90.魂の繋がり
オシアーナたちは、下水道へと足を踏み入れた。中は、照明魔法なしでは何も見えないほどの、漆黒の闇に包まれている。
「あの……オシアーナ様。ライト様は、ご無事でしょうか……?」
聖騎士の一人が、不安そうに尋ねた。
「ええ、大丈夫よ。私は、ライトに【魂の繋がり】をかけているから、彼の居場所も状態もわかるの」
「で、ですが……一体、どのような状況なのでしょうか……?」
「それが……なんて言ったらいいのかしら……。吸血鬼と戦ってるんだけど……でも、多分、ライトの方が優勢みたい」
「そ、そうなんですか……?」
誰もが、その言葉に驚いた。相手は、自分たちをはるかに上回る力を持つ吸血鬼だ。それなのに、ライトは、まだ持ちこたえているというのか?
「ライト様のもとへ、急ぎましょう! 何かあったら大変です!」
聖女が、焦った様子で言った。
「大丈夫よ。彼は、無茶をするような人じゃないわ。私たちが、やるべきことをやっていれば、そのうち合流できる」
オシアーナは、首を横に振った。
しばらく進むと、一行は、三叉路にさしかかった。
下水道に、三叉路があること自体は、不思議なことではない。しかし、この三叉路は、どこか不自然な雰囲気を漂わせていた。
「……人間の作った下水道って、こんな形をしているのかしら?」
オシアーナは、首を傾げた。
「それは、私も初めて見ましたわ。普通は、こんな作りにはしませんでしょう」
聖女は、存在しない眼鏡を押し上げながら言った。
今、ここにいるのは、6人。ちょうど、三手に分かれることができる。まるで、こちらを分断して、各個撃破しようとしているかのようだ。
誰もが、これが罠であることに気づいていた。しかし、他に道はない。ここは、敵の縄張りなのだ。相手の本拠地を見つけ出すには、この道を進むしかない。しかも、通路は狭く、全員で進むことは不可能だ。
「……三手に分かれますか……」
聖女は、頭を抱えた。すでに、劣勢であるというのに、さらに分断されるとは……。このまま、全員が無事に帰れる可能性は、限りなく低いだろう。
「この中で、逃げ道があるのは、二本だけ。一本は、行き止まりよ。聖女様は、私と一緒に、こちらへ」
オシアーナは、そう言うと、聖女を促して、右側の通路へと進んでいった。
「待て! 聖女様を、お前などに渡せるか!」
聖騎士の一人が、声を荒げた。オシアーナの素性は、まだ謎に包まれている。彼女が、何を企んでいるのか、誰にもわからない。
「お前なら、聖女様を守れるとでも言うのか?」
オシアーナの言葉に、聖騎士は、黙り込んだ。自分たちが、どれほどの力を持っているのか、痛いほどわかっている。ここで、生き残れるかどうかすら、怪しいというのに、聖女を守ることなど、できるはずがない。
「せめて、安全な道に……」
「それは、無理ね」
オシアーナは、聖騎士の言葉を遮ると、言った。
「行き止まりがあるということは、私たちを、そこへとおびき寄せるための罠だってこと。それに、他の道を通っても、目的地にはたどり着けないわ。ただの、時間稼ぎよ」
「な、なんだってー!?」
聖騎士たちは、騒然となった。三本もある道の中で、目的地にたどり着けるのは、たったの一本だけ? そんなバカな……。それに、オシアーナは、なぜ、そんなことを知っているのだ?
「仕方ないでしょう。この通路は、二人でやっと通れるほどの狭さよ。それに、これ以上、足止めを食らっているわけにもいかないわ」
「じゃあ、俺たちは、一体、何のために……」
「生き残るためよ。そして、敵の注意を、私たちからそらすため。まあ、せいぜい、お荷物にならないように頑張ってちょうだい」
オシアーナは、冷めた口調で言った。
「ひ、ひどい……!!」
聖騎士たちは、すっかり落ち込んでしまった。
「みんな、そんな落ち込まないで。ここで、命を落とさずに済んだだけでも、良しとしましょう」
聖女は、そんな彼らを励ました。
「うう……」
「ちょ、ちょっと待って! なんか、さっきより落ち込んでる!?」
聖女の励ましは、全く逆効果だったようだ。
「聖女様、気持ちはわかるけど、もう時間がないの。早く行かないと、本当に、ライトが危ないことになるわよ」
オシアーナは、慌てふためく聖女を急かすと、再び歩き始めた。
「あ、ああ! みんな、頑張って! 無事に、帰ってきてね!」
聖女は、そう言い残すと、オシアーナの後を追いかけた。
残された聖騎士たちは、気を取り直すと、じゃんけんを始め、三つのグループに分かれた。しかし、彼らの表情は、まだどこか暗かった。
しばらく歩くと、オシアーナは、聖女の方を向いて、話し掛けた。
「聖女様は、ライト様に、特別な感情を抱いているようね」
「え……? そ、そんなことは……」
聖女は、顔を赤くした。
「ふふ、隠さなくてもいいのよ。私は、彼のことが、大切なだけ」
「そ、そうなんですね……」
聖女は、少し安心したように、息を吐いた。
「ねえ……もしかして、恋人同士なの?」
「いいえ、彼は、そういう気持ちは、持っていないみたい」
オシアーナは、少し残念そうに言った。
確かに、今の俺にとって、恋愛を楽しむことよりも、この呪いを解くことの方が、何百倍も重要だ。この前、ロボットメイドにも相談してみたが、彼女にも、手の出しようがないらしい。残された道は、竜の領地へ向かうことだけだ。しかも、期限は、あと三年しかない。
「ねえ、オシアーナ様。ライト様とは、どこで知り合ったの?」
「そうね……。正確に言えば、私が竜と戦っていた時に、彼が私を担いで、山を駆け下りてきたのが、最初ね」
「へえ、ロマンチックね! きっと、お姫様抱っこだったんでしょう?」
「いや、あれは……どちらかというと、米俵みたいに……」
「……さすが、ライト様だわ……」
聖女は、呆れたように言った。
「そうね。でも、あの時は、本当にドキドキしたわ。だって、男の人と、あんな風に触れ合ったのは、生まれて初めてだったもの」
「え、そうなの!? まさか、それまで、一度も……?」
「ええ、一度も」
オシアーナの過去を知る者は、誰もいない。彼女自身も、そのことについては、多くを語ろうとはしない。ただ、彼女が、これまで、決して幸せな人生を送ってきたわけではないことだけは、確かだった。




