最後の戦い その2 (最終話)
わたしは地面に降り立ち、近づいてくる魔物の群れを見据えた。隣には人化したセフィードさんがいる。
「ポーリンは本当に肝が据わっているな。並の冒険者なら、あんな光景を見たら腰を抜かして戦意を喪失していると思うが」
「わたしがスリーテールビルのお肉をずっと追い求めていたことを知っているでしょ? 美味しいお肉が群れをなして駆けてくる様子を見て腰を抜かしそうになるほど嬉しいし、お腹の底から食欲が満ち溢れてくるわ!」
「……うん、知ってた」
さすがは豊穣の聖女の旦那さまになる男性である。
「それでは、牛狩りに参りましょう」
わたしが大盾を構えると、セフィードさんが後ろからわたしの腰を抱いた。
かなりラブラブ度が高い密着ぶりなのだが、今のわたしの心には美味しいお肉のことしかない。
魔物はもう前方100メートルくらいのところに迫ってきている。
「闘神ゼキアグルさまのお力をお借りして、豊穣の聖女ポーリンがとびきり美味しいお肉をゲットいたしますわ。ウルトラスーパーエクセレントシールドバアアアアアアアアアーッシュッ!」
大盾から光が放たれわたしたちを包んだ。そして、宙に飛び上がったセフィードさんと抱えられたわたしはスリーテールビルの群れに突っ込んだ。
巨大な牛の魔物は、まるでぬいぐるみのモーモーちゃんのように抵抗なく盾に弾かれて、ぽーんぽーんと飛んでいく。わたしたちは一匹たりとも逃さないように、端から牛を飛ばしていく。
強烈な力に満ちた盾に頭を殴られた魔物は、一撃で倒されてしまう。
人々を蹂躙しようと殺戮する気満々だったスリーテールビルは、仲間たちがあっけなく倒されていく様子に危機感を感じたのか「ぶも?」「ぶもおーっ!」「ぶもおおおおおおおーっ!!!」と喚きながら進路を変えて逃げ出そうとしたが、セフィードさんが「そうはさせるか」と回り込んで、逃げ道を塞いでしまう。
わたしにとっては、盾を構えているだけの簡単なお仕事である。
「よし、これが最後の一匹だな」
「ぶもおおーっ!」
牛が綺麗に空を飛ぶ。
「ふうっ、やったわね。さすがはセフィードさんだわ、牛を効率的に追い詰めてくれてありがとう」
「ポーリンこそ、闘神の大盾を使いこなした素晴らしいシールドバッシュだった。スリーテールビルは手も足も出なかったな」
良い仕事をやり終えた達成感で、わたしたちは笑顔で互いを讃え合った。
「さあ、ガルセル国の人たちにこの牛たちを運んでもらいましょう。尻尾が3本もあるから、美味しいテールシチューがたっぷり食べられるわ。とても楽しみ……え?」
牛はすべて倒したはずなのに、遠くの方から「ぶむおおおおおおおーっ!」という恐ろしい鳴き声が聞こえる。
「あの声は……」
「偵察に行くぞ」
「ええ」
セフィードさんがドラゴンの姿に戻ったので、わたしは大盾を手にその上に飛び乗った。
空高く舞い上がったわたしたちの目に、とんでもないものが映った。
「そ、そんな!」
わたしは驚愕で言葉を失い、そして悲鳴のような叫び声をあげた。
「きゃあああああああああああああああああああ! 信じられない! 信じられないわセフィードさん! ああ、神さま!」
わたしは天に祈った。
「まさか、あれは、フォーテールビルなのですか、そうなのですか、神さま⁉︎ 伝説の猛牛が現れるなんて、あのマンドラゴラ男、グラスムタンったら、なんて、なんて良い仕事をしてくれたのでしょう!」
セフィードさんが『ポーリン、もしかして怯えているのではなく喜んでいるのか?』と尋ねたので、わたしは「もちろんよ!」と元気に答えた。
3階建ての家くらいの大きさのフォーテールビルは、尻尾が4本に頭の房が4本という、お茶目な姿をしているが凶悪で強い魔物なのだ。体内には巨大な魔石を持っているし、そのお肉はこの上なく美味しいという。
わたしの好物のテールシチューだって、長くて立派で、しかも滋味溢れる肉質の尻尾が4本も生えているため、たあーっくさん作れちゃうんだから!
