整理番号 新A39:開拓列車脱線事故(初動)
現場はまるで生き地獄のようだ。と、エドワードは記録係のミヤに書きとらせる。
そんな感想のような文言は”クソの役にも立たない”とエドワードは認識している。が、それでも、エドワードはそれを記録せずにはいられなかった。
エドワードの前世から続く長い鉄道マン生活の中でも、ここまでの惨状は見たことがない。それくらい、事故現場は凄惨を極めていた。
事故現場からテペン側へ数キロにわたって、点々と遺体が転がっていた。エドワードは訳が分からない。何をどう計算しても、遺体の数が多すぎるのである。
「まるでラッシュ・アワーの中央線が事故を起こしたかのようだ」
エドワードはそうつぶやいた。先に到着した治安維持部隊によれば、死者は数百人単位。だが、エドワードの目にはさらに多いように見えた。
「エドワード、事故原因の見立ては?」
信じられない。そんな顔で固まってしまったエドワードに、鍛冶師として連れてきたアイリーンは正気に戻させようと質問を投げかける。
エドワードは動揺しながらも、しかし冷静に現場を分析していた。
「列車は下り坂を下って、このカーブに差し掛かった。そして、そこで脱線。典型的な速度超過による脱線さ」
むしろ、それ以外の原因は想定できなかった。列車は相当な高速度で脱線したようで、数十メートル先まで吹き飛ばされている。
線路には脱線の痕跡が残っている。すなわち、高速で衝撃した車輪が、線路をぐちゃぐちゃに歪めてしまっていた。
「速度超過脱線でなければ、ここまで車両が吹き飛ぶことはない、だろう」
むしろエドワードからしてみれば、そう信じたかった。
事故原因が速度超過と判明すれば、行うべきはその速度超過がどのように発生したか、ということである。
速度超過の原因は多岐にわたる。機関士(運転士)のミスまたは意識喪失、速度制限に関しての研究不足または認識不足、誤った制限速度の通達または表示、などである。
だが、エドワードは、もうひとつの原因を懸念していた。
エドワードは事故車両へ近づく。そして、そのうちの一番遠くへとばされた機関車のほうへ歩み寄った。
機関車の構造は強く、それはなんとか原型をとどめていた。だが、火室からこぼれた発火石で辺りは焼け焦げている。その強いにおいが、エドワードの鼻を突いた。
エドワードはその様子に顔をしかめながら、ひとつひとつ残骸を確認していった。すると、いくらか損傷の度合いが低い、といっても客室部分はペチャンコにつぶれている、車両を発見した。エドワードは駆け寄って、アイリーンを手招きする。
「アイリーン、これを見てくれ」
エドワードはその残骸の中でも、車輪の周囲を指さして言った。
「この辺りを調べれば、事故原因がわかるかもしれない」
「どういうことだい?」
「ブレーキが動作した痕跡があるかどうかを見たい。君なら判断つくだろう?」
エドワードも当然、この道のプロである。だが、こういったことは、鍛冶士であるアイリーンの方が有利であると、エドワードは踏んだ。
「君が言うんだから、そうだろうね。ちょっと見せてもらおうか」
彼女はそういうと、まじまじと車輪を見つめる。すると、急に顔を曇らせた。
「なんだこれは、酷いなぁ。ずいぶんと使い古しているよ」
その言葉をエドワードが問いただした。
「それは、すり減っているということか?」
「ああ、そうさ。だいぶ使い込まれている。けれど、今回の事故とは関係ないね」
彼女はそう言った。その言葉には、かなりの自信があるようだった。エドワード一応、その言葉の真意も問いただす。
「なぜそれがわかる?」
「熱さ。ブレーキによる加熱が事故の前にあったとするならば、表面などにそういう変化が現れる。特に、ブレーキが利かなくなるほどの熱ならね」
「なるほど、それが無いということは、事故当時このブレーキは動作していなかったということか?」
「そう考えて間違いないと僕は思う。君はどう思う?」
そう問いかける彼女の顔はいやに挑戦的だった。エドワードは、君がそう言うならそうだろう、と答えるにとどめた。
「餅は餅屋、鍛冶は鍛冶屋だ。判断は君に任せるよ」
「わぁ、僕ったら責任重大。でも、信じてくれていいと思うよ。この事故は、ブレーキ故障による事故さ」
彼女は、今度は確かにそう言い切った。その言葉に、エドワードは深くうなづく。
「じゃあ、問題はどうしてブレーキが効かなかったか、だ」
こういった鉄道のブレーキは普通、車輪に対し制輪子という部品を押し当てることによってブレーキを効かせる。
これは、自転車のブレーキの構造とほぼ同一だ。
これらに問題が無いということは、すなわち制輪子を車輪に押し当てる部分で問題が発生したということである。
では、どんな問題が発生したか。エドワードはそれを検証したかった。だが、現場はそれを許さないほどに深く傷ついていた。
「この惨状じゃ、残骸の中からこれ以上の証拠を見つけ出すのは不可能だ。あきらめて、周辺調査で明らかにしていこう」
現場には、今も炎がくすぶる匂いが立ち込めていて、それは慣れているエドワードでも少し気分が悪くなってくるほどだ。
「ミヤ、あとは適当にそのあたりの記録を頼む。これ以上の収穫はなさそうだ」
エドワードはミヤにそう指示を飛ばした。だがしかし、返事が無い。ミヤはとても快活な返事を返す子だから、エドワードついつい心配になってしまい、ミヤの方を見た。
すると彼女は、うずくまって震えていた。いち早く気が付いたアイリーンが彼女に駆け寄る。
「どうしたの? どこか具合が悪いかい?」
その問いかけに、ミヤはただただ首を振った。
だが、その顔色は明らかに青白く、その手はかすかにふるえていた。
「ミヤ、どうした? なにかあったか?」
エドワードが優しく問いかけると、ミヤはかろうじて声を絞り出した。
「……私の、親友だったんです」
ミヤはぺしゃんこになった客車の、その客室の一角を指さした。
「一緒に逃げて、逃げられたのに、なんで……」
「もういい。何も言うな」
エドワードは彼女を抱きかかえる。ミヤはその胸の中で、わんわんと大きな声で泣き始めた。エドワードは、心の痛みを思い出した。
―――あの時と、同じだ―――
事故の悲しみ。それ以上に悲惨な、残された者の心中。彼女の涙がエドワードの胸を濡らしたとき、彼の前世の記憶がフラッシュバックする。
―――解決しなければならん。彼女のためにも、我々のためにも―――
エドワードは胸に彼女を抱きとめながら、そう決意した。




