整理番号 新A37:異世界事故調
「でもね、あなたは自分を誇っていいと思うのよ」
その夜、夕食時に思いの丈を吐露したエドワードに、シグナレスはそう言ってのけた。
「だがね」
と、エドワードは言う。
「現に、安全は損なわれている。これは、国鉄の人間として、そして事故と向き合ってきた一人の人間として、許すわけにはいかない」
エドワードは頑なだった。彼は思いつめたような顔で、ひたすらに目の前のスープと格闘している。
夜の帳が降りた部屋は、魔法石のランプで明るいはずなのに、彼はひたすらに暗かった。まるで深刻ななにかにぶち当たったかのごとく、彼は沈んでいた。
「自信を見失わないこと」
そんなエドワードに、シグナレスは一言だけそう言い放った。彼女の顔は、まっすぐ笑顔だ。
「そして、自身を見失わないこと。あなたは、何をすべきなの?」
「……。どこの世界にいても、やることは同じだ。安全を手に入れる。ただそれだけだ」
「なら、話は決まっているんじゃない?」
エドワードは伏せた顔を上げた。目の前の彼女は、やはり笑っていた。
「ああ、そうだな」
スープは少しぬるくなっていた。だが、エドワードにはそれが温かく感じられた。
夕食を食べ終わると、シグナレスはデザートに舌鼓を打ち始めた。エドワードは彼女の幸せそうな顔を見つめていた。すると、シグナレスの方からエドワードに話しかけた。
「そういえば、この間の調査は見事だったわ。あれは何かの才能ね。前世でもあんなことを?」
「ああ。国鉄で少し」
「そのコクテツっていうのは、鉄道組織よね。そこでは、事故の調査まで機関士の仕事なの?」
エドワードはしばらく、シグナレスの言葉の意味が分からなかった。だがしばらくして、彼女が大きな勘違いをしていることに気が付いた。
「ああいや、私の仕事は機関士だ。だが、事故調査の結果に不満があったりしたときに、自分で調べるクセをつけていたらこうなった」
「片手間でも、あそこまでものならすごいじゃない。前世はさぞ重宝されたんじゃない?」
そう手放しでほめたたえるシグナレスに、エドワードは思わず苦笑いをこぼした。
「いや、本社の人間には煙たがられてたよ。時には、正式な調査結果と異なる見解を示したりもしたからな。感謝もされたが、恨まれてもいると思う」
そしてエドワードは、それに……と付け加えた。
「私は真実の探求に少々、熱中しすぎた。そのせいで、いろいろな人に迷惑をかけた。これは取り返しのつかないことだから、私は悔やんでも悔やみきれん」
エドワードのその言葉を受け入れるように、シグナレスはうんうんと頷いた。
「でも、その知見が生きているならば、きっと全ては無駄じゃなかったはずよ。少なくとも、私はそう思うわ」
シグナレスそういいながら、彼女が食べていたデザートの半分を寄越した。
「私の分はもうすでにある」
「これはご褒美よ」
「君の食べかけが、かい?」
エドワードはおどけてそう言った。すると、シグナレスはまるで心外だとでも言いたげな顔を作った。
「あら、私の食べかけを食べたがる者はたくさんいるわ」
「強がるんじゃないよ」
エドワードはシグナレスのその食べかけを、ひょいとつまんで口に入れた。それから、彼女に向かっていたずらな笑みを浮かべる。
「おいしかったよ。特に、君という調味料は」
柄にもなく、エドワードはそんなことを口走った。シグナレスは呆れたとばかりにおでこに手を当てる。
「まったく、面白い人ね」
「前世では一度も頂戴したことのない評価だ。うれしく思うよ」
エドワードの顔は、すっかり晴れ渡っていた。
デザートも食べ終わり、食器が全て下げられると、シグナレスは妙な事を聞いてきた。
「ところで、あなたの世界では、事故を調査する人のことをなんていうの?」
エドワードは何と答えたものか、しばし固まってしまった。
調査員? 捜査官? 人身が絡めば刑事が出張るし、労組の関与が疑われれば公安が出てくる。エドワードはしばし頭を悩ませたのちに、こう答えた。
「事故調、だ」
「ジコチョウ?」
怪訝な顔をするシグナレスに、エドワード簡単なことだと答えた。
「事故調査をするから、事故調。我々はそう呼んでいた」
彼が説明すると、シグナレスはまあいいわ、とその話をわきに置いた。
「じゃあ、そんな事故調さんに、新しい事故のお知らせよ」
シグナレスはいったいどこから出してきたのか、紙袋に包まれた書類をエドワードに差し出した。そこには、重大事故資料と書かれている。
エドワードはハッとした。
「そう、あなたの出番よ。頑張ってね」
シグナレスは、そう言って笑った。