「決めたわ、セフィードさん。あのフォーテールビルを倒して、今回の報酬としてうちの村にいただきましょう」
『ポーリンがそう言うなら、そうしよう』
「うふ、うふふふ、わたしの可愛いシチューちゃん♡ そんなに怖いお顔をしてもダメですよー、このポーリンちゃんの新たな力の源は、君に決定♡」
わたしの呟きを聞いたドラゴンさんが『ポーリン、なんか、俺、ちょっと怖い』と怯えた念話を送ってきたけれど、わたしは「大丈夫よ、こんなモーモーちゃん、わたしたちの敵ではないわ……ほら、こんなにも美味しそうな……」と口元の涎をそっと拭いた。
セフィードさんが『いや、俺が怖いのは魔物ではなくて……』と言い、フォーテールビルは「ぶ、ぶもっ?」とスピードを落としてこっちを見てから後ずさった。
「それではセフィードさん! あの牛の頭に体当たりをして、一撃で沈めましょう」
「いや待て、ここは俺がやるから。ポーリンの気合いで体当たりするとフォーテールビルの頭が骨もろとも細かく砕け飛び散り、身体はぐちゃぐちゃのミンチになると、俺のドラゴンの勘が伝えてくるんだ」
「まあ、いやね。こんなに可愛い聖女の攻撃が、そんなスプラッターな結果を引き起こすはずがないじゃない……ね?」
ないわよね?
ないと言って!
だが、セフィードさんは「万一ということもあるから、ここは俺がやる。あの首を折ればいいんだな」と言いながら上空へと高く上った。
そして「行くぞ」と急降下して、その強い前脚でフォーテールビルの頭を思いきり殴りつけた。
「ぶもおおおお……お……」
巨大な牛は白眼を剥くと、その場に身体を横たえた。
「すごい……すごいわ、セフィードさん! 一撃であんな魔物をやっつけるなんて!」
「聖女のポーリンに惨殺させるわけにはいかないからな」
セフィードさんがカッコよく「ふっ」と笑った。
え?
惨殺?
ドラゴンさんは前脚の爪にうまくフォーテールビルの身体を引っ掛けてくれたので、わたしたちは牛をぶらんぶらんさせながら戦いのために集まった人たちのもとへ行った。
「聖女ポーリンさま……なんてことを……規格外過ぎる……」
驚きのあまり間抜けな顔になってしまっている人々に、わたしは「このフォーテールビルは、今回の報酬にいただいていきます」と厳かに宣言した。
「あちらのスリーテールビルは、ガルセル国にお譲りいたしますので、手分けして処理して牛祭りを開いてください。良い魔石も取れますので、国の財政にお使いくださいな。王都の冒険者ギルド長はどちらかしら?」
「はっ、自分であります、聖女ポーリンよ!」
わたしはライオンの獣人であるベテランの風格の男性に告げた。
「聖霊の祠はそのお力を取り戻していますから、ガルセル国は今後復興し、発展していくでしょう。皆さんで力を合わせて、良い国をお作りくださいませ。ギルド長には、魔物の後始末をお願いしてもよろしくて?」
「ありがとう、聖女ポーリンよ! 俺が責任を持ってその仕事を引き受ける!」
「頼もしいですわ。それから、剣士バラール」
「おう!」
虎耳のバラールが手をあげた。
「わたしはドラゴンのセフィードさんと共に、これからいったん『神に祝福されし村』に戻って……そうね、明後日のお昼頃にシャーリー王女殿下をお連れするわ。王家の皆さんにそのことを伝えてもらえるかしら」
「了解した! シャーリーさまのことをお頼み申し上げる!」
「ええ、任せて頂戴」
ジェシカさんはわたしに手を振って「ポーリンさま、依頼の途中で申し訳ないのですが、ガルセル国の復興を手伝ってもよろしいでしょうか?」とちょっと眉をへの字にさせて頼んだ。
「もちろんよ、ジェシカさん。その件はむしろわたしからお願いしたいくらいだから、思いきり力を尽くしてくださいな」
「ありがとうございます!」
ジェシカさんは有力な貴族の娘でありながら頼りになる冒険者だし、バラールさんと力を合わせて立派に仕事をこなしてくれるだろう。
「それでは、わたしはこれで失礼いたしますわね。またのちほど!」
聖女らしく威厳のある振る舞いをしつつ、実はわたしの心は美味しいお肉でいっぱいなのだ。
早く食べたい!
もう待ちきれない!
