麦酒は黙して育ち、黒船は町を睨む 其ノ拾玖
広間の中央には、長大な卓が据えられていた。白い布が掛けられ、その上には銀の器や見慣れぬ料理が並んでいる。
そしてその周りを囲むようにして、唐椅子が置かれていた。
(ここに座れということか……)
足を垂らして座るなど、どうにも落ち着かない。しかも異国の男たちは、靴のまま深々と腰掛け、大声で笑っている。
ぞわりと、背に鳥肌が走った。
奥の椅子に腰掛けるお上はといえば、背筋を伸ばし、堂々と異国の者たちに向き合っているように見えた。しかし時折、落ち着かぬように指先が膝を打つ。
村岡はお上の後ろに控えると、腰の刀にそっと手を触れた。
しばらくすると、給仕らしき異国の男が、細長い硝子瓶を抱えて現れた。瓶の中では、赤黒い液体がゆらゆらと揺れている。男は慣れた手つきで、それを脚付きの硝子杯へと注いでまわった。
すべての杯が満たされると、奥に座っていた男がゆっくりと立ち上がった。身なりからして、彼が総大将だろう。濃紺の軍服には金の飾りが縫い込まれている。
男は杯を高々と掲げると、腹の底から響く声で何事かを叫んだ。
「——○○○!」
瞬間、異国の男たちが一斉に杯を掲げた。がしゃがしゃと銀器が鳴り、椅子が軋み、酒が波打つ。
(なんと異様な……)
この空間にいること自体が、もはや苦痛だった。広間に響き渡る歓声も、わけのわからぬ料理から漂うにおいも、遅れて皆と同じように杯を持ち上げるお上も、なにもかもに吐き気がした。
村岡は一礼すると、「演舞の準備をしますので」と、静かにその場を後にした。
宴は進み、卓の上の料理が少なくなったころ。村岡の準備した演舞が始まった。まずは居合。
広間の中央へ、ひとりの男が静かに進み出る。男が正座をすると、すっと水を打ったように喧騒は収まった。
やがて男は、ゆっくりと刀へ手を添える。その瞬間。
——シュンッ
銀のような一閃が走った。
次の瞬間には、刀はすでに鞘へ収まっている。異国の男たちは目を見開くと、一拍遅れてどよめきが起こった。
何を言っているのかはわからぬが、さぞ驚いていることだろう。村岡はわずかに肩を張った。これがこの国の力、「武」だ。
次に始まったのは、組太刀だった。
ふたりの男が広間の中央へ進み出る。互いに向き合うと、深く蹲踞し静かに刀を抜いた。
——シャリン
鋼が灯りを反射し、冷たく光る。異国の男たちは興味深そうに身を乗り出した。
なかには笑いながら、刀を振る真似をする者もいる。
だが。
ひとたび刃が交わった瞬間、その空気は変わった。
——ギィンッ!!
耳を打つ鋭い音が広間へ響き、火花が散った。
一太刀ごとに踏み込みは鋭く、間合いは深い。息はぴたりと合い、刃筋にも乱れがない。
見事な太刀筋だった。
しかし、組太刀が続くにつれ、広間はざわついていった。異国の男たちの笑みが、徐々に消えていく。
ふと目をやると、士官らしき男たちが低い声で何事かを話していた。そのうちのひとりが、壁際へ置かれた銃へと目を向けているのがわかる。
(何事だ?一体どうしたというのだ)
村岡が首を捻る間もなく、奥から複数の男たちが、物々しい雰囲気で現れた。その手には、長い銃が握られている。
広間の空気が、一気に張り詰めた。
演武をしていた男たちも異変に気づいたのだろう。刃を交えたまま、ぴたりと動きを止める。
「——○○○!」
総大将らしき男が叫ぶ。その言葉を聞いた瞬間、通訳の男は顔を真っ青にしてお上のもとへと飛んで行った。
通訳が二言三言耳打ちをすると、お上の顔もみるみる真っ青になっていった。
「村岡!」
お上が鋭く叫ぶ。
「お主、なんということをしてくれた!」
「……は?」
村岡は眉をひそめる。
「何を仰せです。これは、この国の武を——」
「違う!」
お上は声を荒げた。
「奴らは、脅されたと言っている!」
その瞬間。
背後で、火縄の擦れる音が響いた。




