後編:元夫視点
「勇者様の〜」完結です。ティルカの知らないところの話で、弟夫妻がかなり出張ってます。
そして元夫ざまぁも完了。うっかり筆が滑って、思わぬどんでん返し?が起きたりしてますが。
後に分かったことだが、妻は出ていく時に、店からなけなしの売り上げを持ち出していったらしい。
だが、彼女が受けていた日常的な嫁いびりを今更ながらに知った俺と、孫の顔を見る予定が完全に消え去ってしまったことに怒り心頭の両親とで、その日は近所一帯に響き渡るほどの凄まじい言い合いになってしまったために、気づくのが完全に遅れてしまった。
結果として、俺と両親の身勝手な振る舞いは王都中に知れ渡ることとなり……必然的に家業である商売にもダイレクトに影響が及び、瞬く間に「倒産」や「破産」という単語が目前に迫る状況に陥った。
両親は、逃げた妻を窃盗と詐欺で訴えて、慰謝料も搾り取ってやると息巻いているが……不倫略奪をやらかした妻が同情されるほどの強烈ないびりの主犯二人と、ろくに庇いもしなかったその息子に、親身に対応してくれる官憲はほぼいない。仮に訴えを起こすにしても、それを実行に移すだけの金を調達できるかどうかがそもそも怪しい。
店ではすっかり閑古鳥が鳴き、残っていた数少ない従業員たちも次々に辞めてしまった。
こんな状況では仕事になるはずがなく、営業方針を変えようと、店を閉めてあちこちを訪問すれば、後ろ指の絨毯爆撃を受ける日々。
外出好きだった両親も同様の目に遭っていたが、気も我も強い二人が、俺と同じようにただ耐えるだけで済むはずがなく──
「奥様がお金を盗んで逃げたかと思えば、今度はご両親の暴力沙汰と借金の山ですか。災難続きで大変ですね。徹頭徹尾、自業自得のようですが」
「トールくん、はっきり言い過ぎー。それでなくとも元お義兄さんはすっかり凹みきってるんだから、もう少し優しくしてあげないとー。後で完全に叩き潰す時に、潰し甲斐がなくなるでしょー?」
「リタこそ、そこはもう少しオブラートに包もうか。ほら、目の前の人が完全に蒼白になってるからね」
……相変わらず恐ろしく毒舌な夫婦を前に、助力を乞いに来たことを後悔しそうになったが、もう他に当てがないのだから仕方がない。
とは言うものの、自分たち家族と店がこの先どうなるのかは、たった一つの予想しかできない。
果たしてその通り、代々受け継いできた商店は、元義弟の商会の傘下に入るため、本来の規模に見合った価格で買い取ってもらうことが決まった。完全に閑古鳥の住み処となった今の店舗なら、二束三文の値段で買い叩けたはずなのに、随分な温情と言える。
念のために確認すると、「つまりはそれだけ、あの店には将来的な期待が持てるということですよ。あの亡き父が最終的に、愛娘をあなたに嫁がせようと決めたことにも、素直に納得できるくらいには」と、嬉しくも複雑な評価をされたが……この元義弟が、それ以外に何の思惑もなく、仕事上でそんな甘い裁定を下すわけがない。
「これだけあれば、ご両親の借金は綺麗に片付くでしょう。残る現金については、是非この街を出る資金に使ってください」
「……つまり。俺に、生まれ育った王都を出ていけってことか?」
答えの分かりきった問いを発すると、手強い元義弟は一切の躊躇もなくあっさりとうなずいた。
「ええ。こちらとしては当然の要求ですし、結果的に姉を幸せにしてくれたお礼のつもりもあるんですよ? 何せ、結構な額の借金を実質的にこちらで負担した上に、その借金の原因であり今や刑務所に入ったご両親と、最低の評判が隅々まで広まった王都という場所から、物理的にも精神的にも離れて好きにやり直せる機会を提供しているんですからね」
「むしろ五体投地で感謝されてもいいところですよねー。まあ、実際にされたらされたでいい気分にはならないでしょうけどー」
恩着せがましい物言いはともかく、実際問題、心機一転で一からやり直せるのはありがたい。
ただ、そのためのとっかかりが皆無というのもまた事実であるわけで……
少しばかり期待を込めて夫婦の様子を窺うが、流石に今以上の便宜を図ってくれる気はないらしい。
それどころか、とてもいい笑顔で追い打ちをかけてくる。
