…まぁいいわ、隠したまま、事故的に知ることになったりしたならぶっとばしてたけど」
初めて出来たこの世界での友人、フレンド申請された時は嬉しかったっけ。あの危険なダンジョンにも付き合ってくれて、ティアを庇ってくれた。…ありがとう。
海「おっす」
a「こんにちは」
海「今日1時間目なんだっけ?」
a「確か…物理だったかと」
海「まじかよ…。この前のもさっぱりなんだが、教えてくんね?」
a「勿論。私の説明で理解してもらえたらいいのですが…」
姿が変わってもまた、会うことが出来た。もしあの時海に会えていなかったなら…いや、この世界に来る前、会えていなかったのなら…命を絶っていたかもしれない。それぐらい…大きな存在だ。隕石を止めることも、或いはしなかったかもしれない。いつだって助けてくれて…感謝してもしきれない。
ライ「よっと」
「おっつかれさん」
ライ「楽勝だな、やっぱ前衛いると楽だわ」
「まぁお前なら一人でも余裕そうだけど」
ライ「んなこたねぇよ。それに…」
「?」
ライ「一人より面白いしな。連携っぽくて」
…何時だか、まだこの世界に来る前の話。今も…そう思ってくれていたら嬉しい。なんだかんだ、気兼ね無く付き合えるいい関係だと思う。
メア「貴方ねぇ…夢の中だからって好き勝手しないでくれる?」
夢の中をスイスイと、自然に流されるように浮いていたメアを引っ捕え、自分も無重力に流されながら、頬をプニプニと弄り回す。
「普段出てこないのが悪い。寝床代ってことで」
メア「全く…概念体にそんなことして何が楽しいんだか」
「…楽しいさ。概念体だとか知ったことか。そんなのより、俺みたいな見た目変えてる方がタチ悪いだろ」
メア「…必要も無いのに人間の格好で惑わす私と、偽物の、それも異性の体で過ごす貴方。どちらもタチが悪く…世界に許されないかもしれないわね」
「…じゃあ、メアとは仲間だな」
メア「全然違うような気がするけど…まぁ、なんでもいいわよ」
夢の世界は割と多用していた。この中で魔法の練習をしたり、今後の予定を立てたり…。それだけじゃない。今回みたいな、個人的な悩み、愚痴とか、何の気も無い戯れにも、メアはよく付き合ってくれていた。
他にもたくさん、本当に僅かでも、関わってくれた大事な人達との思い出を夢見ていた。
でも…怖かった。こんなに幸せでいいのだろうか。何か裏があるんじゃないか。感じなかったと言えば嘘になる。それでも、信じることにした。理由は単純で…ただ、信じたかったから。
仲間達一人一人との夢から暗転し、次夢見たのは、いつもの、アワーホームの居間だった。…ここはティアの夢の中だろうか?それとも自分のだろうか?
シア「フィアさん、もうご飯出来てますよ」
ライ「今日は…カレーか…朝からカレーか…まぁ好きだけど」
クロ「…お腹すいた」
海「アヴェールから修行受けてた時以来だから…結構久しぶりだな、ここで食うのは」
リア「というか、ちょっと狭いわね…テーブルひとつに7人って」
メア「だったら食べなきゃいいんじゃない?何で貴方達は物を食べてあんな顔するのか分かりかねるわ」
「なら食べてみたらいいのに…。まぁいいか、自分も腹減って死にそうだ」
自分から見て、クロ、リアが左側、ライ、海が向かいに、シアが右側テーブルの席に着いた。興味無さげにふわふわ浮いて本を読んでいるメアと、自分を含めて7人。
……足りないよな?…あの、元気な声の少女は何処に…?
