表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
13/33

第13話 さっさっさっ


 ゼグラントの町を囲む城壁が見えた瞬間から、ホムホムの挙動は忙しかった。


 門の上には、弓を持った兵士が立っている。

 道の両側には槍を持つ衛兵が並び、カテリーナの馬車へ一斉に敬礼した。


 ホムホムは立ち止まり、一人ずつ顔を確認していく。


「あなたは騎士ですか?」

「い、いえ。自分は門衛であります」

「惜しいです」

「え、惜しい……? あ、あの……?」


 答えに困っている門衛を置き去りにし、ホムホムは次の男へ移動した。


「騎士ですか?」

「衛兵です」

「やはり、惜しいです」


 どうやら剣や槍を持っているだけでは、騎士ではないらしい。

 王国から任命される騎士という存在には、ホムホムがまだ知らない複雑な判定基準があるようだった。


 これはきちんと観察する必要がある。

 ホムホムは顎に手を当てたまま、馬車の隣を歩いて町へ入った。


 石造りの建物が並ぶ大通りには、行き交う人々の声があふれている。

 カテリーナの馬車に気づいた者たちは道を開け、無事に帰還した令嬢へ安堵したように頭を下げていく。


 そのたびにカテリーナは窓から顔を見せ、穏やかに手を振って応える。

 ホムホムは、その様子もじっと見ていた。


「カテリーナは人気がありますね」

「皆、父とゼグラント家を信頼してくださっているのです」

「カテリーナも、信頼されています。ホムホムの目は誤魔化せません」


 カテリーナは一瞬だけ目を丸くした。

 それから、どこかくすぐったそうに微笑む。


「そうであれば、嬉しいのですが」

「嬉しいのですか? では、ばんざーいをするとよいでしょう」

「それは少々、勇気が必要ですね……」


 突拍子もない提案に、カテリーナは嬉しそうに笑いながら、窓の外へ向けて小さく手を振った。


 やがて馬車は、大通りの先にある大きな屋敷へ入っていく。

 屋敷というより、城に近い。


 頑丈な石壁に囲まれ、広い庭の奥にはいくつもの尖塔が見える。

 門の内側では、鎧を着た男たちが訓練用の剣を打ち合わせていた。


 乾いた音が響くたび、ホムホムの顔がそちらへ向く。


「これは確実に騎士です」

「ええ。あちらは辺境伯家に仕える騎士たちですね」


 カテリーナが答えた瞬間、ホムホムの足が止まった。

 訓練場には、十人を超える騎士がいる。

 つまり、推しが群れをなしている。


「カテリーナ。私は、あちらへ行ってきます」

「いけません」


 こうなることをちょっと予想していたのだろう。

 カテリーナの返事は迅速だった。


 すでに訓練場へ向けて踏み出していたホムホムは、足を止める。

 赤い瞳だけが、剣を振る騎士たちを追っていた。


「なぜでしょう?」

「まずはお体を整えなければなりません。それから父への報告と、ご挨拶があります」


 それは騎士の観察より重要なことなのだろうか?

