エピローグ
4年後、ユン屋敷にはシウの小説を愛読する4歳の愛娘ソアの姿がありました。サランの美貌と、祖母(大女優インナ)譲りの気高さを併せ持つソアは、パパをすっかり翻弄する小悪魔的な美少女へと成長。かつてサランがシウに告げた名セリフ「わたくしに、キスできますか?」をソアが真似てリビングの時を止めるなど、賑やかで愛おしい家族の日常が、5月の満月に優しく照らされながら続いていくのでした。
4年後
5月の柔らかな風が、ソウルのユン屋敷の庭に咲く薔薇の香りをリビングへと運んでいた。
「パパ、お本を読んでちょうだい」
ローテーブルでノートPCに向かっていたシウの膝に、小さな影が迷いなく飛び込んできた。
今年で4歳になる娘、ソアである。サランの血を引いたその容姿は、
誰もが二度見するほどの美少女だった。
一点の曇りもない真白な肌に、ストローが乗りそうなほど長い睫毛。
しかし、その濡れた瞳の奥に宿る揺るぎない自信と、ツンと上を向いた気高きお鼻は、
明らかに別の誰かの遺伝子を主張している。
「いいよ。ソア、今日はどのお話にする?」
シウの顔は、これ以上ないほどだらしなく緩んでいる。
世界的な人気作家の顔はどこへやら、今の彼は完全に娘の奴隷である。
「『愛故に君を想う』がいいわ。あの本、お言葉が綺麗で、わたくしのお気に入りなの」
4歳児が口にするとは思えない「わたくし」という一人称と、
祖母であるソン・インナを彷彿とさせる優雅な手つきに、
キッチンからその様子を窺っていたサランは深いため息をついた。
「ちょっと、パパ。甘やかしすぎです」
エプロン姿のサランが、すりこぎを手にしたまま怒ったように頬を膨らませる。
サランの耳元では、ピアスがチリンと揺れた。
「いいじゃないか。ソアは言葉が流暢なだけだよ」
「流暢のレベルを超えているの!この前なんて、洋服屋さんで
お店の商品全部買うわって言ったんですよ!」
サランの抗議をよそに、ソアはふふんと鼻で笑うと、シウの胸に小さな背中を預けた。
その足元では、すっかり大きくなった白猫のマシロと、短足のままでんすけが、
呆れたようにあくびを重ねている。シウは困ったように笑いながらも、
ソアの頭を愛おしそうに撫でた。「ソア、ママをあまり困らせちゃダメだよ」
その優しい声を聞いたソアは、シウの膝の上でくるりと向き直った。
そして、サランがかつて見せた『THE 美少女の甘えた顔』の、
さらに上を行く『お嬢様流・完璧なる計算顔』で、シウの顔をじっと見つめたのである。
「ねえ、パパ」
「なあに?」
「パパの小説のなかにね、とっても素敵なお言葉があったの」
ソアはシウのラフなシャツの襟元を小さな手で、きゅっと握りしめた。
その仕草は、テレビの特集で流れる大ヒット映画のワンシーンのようにドラマチックだった。
「……わたくしに、キスできますか?」
リビングの時が止まった。
キッチンのサランは、すりこぎを床に落としそうになりながらフリーズした。
笑うをこらえて、端正な顔がみるみるうちに赤くなっていく。
「ソア……それは、どこで覚えたんだい?」
「テレビよ。みんながパパの映画のことをお話ししていたわ」
ソアは小悪魔的な微笑みを浮かべ、
シウの頬にそっと自分の小さな手を添えた。
「パパは、わたくしのことが世界で一番お好きなのでしょう?
だったら、お返事は『YES』しかありませんわ」
「パパ! もう!」
ソアのわがままが世界を滅ぼすレベルになる。
サランがドタバタとキッチンから駆けつけてくる。
いつの間にか巨大になったホワイトシェパードの彗星が、
なぜか心配そうに鼻を鳴らして寄り添っていた。
「あ、はは……。ソア、おでこにしようね」
シウは娘の小さな額に、宝物を扱うようにそっと唇を落とした。
「ちゅ」
サランがシウに初めてしたフェザーキスだ。
ソアは満足そうに「よろしい」と頷くと、母親に向かって勝ち誇ったようにウインクしてみせた。
その姿は、ソウルの最高級ホテルのスイートルームで、
シャンパングラスを傾けている、祖母・インナそのものである。
「もう……!」足をバタバタさるサランを、
シウはもう片方の腕で優しく引き寄せた。
「ちゅ」
窓の外には、新しい家族の日常を静かに見守るように、
5月の美しい満月がユン屋敷を優しく照らし出していた。
『私にキスできますか?』
終幕
今後、記載する表現に関して、常識に基づいて気をつけて参りますが、
もしもを考慮して15歳未満閲覧非推奨を設定させて頂きます。
こちらに何か落ち度がございましたら、お知らせ願います。
※作中のメインキャラクターは日本語も韓国語も話せる設定となっておりますが、読む側を考慮して日本語表記にしております。キャラクター達は場面に応じて言語を使い分けているとご理解願います。
参考データ
※ユン・シウ…小説家25歳
※カン・サラン…女優志望のアルバイト20歳
※ソン・カナン...女優。カン・サランの芸名。ソン・インナに名付けられた。
※ソン・インナ…女優、シウの母親
※ユン・ジュンソ...シウの父。総合映像制作会社S.S.Iの会長
※ユン・ヒョヌ...シウの異母兄。ソヒョン・チョヨンの恋人。S.S.Iの後継者
※イ・ソジュン...シウの親友。Juringエンター専務。子犬の幼顔と低音ボイス
※イ・ウジン...映画監督。『残酷な美しさ』『私にキスできますか?』
※パク・ドユン...映画監督。シウの親友。Juringエンタ常務。映像制作部部長。
※イ・ダイン...『私にキスできますか?』ヒロイン
※キム・ソヒョン...シウの元恋人『Love Hunt』プロデューサー。
※キム・ソンミン...キャサリン。薔薇組第二夫人。数千万ウォンの身体を誇る
※ハン・チョヨン...女優『私にキスできますか?』イ・ダイン役
※ハン・ジヨン...女流写真家。奇跡の1枚を撮る「アメイジングメーカー」
※ナ・ジウ...薔薇組音響アシスタント。通称小枝。
※虹の薔薇組...ドユンのハーレム軍団。精鋭撮影チーム。
※佐藤直樹...ユン・シウの祖父。伝説の投資家。
※佐藤志乃...ソン・インナの本名。
※天翔樹林...ソン・インナのシルフィード歌劇団時代の芸名。
※涼風小鳥...中村綾。サランの母親。
※中村綾...サランの母親
※トリニティG...韓国最大の財閥グループ
※S.S.I...総合映像制作会社
※Juringエンタ...芸能事務所兼資産管理会社。会長インナ。社長シウ。
※アトリエ・ノア...中堅芸能事務所。サランことカナンが所属していた。
※『Love Hunt』…ネット配信の恋愛リアリティ番組
※『私にキス出来ますか?』…シウ作の小説
※『ずっと僕は君を』…シウ作の小説




