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22.転生令嬢は王太子の婚約者となる

 程なくして、王太子オズワルドとマクレガー侯爵令嬢イーディスの婚約が正式に発表された。


 昔から王家主催の夜会で、オズワルドが最初に踊る相手はイーディスだけであった。常日頃から親密な二人の様子からも、公表されないだけでイーディスが婚約者も同然とされていた。


 それすらもオズワルドの外堀を埋める対策の一つなのだが、イーディスは知る由もない。そんな事もあり、イーディスが婚約者として発表されても大きな混乱は起きなかった。


「それでは、あちらに行ってきます」

「はいはーい。オズワルド殿下によろしくね~」


 ギルバートに送り出されたイーディスは、オズワルドの執務室へと向かった。


 婚約者となってからもイーディスは、財務官の仕事を続けていた。国王と王妃いわく、イーディスに王妃教育は不要との事だ。


『イディちゃんならマナーも政務も完璧だもの』

『むしろ、しばらくは財政管理を続けてほしい』


 そんな事を言われたのは、両家顔合わせの時だ。思わず顔に出ていたらしくて、その場の全員に笑われてしまった。


 今後、結婚して王太子妃になった際は、イーディスも国政に関わることになる。今までは上司であるギルバートを通して意見をしていたことが直接発言できるようになるのだ。


 こういった形で権力を手にするのは、コネのようで少し嫌ではある。しかし、前世から切望している改革に着手出来るかと思うと楽しみでもあった。


 実際は、今までもイーディスの何気ない言葉をオズワルドやアレン、ギルバートが拾い上げて国政に活かしている。いまやイーディスは、この国に欠かせない人物となっているのだが、当の本人は自分の価値を分かっていない。


「イーディスです。お邪魔致します」


 すっかり行き慣れたオズワルドの執務室。イーディスは、ノックをして中へと入った。整理された部屋には、いつものメンバーの三人が各自の机で仕事をしていた。


「イディ!」

「イディ、いらっしゃい」

「イーディス嬢、いつも手伝わせてすまん」


 イーディスを見て顔をほころばせるオズワルド。いつもと変わらない柔らかな笑顔の兄・アレン。すまなそうに苦笑しながら優しく出迎えてくれるルーカス。


 余談だが、オズワルドの手を取ったあの日、側近二人がいなかったのは意図的だったそうだ。「イディと話すから席を外せ」と言われていたらしい。


「……大分お疲れのようですね。お茶を入れましょうか」


 見るからに疲れている三人を見て、イーディスは来て早々に休憩の準備を始めた。持ってきた書類入りの封筒は、一旦テーブルへ置いておく。


 お茶の準備はメイドがしてくれるのが一般的だが、重要書類が山盛りの今日はイーディスが準備した方が良さそうであった。


 慣れた手つきで紅茶を淹れる。それぞれが愛用しているカップに注げば、優しい茶葉の香りが室内へと広がった。


 その頃には、オズワルド達も手を止めてソファへ移動してきた。オズワルドは二人掛けのソファへ、アレンとルーカスはそれぞれ一人掛けのソファへと座る。


「はぁ。可愛い婚約者とデートをしたいのに……何なんだこの目の回る忙しさは」


 婚約してからオズワルドは、可愛いだの好きだのよく言うようになった。オズワルド曰く『定期的に言わないとイディは意識してくれない』との事だ。最初は照れていたイーディスだが、最近はスルーするスキルが身についた。


「くっ、ついに私の可愛いイディが婚約してしまうとは」


 兄バカなのは相変わらずだ。アレンとしては、イーディスがオズワルドと婚約するのは反対ではないらしい。その割には、最近オズワルドに対して手厳しくなった気がする。


「イーディス嬢が殿下と婚約してくれて本当に良かった」


 しみじみと呟くルーカスは、最近頭を撫でてくれなくなった。どうやらオズワルドに気を遣っているらしい。兄のように慕っていただけに、イーディスとしてはちょっと寂しかった。


 イーディスは、ここ最近で定位置となったオズワルドの隣へと腰を下ろした。執務室にはイーディス専用のカップも置かれている。オズワルドから贈られた物だ。

 