ティア「フィアお姉ちゃん!はやく食べよ〜よ」
…少女は、自分の真横に座っていた。屈託のない笑顔で、自慢気に語り始めた少女の姿に、自然と頬が緩む。
ティア「カレーは得意だからね!シアと一緒に作ったから、絶対凄い美味しいから!おかわりもあるよ!」
「分かった分かった、そんなに言うなら期待してるよ。…さて」
席に着いた皆が話を止め、さて、と一呼吸の後。
全員「いただきます」
揃った声にクスクスしながら、皆がスプーンを手に取った。
楽しそうな光景を、その輪から離れた外から、透けた自分達を眺めていた。自分を眺めている気分は複雑で、自分もああできたらいいなという思いを抱いていた。
自分の横には、同じく体の透けていないティアが立っていて…恐らく彼女は、現実のティアなのだろう。
その世界にポカンとした後、懐かしさに、暖かさに、ティアは苦虫を噛み潰したような顔で、その光景から目を背けるように顔を伏せる。
…なんて声を掛けたらいいのか解らない。
…そんな時、シアの隣、不自然に空いた一人分の席に、もう一人の姿が現れた。
星姫「あっ…この料理、一番好きかもしれません」
いつの間にか、スプーンを手に取りカレーを口に運ぶ、星奈の姿があった。その味に驚き口元に手をやっている彼女に、夢の中のティアが自慢げで嬉しそうに話しかける。
ティア「ほんと!?えへへ〜。…あ、そうだ!今度は星姫も一緒に作ろうよ!私が教えてあげる!」
ティア「…ねぇ、お姉ちゃん」
a「ん?」
ティア「…ここには星姫もいるよ。楽しいことだけだよ。それでも…駄目なの?」
a「…ティア、気づかない?星姫はひとつ、きっと彼女にとって大事なものを着けていないよ」
言われてティアはジッと星姫を見つめる。…夢の中の星姫は、とても楽しそうだった。その横にいる自分に、その場所を変わって、と願ってしまいそうなぐらいに。
ティア「…わからないよ。なに?」
かぶりを振り、降参、と溜息をついたティア。
a「答えはねーー」
答えを告げようと口を開いた、しかし告げるのを遮るように、二人の胸元から、いつか感じた温かい光が出でて、二人の前で一つの光と化し…一人の少女の姿をとった。
??「ーーこのネックレスですよね?」
いつかティアが渡した、不恰好ながら可愛らしい、キラリと光る石で作られたネックレスを、その少女の姿をした光ーー星姫が首に掛けていた。
ティア「それ…私が星姫にあげた…。…?この星姫は?」
a「……夢じゃ…ない?」
ティア「え?」
星姫「…はい、その通りです。私が最後に渡した光は『再会の光』と呼ばれる物です。お母様から教えてもらったもので、必要になった時?託した相手の元へ想いが届くというものらしいです。これでこっそり、我慢が出来なくなった時にお母様達は会っていたそうです」
それが何故、今…?しかも夢の中で?必要になった時、というのは…?