「こちらで可能な援助はここまでです。もしも今後、当商会の系列店や取引先に就職するつもりなら、最大限譲歩して過去は問わないにしても、相応の実力を見せてくれなければ出世は見込めないとご覚悟ください」
「勿論言うまでもないことですけどー、いくらやり手でもあまりにも素行が悪ければ、まともな職場ならどこであれ大幅に査定に響くものですからー。そこは肝に銘じて、きっちりがっつり就職活動を頑張ってくださいねー。
あ、ちなみに私の伯母は、冒険者ギルド王都本部のギルドマスターだったりするのでー。あなたに関する情報は商人ルートだけでなく、冒険者たちにも徹底して知れ渡っていると思ってくださっていいですよー」
「んなっ……!」
予想外のところから痛烈すぎる攻撃をされ、あまりのことに激昂しかけるが──
「怒るのならばお好きなように。ただ念のために言っておきますと、これでもこちらとしては、せいぜい全力の三割程度しか出していないので悪しからず」
「本当なら店舗の代金は、お義姉さんへの慰謝料と相殺扱いにして、借金はそのまま背負ってもらう形でもよかったんですからねー? 当のお義姉さんからの希望なので素直に従っただけのことで、何なら今からでもその路線に変更──」
「わあああっ! 分かった、分かったから! 現状維持のままで頼む、いや、どうかそうしてくださいお願いしますっ!!」
土下座覚悟で泣きつけば、あっさりその案は取り下げられる。
「分かってくださって何より。ではそういうことで、二、三日中の出立でよろしくお願いしますね。安全な旅路になるように、目的地までの護衛を冒険者に依頼してありますから」
また、予想外のことを言われた。
「はぁ!? 冒険者、って……そこまでするのかよ!? 俺が出ていくことを了承したってだけじゃ、全然足りないって言いたいのか!?」
わざわざ必要のない金をかけてまで! と詰め寄りたい気持ちを抑えるものの、返る答えは腹が立つほどにあっさりした口調だった。
内容は、とてつもなく重たい代物だったが。
「当然じゃないですかー。トールくんや私があなたを、素直に信用したり信頼したりできる根拠が、どこかに存在するとでもー?」
「仮にも商売をしていたのなら、信用や信頼の大切さは、あなたも骨身に染みて理解しているはずでしょう? あなた方ご家族は、それを豪快かつ盛大に、見事なまでに裏切ったんですから、報いはきっちり受けるべきです。無論、姉のこと以外も含めてね。
手始めに、普通であれば簡単に信じてもらえるはずの言い分まで疑われてしまうその気まずさを、存分に味わうといいですよ。きっとこれからの人生、何度も同じことがあるでしょうから」
──二人の言葉には、一言も反論できなかった。
どうすればいいのか、ただ敗けを認めて去ればいいのか。判断も決心もできずにいる俺に、ついでとばかりに追撃がかけられる。
「大体あなた、お義姉さんは勿論トールくんや商会に対して、形ばかりの謝罪やお礼の一言すらないってことに、未だに気づいてすらいませんよねー? そんな人を、一体何をどうすれば信じてみようっていう気になれるんでしょうねー。是非とも教えてほしいですー」
「っ……! ……す、すまな──」
「今更ですから結構ですよ、そんなものは。──その代わりもう二度と、姉については言うまでもなく、リタや僕の前にもその顔を出すことのないよう、くれぐれもよろしくお願いします」
──感情の欠片さえこもらない、これ以上はないほどの最後通告をされて。
俺はもう、彼らに対して何を訴えることも許されない身なのだと、事ここに至ってようやく理解した。
「それでは、元義兄さん。どうぞお達者でお過ごしください」
「私たちのいないところで、存分に幸せになってくださいねー。応援してますからー」
そんな声に送られて商会を出た俺は、堪えきれずに振り返り、実家の店舗とは比較にならない大きさの建物を振り仰ぐ。
──どうして、こうなってしまったのか。
別に、こんな風に実家の店を大きくしたいなんて野心はなかった。いくら商売のためになり、親にもごり押しされたからと言っても、好きでも何でもないどころか面識すらなかった相手との結婚なんて、到底受け入れられなかった。長年に渡る付き合いの恋人がいたのだから尚更。