 ホムホムが唸りながら、ぐぬぬ、と観察したそうに瞳がちらちら訓練場に向く。


 だがここで野放しにしては、ホムホムを召し抱える段取りはいろいろと台無しだ。

 カテリーナは主君として、少し強めの口調で断言する。


「今は重要です。従ってください、ホムホム様」

「む~」


 ホムホムは不満を表明した。

 顔はいつもと変わらなかったが、訓練場を見たまま動こうとしない。


 しかししばらく考えてからホムホムは無表情のまま思う。

 じゃあ明日から観察を続けるぞ~、おういえ~、と。


 無表情の内側で、ホムホムはかなり浮かれていた。

 きっと推しに囲まれたこの状況に興奮しているのだろう。


 納得したホムホムは、ようやく訓練場から視線を外す。


 馬車が玄関前で止まると、待ち構えていた使用人たちが一斉に頭を下げる。

 カテリーナが無事に降り立つ姿を見て、彼らの顔に安堵が広がった。


「お嬢様、ご無事で……!」

「心配をかけました。騎士たちも皆、戻っています」


 年嵩の侍女がカテリーナの手を取り、怪我がないか確かめる。

 その隣にいた若い侍女も涙ぐんでいたが、ふとカテリーナの後ろに立つホムホムへ目を向けた。


 長い旅で乱れた薄金色の髪や、何度も縫い直された簡素な服。

 乾いた泥がついた大きめの靴。


 腰には古びた剣があり、服の裾には魔物の血まで付着している。


 若い侍女の顔が引きつった。


「お、お嬢様。その方は……?」

「私たちの命を救ってくださったホムホム様です」

「私はホムホム。カテリーナの騎士です」


 ホムホムは胸を張った。


「騎士……、でございますか?」

「はい。今日からなので、とても新品です」


 若い侍女が助けを求めるようにカテリーナを見る。

 しかし頼みのお嬢様は微笑んだまま、ほんのわずかに首を振った。


 詳しい説明は、彼女にもできないらしい。


「父上には、もう報告が?」

「先ほど騎士隊長がお戻りになり、旦那様の執務室へ向かわれました。詳しいお話をされているかと」

「では、私たちは別室で待ちましょう。ホムホム様にも休んでいただかなくては」


 ホムホムは休む必要があるのだろうか、と再び疑問に思う。

 だって疲れていないし、この程度で旧魔導文明の最終兵器として作られた自分が、なんらかの損傷を負うはずもない。


 心配は無用なのだ、と思っているらしい。


「しかし私は疲れていません」

「そう仰ると思いました」


 カテリーナはホムホムの服についた泥を見た。


「ですが、そのまま父上にお会いすることはできません」


 その言葉に、若い侍女が我に返った。


「そ、そうです! お召し物を整えなければ! いえ、その前にお風呂です。すぐに準備いたします!」

「そういうことです。お体も髪も、綺麗にいたしましょう」


 ホムホムは自分の腕を見る。

 指で擦ると、薄く土が落ちた。


「汚れています。確かにこれはいけませんね」


 ホムホムは素直に頷いた。


 汚れを落とす必要性は理解できる。

 川や泉で体を洗った経験もあるからだ。


 案内された浴室には、大きな石造りの浴槽があった。

 湯気の向こうから、花のような香りが漂っている。


 ホムホムが浴室へ入ろうとすると、若い侍女がその腰へ手を伸ばした。


「では、お剣をお預かりいたします」


 さっ。


 ホムホムが横へ避けた。

 なんと侍女の手が空を切る。


「……ホムホム様?」

「なんでしょう」

「お剣を、お預かりいたします」

「はい」


 返事はしたが、しかし渡すとは言っていない。

 侍女がもう一度、剣へ手を伸ばすと……。


 さっ。


 ホムホムは反対側へ避けた。

 侍女の眉がぴくりと動く。


「浴室へ剣を持ち込むことはできません」

「できます」


 これは手ごわいと思った侍女は反対側から回り込み、素早く剣の鞘を掴もうとした。


 さっ。


 だがまたもやホムホムが下がり、侍女も下がった分だけ近づく。

 無表情なのは相変わらずだが、どこかホムホムはドヤ顔に見えた。


 侍女たちは無言で目を鋭くしながら、この手ごわい客人に群れをなして襲い掛かる。


 さっ。


 さらに避ける。


 さっ、さっ、さっ。


 侍女が右から手を出せば左へ、左から出せば右へ。

 ホムホムは決して腰の剣だけには触らせない。


「なぜ取れないのですか!?」

「私が避けているからです」

「それは存じております!」


 騒ぎを聞きつけたカテリーナが浴室を覗き込む。


 そこでは侍女とホムホムが、無言の攻防を繰り広げていた。


 正確には、侍女だけが息を切らしている。

 ホムホムは一歩も無駄にせず、平然と避け続けていた。


「何をしているのですか?」

「お嬢様! ホムホム様が剣を渡してくださらないのです!」

「当然です。これは私の主人公の剣なので」


 ホムホムは鞘を両手で抱えた。


「ゆえに、お風呂でも無敵です」

「剣を湯船へ入れるつもりですか?」

「錆びる可能性があるので、一緒には入りません」

「そこは理解していらっしゃるのですね……」


 カテリーナはホムホムの前にしゃがみ、目線を合わせた。


「誰も剣を奪いません。浴槽のすぐそばに椅子を置いて、そこへ置くのはいかがですか?」


 ホムホムは浴槽を見て、次に、剣を見る。

 それから浴槽のすぐそばへ置かれた小さな椅子を確認した。


 手を伸ばせば届く距離である。


「ここなら、主人公もお風呂を監視できます」

「その方も監視なさるのですね……」


 カテリーナにはよくわからなかったが、ホムホムが納得したので、それでよしとする。

 剣は鞘に納めたまま、丁寧に布で包まれ、浴槽のそばへ置かれた。


 ホムホムは服を脱ぐ間も、湯船へ入る時も、何度も剣の位置を確認した。

 若い侍女がそっと近づこうとすると、湯船の中から赤い瞳が向けられる。