興味深げに辺りを見回し、ここで交わしていた言葉を聞いていたのか、ふぅ、と一息ついた後、星姫は口を開く。
星姫「ティアさん。…あそこにいる私と、ここにいる私、然程違いはありません。寧ろ…もしかしたら、あそこの私の方が、いい、のかも知れません」
ティア「そ、そんなことないよ!」
星姫「どうして?」
ティア「どうしてって…だって…」
星姫「私が本物だから、ですよね?」
うっ…と真を突きつけられ、ティアは一歩仰け反る。それを逃すまいと星姫は二歩歩み寄った。
星姫「あそこの私は玉ねぎを喜んで食べてますけど私は苦手ですし、ニンジンも苦手です。知りませんでしたよね?教えてませんから。…ここでは、新しい発見なんてありません。あったとしてもそれは、全部偽物です」
…意外と好き嫌い多いな。なんて考えを振り払い、星姫の言葉に聞き入る。
星姫に説かれて言い返せないティアは項垂れることしかできない。
星姫「私も…皆さんのこと、よく夢で見ます。笑顔で、キラキラしてて、とても楽しい夢です。…でも、私は、あなた達が戦っているところとか、苦しみながらも、決して諦めない姿を…夢見ることができません」
仮に夢見たとしても…どう戦っているのか、どんな顔をしているのか、それは想像の域を出ない。もし見たことがあったとしても、それの形を変えた、所謂リメイク版を夢見るだけであって、新たな真の表情を見ることはできないだろう。
ティア「でも…でもね、でもね星姫。私ね…あの…」
言いづらそうに目をキョロキョロと移し、星姫と目を合わせようとしないながらに、なんとか何かを伝えようとしていた。
星姫「…闇の力、ですよね?」
ドキリと肩を震わせ、チラリと星姫と目を合わせる。優しい、雲一つ無い星空のような色をした目に覗き込まれ、コクリとティアは頷いた。
星姫「…ですが、この空間は、フィアさんの物ですよね?」
ティア「え?」
a「…ああ」
フィアは、星姫が貰ったネックレスの存在を伝え聞いただけであり、実際の形を知らない。見たこともない物を想像するには多大な想像力が必要であるし、それが本来の、現実にあるものと一致していることはまずありえない。つまり、夢の中の星姫がネックレスを持っていたとしても、それが本物と同じであるはずは無い。だから、夢の中の星姫はティアのネックレスをつけていなかった。つまりーーここはまだ、ネックレスがどんな形か知らない、フィアの世界だ。
星姫「ティアさん。あなたが嫌がる闇魔法の夢の世界は、フィアさんとお揃いの力です。それでも…いっしょにいられないと?」
…自分にも、何故夢の世界を作れたのか、よくわからない。メアを宿していたから?夢の世界を何度も使っていたから?…どれも、決定的な原因とは言えないが…だが、この世界が闇によるものだとしたのなら、自分にも確かに、何物にも染まらない、黒い闇があった。
長い翼の先、そこからいつの間にか抜け落ちた、黒い一つの羽を手に取った。
星姫「そして、もう一つ…闇が悪い物、なんて言うのは必ずしもそうではありません。夢を見続けること、それを私は否定しますが、たまになら、いいと思います。きっと…温かい世界に他なりませんから。それに浸かり続けて、目を背け続けることは…ティアさんにはして欲しくありません」
でも…でも…と言い訳を探すように目を回し、うぅ…といまいち納得しきれていない顔で、今度はaに向き直る。
ティア「でも…でも…怖いの。フィアお姉ちゃんは、私の世界を書き換えるぐらいの闇かもしれないけど、私のはつくりだせるぐらいだもん。闇と光は真反対だから…もしかしたら、フィアお姉ちゃんを消しちゃうかもしれない」
星姫「…ティアさん」
そんなことない、なんて保証のないことを星姫は口に出さなかった。…なら、自分が。
a「…闇は闇だ。光は光だ。それは変わりない。でも…誰かにとっては、光が闇で、闇が光かもしれない。朝日を、自分を強引に叩き起こさせる刃だと思う人もいれば、心地よい気分にさせてくれる優しい衣だと思う人もいる。夜の闇を、何も見えないからと怖がる人がいれば、何も見えなくて、逆に誰にも見られなくて落ち着く、そう安心する人もいる」
俯いていたティアがそっとa…フィアを見上げる。
