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プロポーズをする間もなく自爆し、墓穴を掘りまくった大失敗なお茶会から一月後、婚約の事について話し合うためにもう一度、フリューゲルス家に俺と父と訪ねることになった。
その前に謝罪と申し込みを、と思っていた俺は出鼻をくじかれてしまったのだが、フリューゲルス伯爵夫人、カトリーナ様の強い要望と聞いては逆らうこともできない。
リリアンがカトリーナ様に泣きついたのだろうか。
いや、泣きつくようなことをした自覚は・・・ある。
「 いや、泣きついてはいないと思うよ。ただ、様子が少しばかりおかしくなってはいたけれどね。」
と、ハンスは言う。
その『 少しばかりおかしい 』という様子の部分が知りたいのだが、ハンスは教えてはくれない。
いわく、どちらにも不公平にならない様にしているだけだ、と。
「 ちゃんとジークリオン、君の目で確かめるといいよ。」
そんな風に言われてしまうと何も聞けなくなってしまうのだった。
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段々とその日が近づくにつれ、落ち着きがなくなりそわそわしている俺に向かって、カレンが質問をしてきた。
「 ところで隊長。リリアン嬢にお渡しする婚約の証は何にしたのですか? 」
「 ん、ああ。女性への贈り物もどうしていいのかわからなかったので伯爵夫人と相談して、その、あの、なあ、えー、・・・。」
「 イライラしますね!図体のでかいのがモジモジしても可愛くもないし萌えないんですから、はっきり、さっさと答えてくださいよ。」
「 ふふふ、ジークリオン君。君が赤くなっても可愛くはないね。」
何故か第三の部屋にいるハンスにまで言われてしまった。
なんでいるんだろうか。
「「 で? 」」
妙な迫力のある二人に押されて少しずつ後ずさる。言わずに逃げたいが逃げれそうにない。背中に何かがぶつかり、目線をやるとそれは壁で、これ以上後ずさりできないことに気付く。ハッとして前を向けばニヤニヤと近づくカレンとハンス。
「 うわーーーーーー!!ジークリオン君、なんてことだい! 」
「 隊長!このむっつり!あまりの事に鳥肌が立ちましたよ! 」
二人の迫力に渋々白状すれば、このセリフ。そんなにまずいものを贈ってしまったのだろうか。伯爵夫人は大賛成して色々と手配などを手伝ってくれたんだが、騙されてしまったのか・・・。
首をかしげているとハンスに可哀想な目で見られてしまった・・・?
「 ごほん、まあ、おそらくお母様の誘導に引っかかったんだろうけど、意味は分かってない様だね。そのままのジークリオン君でいてくれたまえよ。」
「 そうですね、隊長ですものね。そんな甲斐性があったらすんなり上手くいっていたはずですものね。」
うんうん、とうなずき合っているふたりはなんだか不思議な一体感が生まれているようだ。解せぬ。
そんなやり取りをしている横をレジが通り過ぎていく。
「 レジ。今帰りか? 」
「 ・・・。」
呼びかけに答えないレジは振り向きもせずにそのまま扉から外へ出て行ってしまった。俺の声が聞こえてなかったみたいだ。そう言えば最近レジとあまり会話していない気もするが・・・。今度飯でも誘ってみるか。
そんなことを考えていたが自分の目の前で何故か盛り上がった二人にそのままこの間ハンスと利用した街の食堂に連行されてしまった。ハンスがいるので個室の方が都合がよさそうだと思い、店の中に入って店員に聞けば奥の部屋が空いているという。案内を頼み、メニューを見ながらハンスとカレンが注文をする。運ばれてきた食前酒を飲めば、ハンスとカレンが話し出す。勿論定食屋での話題はもっぱら俺とリリアンについてだった。
小さい頃のエピソードを話始めたハンスを横に置き、カレンと二人で無言で食事を口に運ぶ。
「 小さい頃から僕の後ろをついて回って歩くリリアンは控えめに言っても天使。」
「 そうですか?女なんて猫かぶってなんぼですよ。そんなかわいい女なんているんですかねぇ。」
「 おお、君は存外に物をはっきり言う人なんだね。とても気に入ったよ!君に入会許可を出そう。一緒にリリアンを愛でようではないか。」
「 は?入会許可ですか?」
「 そうとも!『妖精リリアンを守る会』の栄えある会員番号5番だよ。ヒトケタなんてすごいことだろう!誇りにしたまえよ!」
「 えーーーーー。隊長、これって辞退することは・・・。」