 紅茶で喉を潤したイーディスは、三人の机に山と盛られた書類を見てポツリと呟いた。


「仕事……一向に減りませんね」


 成人祝いの宴の後、彼らの仕事は何倍にも増えていた。オズワルドとイーディスが婚約したのも一つの理由だが、一番の理由は別にある。


「ああ、宴が予想以上に盛況でな。嬉しい悲鳴に悩まされている」


 そう、イーディスの狙いであった交易だ。オズワルドの言う通り、予想以上に交易の打診が来たのだ。


 事前に準備はしていたものの、予想外の品を希望している国がいくつかあったのだ。イーディスも手伝っているのだが、やってもやっても終わりが見えない状況であった。


「果物の交易の件なら、過去二十年分の生産量を纏めてきました。天候被害、鳥獣被害の規模とそれらの対策。それに対する予算も合わせて作成してみました。参考に使って下さい」


 そう言うとイーディスは、テーブルに置いておいた封筒をオズワルドへ渡した。これはイーディスが独自に纏めた資料だ。


「それと、隣国の大使がキールス地方のガラス工芸に興味を示された件ですが、交易の規模は抑えた方がいいかと。以前より職人は増えましたが、大量生産は彼らの負担になります」


 休憩と言いながらしっかり仕事の話しをするのが実にイーディスらしかった。しかも、財務官の本業とは違う内容なのに、すらすらと話している。


 イーディスのことだから、担い手の利益とこの国の利益を考えつつベストな提案をしてくることだろう。オズワルドは優秀過ぎる婚約者に苦笑いをした。


「イディ、仕事の話は後にしよう。こういう休憩の時くらい俺を見てくれないか?」

「は…………はい!?」


 オズワルドの手がイーディスの髪を一房掬い上げる。ローズピンクのウェーブ掛かった髪は、よく手入れされていてさらりと揺れる。その髪に、躊躇いなくオズワルドが唇を寄せた。


 それを間近で見る事になったイーディスは、誰が見ても分かるくらい顔を赤くさせた。狼狽しながらキッと睨みつける。


「な、何をするんですか。場を弁えて下さいっ」

「アレンとルーカスしかいないだろ」

「そういう問題ではありませんっ」

「それなら二人きりの時に存分に愛でるとしよう。イディ、その時はいい加減に唇を許してくれると嬉しいんだが?」


 全く悪びれる様子のないオズワルドは、実に幸せそうな笑顔を浮かべていた。イーディスは真っ赤な顔でわなわなと唇を震わせオズワルドを睨みつけた。


 目の前でイチャつく姿を見せられた側近二人は、甘過ぎて砂糖を吐きそうであった。ここ最近のオズワルドは幸せムード全開なのだ。


「はぁ……やはり今からでもマクレガー家の総力を挙げて婚約解消させるべきか」

「アレン、やめておけ。全力で阻止されるぞ」


 イーディスを心底溺愛しているアレンは、妹の行く末を心配して大きな溜め息をついた。


 オズワルドの恋を見守ってきた二人は、友としてその恋を心から応援していた。ようやく結ばれた婚約にオズワルドがどれだけ喜んだかも知っている。


「私の可愛い妹が……」

「お前はいい加減に妹離れした方がいいぞ」


 再び大きな溜め息をついたアレンへ、ルーカスが苦笑いを返す。


 側近二人の会話の間もオズワルドはイーディスを見てニコニコと幸せそうに笑っている。もはやイーディスしか目に入っていないようであった。


 イーディスも真っ赤になって怒ってはいるが、オズワルドを本気で嫌がっているようには見えない。どちらかと言えば照れているといった感じだ。


「もおぉぉー! オズワルド殿下はさっさと仕事をして下さい!」

「そんなに早く二人きりになりたいのか? よし、イディのためにも頑張るとしよう」

「ちがーう!」


 声を荒げるイーディスだが、オズワルドはやはり幸せそうであった。今まで我慢していた反動が凄まじい。


 二人きりで可愛い婚約者を思う存分愛でたいオズワルドは、この後の仕事のスピードが一気に上がることだろう。


 アレンとルーカスは紅茶を飲み干すと、そっと席を立った。主を補佐するのは側近の役目。オズワルドのためにも仕事を早く終わらせるべきだろう。


 オズワルドは、出来る側近二人の心遣いを正しく感じ取った。二人が背を向けた瞬間を見計らい、イーディスの耳元へ顔を寄せる。


「イディ、愛している」

「っ……!」


 二人には聞こえないよう、囁くような小さな声で耳打ちする。


 また一段と赤くなったイーディスは、実に愛らしい。オズワルドは、婚約者の可愛い反応を目に焼き付けた。


 イーディスが甘く蕩けるような恋を知るまでは、まだ先の事。それでも、きっとそう遠くない未来にそれは訪れるだろう。



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