天使は一歩前へ進むと、一本の黒い羽を乗せた手を、闇に堕ちた少女の前に差し出した。
「俺は確信してる。…今まで、俺がどれだけ…ティアの笑顔に、言葉に、想いに…心に、救われたと思う?例え俺が光で、ティアが闇だったとしても…ティアが俺にとって“光”であることに違いはないさ」
言葉が、思いが、心が…“光”が、彼女の中に響き渡る。彼女の闇を、彼女にとっての光は受け入れ、光は、彼女の闇を自分にとっては光だと言った。
そっと手を伸ばす。掌の上に乗せられた、その一つの黒い羽に今、指先が触れる。羽をそっと手に取り、胸元に。羽を包み込むように両手を置くと、羽は少女の中へ、受け入れるように消えていった。
ティア「…ありがとう、フィアお姉ちゃん。星姫。私、もう大丈夫だよ。うん、もう…大丈夫」
目から溢れる涙を両手で拭い、うん…うん…と嗚咽混じりに何度も、フィアの、星姫の言葉を肯定するように頷いた。
辺りの世界は一変し、いつか星姫を送り出した時のような高い丘。何処までも続いているかのような広い草原に、幾つかの、控えめに存在する落ち着く色の花達。
泣きじゃくるティアの頭を、毎日のようにしてやっていたあの時のように、優しく撫でる。
ティア「えへへ…なんだか、久し振り」
懐かしさに目を細めながら、未だ止まらない涙をぬぐい続けた。
それを少し遠くから、嬉しそうに微笑んで見ていた星姫をもう片方の手で手招きする。
首を傾げながら、ゆっくりと歩み寄ってきた星姫の頭も、そっと優しく撫でる。
星姫「え、あの…」
「…星姫、ありがとう。会いに来てくれて。…やっぱり星姫がいないと、ちょっと寂しいから」
はは、と惚けている星姫に笑みを向ける。どうしても、礼を言いたかった。もし星姫が来てくれていなかったら、今こうすることは出来ていなかったかもしれないから。それをなんとか遠回しに伝えると、星姫も笑みを返してくれた。
星姫「…はい。きっとまた…会いに来ますね」
二人の笑顔が眩しくて…その笑顔を再び見ることが出来た、そのことが、どうしようもなく嬉しかった。
ティア「えっ、わわわっ」
星姫「きゃっ」
気がつくと二人をきつく抱きしめていて…胸に込み上げてきているものが抑えきれそうになかった。
ティア「もう!お姉ちゃんは急なんだから…」
星姫「び、びっくりしました…」
「ごめん…なんだか、嬉しくって」
頬を何か、水のようなものが伝う感触があった。それを目に見た二人は驚き唾を飲み込み、二人はそっと抱きしめ返してくれた。そしてそれと同時に…二人は喉の渇きを加速させた。
星姫「…よかったです…ティアさんが元に戻って。お二人に…また会えて」
星姫も…不安だったのだろう。ティアを元に戻せるのか。自分が想っているぐらい、皆も自分のことを想ってくれているのか。
星姫の目元にも涙が滲み出て…やがて頬へ、そして草原の上へと落ちた。
ティア「…ごめんなさい。心配かけて…。迷惑かけて…。…ごめんなさい」
ティアの涙が加速的に溢れ出る、星姫の涙もまた流れ落ちる。それを拭ってやり、また強く二人を抱きしめると、二人も強く、抱きしめ返してくれた。
星姫「今度は皆さん、全員とまた…会えることを願っています。…いいえ、必ず、会いに来ます」
「ああ…また、必ず」
ティア「…絶対だよ?」
星姫「はい、絶対です。…今度会うときは、あのネックレスを着けてきますね」
夢の世界の中では見ることが叶わなかった姿で、いつかまた会いに来ることを約束しながら、星姫は夢の世界から消え帰った。
「…ティア、準備はいい?」
ティア「うん!いこ!」
二人になった草原の世界が、現実のような確かなものから、妄想、夢のような虚ろなものへと変わっていく。ぼんやりと、世界を視認することが困難になっていく中、フィアは頬に何かが触れた感触を覚えた。
夢は覚め、彼らの世界は今、現実のものへと移り変わった。
大変遅れてしまって申し訳ありません。理由としては、多忙だったのと、区切るべき点が見つからなかった為、いっそ二話分を一話に纏めよう、と考えたからです。しかし今回でストックが完全に消えてしまったので、次回も少し遅れるかもしれません。ご理解のほど、宜しくお願い致します
2019/4/19誤字修正