急に俺に話を振るな。そんなことよりハンスの笑ってない目がカレンを捉えているぞ。これは逃げられないな。
「 辞退なんてできるわけないし、しないデショ。」
「 こわッ!なんです、その黒い笑顔は。人当たりのいいふわふわした中身のない、げふんげふん、素敵な紳士だと思っていましたが、フリューゲルス伯爵子息はこんな方だったのですね。」
「 カレン、聞こえているぞ。それにあきらめろ。入会について言い出したハンスは引かん。この強引さで宰相サマまで巻き込んだ・・・。」
「 え?宰相様もお入りになっていらっしゃるのですか!」
「 ・・・そうだ。何故か二人で盛り上がってだな、いつの間にかそういう事になっていた。」
「 ハンス様、是非とも私も入会させてください!」
と、俺が発言したとたんに、ハンスに向かって頭を下げたカレンが興奮したように話し出した。
いつもの冷静さを欠いているカレンはハンスににじり寄ると自分のアピールを始めた。
「 ハンス様、私がもし入会した場合、二つほど利点がございます。
まず一つ目。ハンス様と宰相様との連絡係は私をご指名くださいませ。時を選ばず、すぐに、ええ、直ぐに最速で宰相様にお伝えできるようにいたします。
次に、リリアン様のサポートをいたします。このようなヘタレでポンコツでも隊長は見目は多少よろしく、宰相様の覚えもよろしいことから何かと目を付けられています。それは政治の事にしても、婚姻についてもです。やっかみ、そして蹴落とそうとする輩に恋人、妻の座を狙う不届きもの、これらを一手に引き受けて排除も可能、そしてそれらの所業をも怪しまれぬ立場、それが副隊長である、カレン=ハーミットです。」
立ち上がり、そう言って自身の拳で胸をたたくカレンは言い切った感じでハンスを見ている。その熱烈なアピール、というか、カレンは宰相サマの名前で暴走しただけっぽいが、ハンスはそれはもう輝くばかりの笑顔で諾の返事をする。
「 やっぱり僕が認めるだけあって素晴らしい淑女だね!カレン嬢。これから同じ仲間としてよろしく頼むよ!ね、ジークリオン。」
花を飛ばしそうな眩しい笑顔のハンスとやり切った感のカレン。固い握手を交わしているが、この二人は似た者同士なのかもしれない。
この部屋が個室でよかった。
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「 やめて!あなた! 」
「 うるせえ、どうせお前も腹ン中じゃあ、あいつと一緒に俺の事を馬鹿にしてたんだろう! 」
「 何の事だかわからないわ! 」
「 いまさら何言ってもおせえんだよ! 」
下町の中心から少し離れた住宅街で立てこもり事件が起きた。第二部隊が正面からの説得を男の妻と一緒に行っている間に第三が裏から立てこもっている建物に侵入するための経路を作る。その間にも男の口から恨み辛みが呪詛のように流れ続ける。聞いていてあまり気分のいいものではない。そんな男の周りにはすさんだ黒いもやのようなものが細い蛇のようにぐるぐると絡みついている。
聞けば、この男は真面目に商売をし、妻を大事にしてそれは仲睦まじい夫婦だったらしい。日が暮れてくるころだった帰宅時間が、最近だんだんと夜遅くになることが増え、そのころから顔色も悪く、仕事も休みがちになっていたらしい。何が原因になったのかはわからないが大ぶりのナイフを持って突然暴れ出し、近所の男を切りつけ自宅に立てこもった。男の傷は大したものではなく、自宅で治療中らしい。
「 確保! 」
緊迫した雰囲気の中、第二部隊の大声が響く。所詮素人、治安部隊にかなうはずもなく、思ったよりもおとなしく拘束されて連行されている男に妻らしき女が問いかける。
「 あなた!なんでこんなことを・・・。」
「 俺だって知らないままでいたかったよ。だがなあ、あの男がニヤニヤしながら会うたびに俺に言ってくるんだ。『 奥さんにはアンタじゃない、俺の事が好きなんだ 』ってな。」
「 ・・・。」
「 俺と結婚したのは親方に言われて仕方なく、なんだってな。そりゃそうだ、こんな冴えない俺のところに喜んで嫁いでくるなんて思っちゃいなかったけどよ、俺なりに大切にしていたつもりだった。だけどオマエはあいつと二人で馬鹿にして笑ってた。そんなはずはないって思いたかったけど無理だった。悲しくて悲しくて。だんだんと憎くてたまらなくなっちまった。」
「 そんな・・・。」
「 おかしかっただろうなあ、笑っちまうだろ。あはは、とんだ道化だよ。」
笑い続けている男はそのまま第二の詰所に連行された。『 なぜ、なぜ。』と言いながら崩れ落ちた男の妻を見ながら俺の心は凍り付いていった。