「取りません! もう取りませんから!」

「そうですか」


 ホムホムは安心して肩まで湯に沈んだ。


 ……温かい。


 そして森の川とは違い、流される心配もない。

 何やらお風呂を気に入ったホムホムは、そのまま顔まで沈めていく。


「これはいいものです。ぶくぶくぶく……」

「お風呂に入るのは初めてなのでしょうか……?」


 侍女は何かを言いかけたが、諦めて石鹸を泡立てた。


「では、髪を洗いますね」


 ホムホムはお風呂のぶくぶくから上がり、素直に背中を向けた。


 長い髪に湯がかけられ、旅の埃が流れ落ちていく。

 石鹸の泡が薄金色の髪を包み、侍女の指が絡まりを丁寧に解いていった。


 泥に隠れていた髪は、洗うほどに柔らかな光を取り戻していく。


「まあ……」


 侍女の手が止まった。


「どうしました?」

「い、いえ。続けます」


 洗い終えたホムホムが湯船から出ると、別の侍女が大きな布で体を包んだ。


 旅の汚れを落とした肌には、傷らしい傷が一つもない。

 魔物の群れを数秒で斬り伏せた少女とは思えないほど、細い手足をしている。


 しかし本人は鏡に映る自分を見ても、特に感想はなかった。


「綺麗になりましたよ」

「はい。汚れがなくなりました。新品のホムホムです」

「そうではなく……。いえ、それも間違ってはいませんが」


 次いでホムホムは椅子に座らされ、髪を乾かされた。

 温かな風を生み出す魔道具が動き始めると、薄金色の髪がふわりと持ち上がる。


「これは便利です。町には風も保管されているのですね」

「ふふふ。もうそういうことにしておきましょう」


 侍女は微笑ましい客人を見るように説明を放棄し、ホムホムは鏡の中で揺れる自分の髪を観察する。


 乾かされた髪は、旅をしていた時よりも大きく広がっているようだ。


「増えました」

「増えてはおりません。ふんわりしただけです」


 ホムホムは覚えた言葉を確かめるように、自分の髪へ触れた。


「私はいま、ふんわりしています」

「はい。大変ふんわりしていらっしゃいます」


 侍女の声が、いつの間にかとても優しくなっていた。

 髪を整え終えると、カテリーナが数着の服を抱えて戻ってくる。


「ホムホム様には、こちらが似合うと思うのです」


 カテリーナが選んだのは、白を基調にしたワンピースだった。


 袖や裾には控えめな飾りがあり、胸元には淡い赤色のリボンがついている。

 豪華すぎないが、辺境伯と面会するには十分な品があった。


 ホムホムは服を広げ、首を傾げた。


「ヒラヒラしています。弱そうです」

「そういう意匠です」

「しかし、これは騎士の服ではありません」


 納得していない顔のまま、ホムホムは侍女たちに服を着せられた。


 腕を袖へ通し、背中の留め具を締められる。

 裾が足元へ広がると、ホムホムは両手で持ち上げた。


 そして何事もなかったように、胸元の留め具へ指をかける。


「では、脱ぎます」

「待ってください!」


 若い侍女が両手でホムホムの腕を止めた。

 反対側からカテリーナも手を添える。


「なぜ止めるのですか?」

「今脱いではいけません!」


 カテリーナの必死さに、ホムホムは指を離した。

 その表情は読めなくとも分かる。


 この不思議な少女は、きっといまやれやれと思っているだろうと。


「やれやれ」

「そこは言うのですか!?」


 そして、普通にやれやれと言った。

 だけどこれ以上は抵抗するつもりがないようで、しかたないね~、だってしかたないよ~、と思いながら服を着る気になったらしい。


 ただし、腰の剣だけは譲らなかった。


 白く柔らかな服の上から、古びた革の剣帯を締める。

 無骨な剣は、可憐な装いにはまるで似合っていない。


 しかしホムホム本人は、ようやく満足した。


「これで騎士になりました」

「先ほどから騎士ではあったのでは?」

「騎士の服ではありませんが、剣があるので大丈夫です」


 ホムホムは鏡の前に立つ。


 ふわりと整えられた薄金色の髪。

 雪のように白い服と、淡い赤色のリボン。

 その腰には、何度も戦場を越えてきた古い剣がある。


 鏡の中の少女は、まるで物語に描かれる姫君のようだった。


 ホムホムは自分の顔を見つめる。


 右を向き、左を向く。

 そして両手を上げる。


「やはり、以前のホムホムと同じです」

「まったく違います!」


 若い侍女は思わず声を上げた。


「どこが違うのですか?」

「全部です! 髪も、服も! その……、とにかく、とてもお可愛らしくなっています!」

「……かわいい」


 ホムホムは新しい評価を受け取り、考えた。


「それは、騎士として強いですか?」

「強いです」


 侍女は勢いで断言した。


「では、よいことです」


 ホムホムはならいいか、と納得した。


 ヒラヒラとした裾を両手でつまみ、動きやすさを確かめるため、その場でくるりと回る。


 白い布がふわりと広がった。

 薄金色の髪がその後を追い、腰の剣だけが重たそうに残る。


 回り終えたホムホムは、若い侍女を見た。


「出撃の準備が完了しました」


 赤い瞳が、まっすぐ侍女を見つめる。


「いまの私はかなり騎士です」

「かっ……」


 若い侍女が突然、何かとんでもないものに出会ってしまったかのように、胸を押さえた。

 そしてその時、まるでどこからか愛の波動が流れ込んだかのように、侍女は天を見上げてしまう。


「どうしました?」

「か、かわいい……!」


 ずきゅーん、と。


 その日、ゼグラント辺境伯家の若い侍女は、名も知らぬ攻撃によって、完全に撃ち抜かれていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