泌尿器科臨床実習 「教授からの洗礼」
泌尿器科の臨床実習
ドクトルが学生の頃、泌尿器科の臨床実習.
腎盂・尿管造影のレントゲンフィルムがほどんどだった気がする.
検討会室に集まり、シャーカステンの周りに、荒くれの医局員が取り囲み、
その前に6人ほどの学生がおとなしく座る.
シャカステンと医局員を背中にして、教授が、学生の方を睨みつけるように座っている.
その教授は、定年が間近で、ドクトルが学生で泌尿器科を回ったときにはすでに、生ける伝説となっていた方である.
なんでも、その教授、学生時代の成績が実に優秀で、もちろん首席とか総代とかそう言う感じで、泌尿器科以外の、内科や外科からも「ぜひ、うちに・・」と入局の引く手があまただったらしい.
泌尿器科の先代の教授、しっかりと将来の約束をしたらしい.
「次の教授は君だ!」と
約束通り、と言うか予言通り、ドクトルの恩師、30台前半で泌尿器科学の教授に就任したらしい.
ドクトルが習った頃はすでに、在任30年近く.
最後の大正生まれ、だったかもしれない、いや、昭和、3年生まれくらいだったかもしれない.ドクトルが医者になってから何年かして、教授在位31年をもって定年退官されたされたと母校の泌尿器科学教室の歴史には記されている.
母校の教授の定年が、65歳、教授の在任が、31年と言うことは、34歳で教授になられたと言うことか、当時の臨床系の大学教授では驚異的なことだったらしい.
毎週何曜日が’教授回診だったかは、忘れた.
総回診、医局員が耳打ちするように教授に話をしていたような気がする.ベッドの脇にカルテは置かれていなかったのではないだろうか?
医局員がこそこそ、「なになにです・・・」
「あ、そう・・・・」それで終わり、のこともあれば、
時々、前立腺を触るのに、直腸診を教授自らがされていた、かもしれない.
21世紀になって放送された、「白い巨塔」の石坂浩二版の東教授の回診の時には、カルテに、レントゲンのフィルムがベッドの上に置かれて、医局員は、いろいろ、教授にプレゼンテーションする.教授はわかったように、「はいはい、あとは主治医の先生によく聞いてください」と言う感じの話をする.お腹を教授が触るとか、白い巨塔の東先生はなかったかな?
昔々の大学教授の総回診、風景だったのだろう.
その名物教授、学生をいびることで、非常に有名だった.回診のその和やか、かつ、あまりにもあっさりした、雰囲気にドクトルはすっかり油断していたのかもしれない.
教授回診と言っても泌尿器科の患者さん、20人そこそこなのだろう.回診が終わってから、検討会室に移動して、冒頭で書いた、新入院と、術前の検討会が行なわれる.
そこで教授、直々の学生指導が行われる.
そこで、教授の本領、つまり、学生いびりが行われる.
腎盂尿管・膀胱造影のレントゲン、いきなり
「これはなんだ?」
「(げ・・・)」いきなり診断を求められる.
泌尿器科にどんな病気があるかさえ、よくわからない.
「・・・・・・・」
ドクトルは、教授にとって、絶好の獲物、になったらしい.
検討患者は、20人そこらだっただろうに、5回くらい、教授の濃厚な指導を受けた気がする.
泌尿器科学の講義と、臨床実習の山は、
泌尿器科疾患で、高い熱が出る病気は何か?と言うこと、である、そしてそれを覚えておけば、楽勝である、と言う伝説があった.
急性腎盂腎炎
急性前立腺炎
精巣上体炎(こんな病名だったか?陰嚢炎、みたいな習い方をしたような・・・)
しかし、検討会の腎盂、尿管造影の写真では、そのような病気はないようだった.
おそらく、他の仲間は、あまりいびられなかったと思う.自分だけが、狙い撃ちされた感じだったと思う.
いろいろ、写真を提示されて、ことごとくわからなかったと思う.
中には、尿管とか腎盂の拡張、とか、腎盂の偏位で、腎細胞がんを疑わせる、腎盂造影のフィルムもおそらくはあったのではないかと思う.
如何せん、
「なーんも覚えてません」とドクトルはいう.
わかったのが、
「馬蹄腎?・・・・」
今から思えば、学生にそんなことわかるわけはなかろうと言うことなので、ドクトルは当然分からなかった.
内科の教科書を読むと、尿管が、癒合した腎臓の下極を跨ぐように越えて走行するから、尿管の狭窄症状が起こりやすいらしい.腰をそらすと、尿管の狭窄症状が強くなり腹痛が起こる.
これをなんとか徴候というらしい.
せっかくだから教科書の記載をここに写しておくか.
「ほお、Rovsing徴候・・・か.」
人の名前だろうか?偉い泌尿器科の先生?
それを教授の指導の時に言ったりしたらどうなっただろう?
「今頃、私、泌尿器科医、だったかも・・・」
いや、偉い先生、お互いライバル意識強い時は、余計にいじめがひどくなっていた可能性も・・・
「で、馬蹄腎、どんな治療する?」
「・・・・・・」
「そんなこともわからんの!」と教授にバカにされる.
今なら、「なんでそんなこと学生がわかるの!」と言い返していると思うが.
検討会が、終わってから、医局の若い先生に慰められた.
「学生さん、いじめるのうちの教授の趣味みたいなもんだから・・・(まあ気にするな)」
臨床実習の教授の指導では散々だったドクトル、しかし、学生時代、同級生の数人に、すごいところを目撃されているのだ.
泌尿器科の臨床講義、のちに母校の大学病院の院長にまでなられる先生、留学帰りかなんかだったと思う.
講義の演目は、「泌尿器科がんの免疫療法」みたいなテーマだったと思う.
腎細胞がんには、インターフェロンアルファが効く、という話から、その先生は学生に向けてボソリと質問.
「他に、インターフェロンアルファが効く腫瘍には何がある?」
若いドクトルは知っていた!
「hairy cell leukemia・・・・」と、左右の友達にしか聞こえないような、小さい声で言ったのだが、先生の耳にも届いたらしい.
「そお!hairy cell leukemia.よく知っているね.」
「お、ドクトルくんすごい(独取警一はもちろんドクトルの偽名である)・・・」
近くにいた同級生数人だけが感心していた.
臨床実習のかなり後の出来事だったのではないかと思う.
もう何十年も前の話.
腎盂腎炎の患者さん、嫌と言うほどみてきた.
「膀胱炎では、熱は出ないということ、そういえば、泌尿器科で散々言われたな・・・」だから尿路感染で高い熱が出る時は、細菌が腎盂にまで逆流しているということなのか、と卒後何年も経ってから「会得」した.一つの奥義みたいなものか?
精巣上体炎?おそらくお目にかかったことはない.
前立腺炎?自分もなったことがないし、患者さんがそうであろうと言うのは、残念ながら経験していない.
腎臓がん、尿管がん、その患者さん、脳梗塞、と言うのはちょくちょく.
排尿障害、しょっちゅう・・・
前立腺肥大、高齢男性の業病?
それに脳卒中が加わると、「神経因性膀胱か?」
すると泌尿器科の先生も少し、怯み始める.
「ハルナール(かエブランチル)、それにアボルブで治療してみたけど、効かないねえ、おしっこでないねえ、しょうがない、またバルン入れとくかね・・・」
今の経験と、知識、それをもってまたあの検討会に参加してみたい気がする.
まだ将来の夢を持つことすらできなかった、未熟な医学生の頃の思い出である.