「聖女ポーリン、ありがとう!」
「ポーリンさま、バンザーイ!」
というわけで、ガルセル国の人々に笑顔で手を振ると、ドラゴンさんにはフォーテールビルを持って村へと全力で飛んでもらったのであった。
「あっ、領主さまと奥方さまだ!」
「おかえりなさーい」
飛んで帰ったわたしたちを最初に見つけたのは、村の子どもたちだ。
セフィードさんが、村の広場にフォーテールビルをおろし、人化する。
「お疲れさまでした、セフィードさん」
「……ポーリンを乗せて飛べて、俺は嬉しい」
「んもう、優しいんだから……好き♡」
「俺も、好き」
セフィードさんにぎゅううううっと抱きしめられて、幸せを感じる。
安定のイチャイチャをしていたが、子どもたちも集まってきた大人たちも、意識がフォーテールビルの方に向いている。
「うわあ、すっごく大きな牛だね」
「奥方さまのお土産だから、きっとすごく美味しいのよ」
「楽しみだなあ」
ぴょんぴょんと跳ねながら喜ぶ姿が可愛らしいわね。
「奥方さま、領主さま、お帰りなさ……い、ませ? 奥方さま?」
牛からわたしたちに注目が移った。
「奥方さま、そのお姿は……」
わたしは腹筋に力を入れて、大きな声で言った。
「だだいま、皆さん! まずはわたしの言葉をよく聞いて頂戴ね! わたしはこの通り、ちょっとばかり痩せたけれど、いつものように元気いっぱいだから心配は無用よ! 聖女の使命を果たすためにこうなりました。神さまのご加護の元でのことですから、身体は健康で、お肌もこの通りピチピチです! 特にミアン、わかったわね?」
「……痩せてるけど、奥方さまはご病気ではないのね?」
可愛い犬耳っ子は、母親のルアンが病で痩せ細って床についていたことで、痩せることにトラウマがあるのだ。
「ええ、健康優良聖女よ、病気ではありません!」
わたしは心配症な犬耳の少女を抱き上げてくるっと回し、きゃっきゃと言わせてから、鼻息荒く宣言した。
「さあ、この村総出でフォーテールビルを捌くわよ! そしてもちろん、今夜は牛祭りを行います!」
「うわあ、牛祭りだ!」
わたしのせいで祭りに慣れている人々は、素早く準備に取り掛かったのだった。
そして、ひとりの女性が悲鳴をあげた。
「どうしましょう、ウェディングドレスのサイズが!」
「あ……キャロリンさん、ごめんなさいね」
わたしはドレスの担当者であるタヌキのキャロリンさんに謝った。
「まさか、こんなに痩せるなんて思わなくて……」
「い、いいえ、大丈夫ですわ! サイズダウンはアップよりも容易ですし、いろいろなことを想定して、ウエストはゴムで作ってありますから!」
「まあ、さすがね!」
というわけで、再びメジャーを手にしたキャロリンさんにサイズの計測をされたわたしは、たっぷり牛を食べても、増やすのは2ぽっちゃりまでに抑えることを誓ったのであった。
こうして、聖霊の祠をめぐるわたしたちの冒険は終わった。
シャーリーちゃんは村での暮らしがとても楽しかったらしく、お友達との別れで泣いてしまったが、また遊びに来られるようにガルセル国の王妃さまに頼んであげると約束をして、わたしと共に『ポーリンちゃんのお部屋』に乗り込んだ。
あとでガズス帝国のキラシュト皇帝に事情を説明に行く予定だが、その時にガルセル国との同盟を結ぶことを提案しようと考えている。そうしたら、両国の交流が盛んになり、よい状況となるだろう。
ついでにレスタイナ国にも連絡をして、こちらも同盟が結べたら良いと思う。豊穣の聖女ポーリンのお勧めならば、スムーズに話が進むに違いない。
「大丈夫、サイズはバッチリですよ」
キャロリンさんに言われて、牛祭りで再び体脂肪を増やしてしまったわたしは安堵のため息をついた。
「とてもお美しいです、奥方さま」
「ありがとう、皆さん」
白いウェディングドレスを着て、朝からセフィードさんが編んでくれたシロツメクサの花冠をかぶったわたしは、その場でくるっと回って見せてから笑った。
今日は、わたしたちの結婚式なのだ。
ガルセル国から戻ってきたら、セフィードさんがすぐに式を挙げて欲しいと懇願したので、まだ後始末(キラシュト皇帝への報告とかね。セフィードさんが言うには「そんなどうでもいいことは後回しでいいから、とにかく式を挙げるぞ」なのだ。今回、身体が急激に痩せてしまったり、わたしの姿が急に消えたりしたので、彼は心配で心配で仕方がないらしい)は完全に終わっていないけれど、村の仲間たちとの式を優先することにした。
村でのお披露目をしたら、屋敷に戻って、そこから離れることのできないグラジールさんとディラさんにもお披露目をするのだ。
「それでは、あちらで領主さまがお待ちですので参りましょう」
ふんわりしたスカートを片手で持ち、わたしは神官候補のルアンにエスコートされながら、結婚式用の祭壇が作られた村の広場に向かった。そこには、真っ白な礼服を着たセフィードさんがいて、そのあまりのカッコよさにわたしは鼻血を出しそうになる。
尊い!
ドラゴンさん、素敵!
白いドラゴンさんは「ポーリンが夢のように綺麗だ」とあどけなく笑いながら、ルアンからわたしの手を受け取った。
「誓いに行こう、俺の奥さん」
「はい」
村の人たちが祝福の花を投げる中を、わたしたちは手を取り合って進んでいったのだった。
FIN.
ちなみに結婚式のご馳走は、セフィードさんがわざわざ砂漠まで行って狩ってきてくれた、最高級のデザルクラーでした。
ドレスのウエストがゴムで本当に良かったわ。
これで第二章が終わります。
区切りがついていますので
完結にしておきますね。
最後までお付き合いくださいまして、
ありがとうございました(*´∇`*)♡