彼女と正式な夫婦になって、一緒に店を営んで、幸せな人生を送りたかった。そんなささやかな願いを叶えるために、邪魔者のティルカには悪者になってもらうことにしたのだ。俺と彼女の間に強引に割り込んできた相手には、それくらいの意趣返しはかまわないだろうと考えて。
ティルカの親からの両親への援助も、以前から知ってはいた。どうせ有り余る金なのだから、俺と恋人の結婚を三年以上も延期させたことへの償いと思えば、受け取ることに何の遠慮も覚えなかった。
そんな贅沢に慣れきった両親が、ティルカとの離婚前後から借金を繰り返すようになっていたなんて……念願を叶えることに必死だったのと、叶った幸福に気を取られて気づきもしなかった。
確かに金は大事だが、それよりも妻と俺の幸せな様子を目の当たりにすれば、そして可愛い孫が生まれれば。金で買える贅沢なんかよりずっと大事なものがあるのだと、両親なら気づいてくれると信じていた。
それなのに、現実は──最愛の妻には逃げられ、両親は暴力事件で逮捕され。俺は一人ぼっちになり、故郷である王都を出ていかなければならなくなった。
まさかこんな結末になるなんて、これまでの三年半は想像さえしなかったのに──
『私を恨むのもいいですけど、この縁談に積極的だったのは、他でもないあなたのご両親だったということを、きちんと知っておいてくださいね』
そうティルカに言われたのは、結婚直後のことだったか。
「……もしかしたら。最初から店と親を捨てて、彼女と駆け落ちでもしていれば、話は違ってたんだろうか……」
明確な答えを知り得るはずもないそのつぶやきは、不意の風に吹かれて、頼りなく舞い上がり消え去っていった。
「もしかすると……父さんはいずれこうなることを見越していて、二年近くもあの家に援助をしていたのかもしれないな。姉さんの現状の予想はできるわけがなかったにしても……リタはどう思う?」
「ええー、それは流石に…………ない、こともない、かも? お義母さん一人だけの行動なら、純粋に善意からだったんだろうなー、と確信できるけどー……」
「やっぱりそうか。普段の態度と雰囲気だけならお人好しの極みだった父さんだけど、援助を始めたタイミングがなあ……」
「うん。思えばちょうど、あの人が愛人さん──出ていった奥さんと、結婚後も手を切ってなかったことが分かった頃だからー……流石はお義父さん、トールくんの親だわー……」
「だからこそ、完全に手のひらで踊らされた感しかないのは、どうにも業腹だなあ。とうに亡くなった、直接的には絶対に超えられない相手に、まざまざと力の差を見せつけられたわけだから……でも他方ではどこか誇らしくもあり、どうして自分が仕掛けたことを最後まで見届けてくれなかったのかと責めたくもなるのがまた複雑だよ」
「そうだね」(ぎゅ)
「……ごめん。愚痴になった」
「夫婦なんだし気にしないのー。力の差については、年季が違うから仕方ないよー。単純な年齢だけでも、今のトールくんの二倍以上を生きた人だもん。勿論、トールくんにはもっともっと長生きして、曾孫の顔まで見てもらわないと駄目だけどー」
「はは、それは簡単じゃなさそうだけど努力する。当然だけど、リタも僕以上に長生きしてよ?」
「うん、一緒に頑張ろうねー」
お読みいただきありがとうございました。
主役のはずなのにティルカの存在感が……と思いますが、彼女の幸せはあえてこれ以上書く必要もないかな、と。
今更ながら、登場人物の年齢設定と備考を以下に。
*名有りキャラ
ティルカ(22)初婚時19
トール(21)両親の事故死直前、20で結婚。子供はまだ
リタ(19)トールとの初対面時は15、翌年付き合い出す
アルダ(不詳。100超?)ユニコーン。番のティルカを溺愛
サリナ(20)実は前からリタと仲良しで、トールとも顔馴染み
レット(24)近いうちサリナにプロポーズ予定
*名無しキャラ
元夫(27)王都を出て国内第二の都市に行くが、その後は?
元夫現妻(24)夫とは17からの付き合い。現在行方知れず
元義父母(55と52)傷害罪で懲役十五年。末路は獄中死?
ティルカ父母(享年50と45)一年前に馬車で事故死。腹黒×癒し系
ギルドマスター(50)リタの母方の伯母。肝っ玉母ちゃん