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亀が空を飛ぶ方法 (第二作)  作者: 比呂よし
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GE社ジャック・ウエルチ

48. GE社のジャック・ウエルチ


 数年後筆者は会社を設立したのだが、設立直後のエピソードである: 取引先はドイツW社で、四種類の製品を製造し輸出をしていた。筆者の会社はこれらを輸入し国内で販売する会社である。平たく言えば、輸入代理店。


 四種類の製品を仮に①②③④と名付ける。この中で②は新製品で価格が最も高いが、同時に利益率も高い。会社設立間もない筆者は経営者として他の機種よりも、②を特別に沢山売りたかったのは当然だ、一番儲るから。けれども価格は他の機種の「二倍はした」から、価格面で言えば不利で非常に「売り難い」。その意味では、先の話のD製品に相当する。

 さて読者なら、これをどんな風に売るだろうか? こうやったのである:


 筆者は先の「恋人の定理」を活用しようと密かに思い決めた:好きなものが売れる、の定理だ。


 会社には当時四名のセールスマンがいた。まず、売りたいと考えている②の製品サンプルを、筆者は自分の机の上に飾った。朝晩眺めて暮らした。毎日綺麗な布で拭ってやり磨いたから、何時も処女のように初々しくピカピカである。朝な夕なに社員らの前で②を優しく撫ぜ、②を賛美し、②について語り、②にキスもしてやった。社員はそんな「滑稽な筆者」の振舞を眺めて「笑った!」。


 次に、筆者自らデザインした総合カタログには、表紙のトップに②の写真を大きく飾った。事務室の壁にも大きく伸ばした写真を貼り付けたから、②の素裸の姿・形は艶めかしくさえ感じたものだ。誰が見ても魅力的で②の製品を抱きしめたくなる。筆者は社員達へ何気ない風に語りかけた。無論、計算した上だ:


「今日の昼にも、K重工とY製作所から電話があってね、②の仕様について問い合わせがあったんだーーー」と、聞こえよがしに独り言をいった。ウソである。

「S製鉄所から②の値段を訊いて来た。買うんだろうなーーー」

そんな電話なんて掛かりはしないから、これまたウソである。


「岡山のN社は②の購入を検討しているようだーーー」とか、「(机上の②のサンプルを指さして)見ろよ、この姿が何とも言えず恰好好いよなあーーー」と褒めた。けれども筆者は社員へ「コレを売れ!」とは決して言わなかったし、強制もしなかった。


 出来たてほやほやの会社で、事務員も居らず筆者が事務所の電話番兼留守居役だったから、独り言やウソの電話は「何とでも」作れた。筆者が②の製品の話ばかりするから、そんな気違いじみた様子を眺めて社員達が可笑しがり、とうとう、こんな噂がまことしやかに流れた:

「社長は、ついに頭が少しおかしくなったーーー。薄暗い事務所の片隅で、②の製品にプラジャーを着け、パンツもはかせてやって、抱き締めるのをオレは見たぞ!」


 噂を密かに耳にして筆者はほくそ笑んだ。先に述べた定理の通り、笑わされた人間は第二・第三の「筆者」になるーーー。実際にそうなった。数ケ月後、価格は他の機種の二倍にも拘わらず、②の売り上げは(他の機種の何倍にも)急伸したのである。


 話しは未だお仕舞ではない、ここからが面白い:先の結果に満足して、ある時筆者は営業マンの一人を捕まえて、「意地悪な」質問を投げてみた:


 「君は②ばかり売っているようだね。②は価格が一番高いし売れ難い筈と思うのに、②ばかりが売れる。どうして外の①③④が同じように売れないのだろうねーーー?」

 何気なくではあったが、相談する風な問い掛けをされて、営業員は暫く考えて答えた:

「②は軽くて使いやすいから、(他の機種より)売れるのですよ。当然です」

「軽さが大切なら、①の製品の方がもっと重量が軽いじゃないのかい?」

「ああ、そうかーーーー?」

「ーーーー」


「いや、そうだ、②は狭い処にも使えますからーーー、応用範囲が広いのですよ。価格は確かにバカ高いけれど、長い目で見れば割安です」

「狭い処と言うなら、少し重いが③の製品の方がもっとコンパクトだから、優れていると思うけどなあーーー」

「ーーーー?」 

 言葉に詰まり、ついに彼は結論を下した:

「兎に角、②の製品は売り易いのですよ! 兎に角!」

 (最も売りにくい製品だのに)この社員は「最も売りやすい」と理屈抜きに断言したのだ。


 何故②が売れるのか、質問された社員はまともな答えが判らなかった。無論筆者は判っていたが、敢えて黙っていた:この社員は無意識に②の製品を(恋人のように)「愛していた」のだ。ちょうど筆者が昔D製品ばかり売りまくったのと、そっくり「同じ現象」を筆者は意図的に起こしたのだ。(筆者によって)②に対する愛は社員へ伝搬し、②を「大好きにさせられた」のである、本人の知らない内に。


「恋人の定理」を応用する時のポイントは:「(儲かるから)②を売れ!と社員へ決して命令してはいけない。それをやると②を売るのが社員の責務や義務になってしまう。辛い仕事となる、最も売りにくい製品なのだから。辛い義務となると、「(恋人のように)自発的に好きになる」のと正反対になってしまう。

既に何度も言っているが:「物が売れるのは、品質でも価格でも、使い易さでもない。セールスマンの『大好きなもの』が、(勝手に)売れる!」のである。

 

 こうして最も「売り難い」②の製品が、社内で一番数多く売れる事となり、利益率が良かったから儲かった。お陰で会社の基礎が出来、設立後数年で小さいながらも自社ビルを購入して移転した。「恋人の定理」の劇的な神通力に、誰よりも驚いたのが外ならぬ筆者。自分が仕掛けておいて、効果に自ら驚いた。


 話は未だここで終わりではない:製造元のW社でもドイツ国内で四種類の製品の中で②を特に沢山売りたかったのである。矢張り儲けが大きいからだ。けれども販売数が少なくて売り上げに寄与しておらず低迷していた。価格が他の機種の二倍だから「売り難い」のはドイツ国内でも同じで、営業マン達が「敬遠していた」からだ。


 W社の営業課長Mrコリーグが悩んだ末思い余って、筆者へ国際電話を掛けて来た:

「お前は日本で、沢山の②を売っている。実は驚いている。あんな高いものがどうしてそんなに沢山売れるんだ? ヘンじゃないか。ドイツ国内でも精々売りたいのだが、思うように売れない。何せ、値段が破格に高いからなあーーー。社員に売らせるコツを教えて呉れないかい? 頼むよ」


 筆者は親切に答えた:

「Mrコリーグ、売らせるコツは簡単さ。貴方自身が②を愛してやりなさい。キスをして、パンツをはかせてやり、同じ布団で抱いて寝てやることだよ」

「ーーーー?」

「そんな様子を見てセールスマン達が大笑いしたら、そうすれば自然に売れるようになるさ」


 彼に「恋人の定理」が理解出来たろうか? 最重要な販売ノウハウだのに、冗談としてしか彼は受け取らなかった。定理が重要で奥深くあればあるほど、教えられた人にはそれを受けるだけの経験と器量が要るものだ。彼にはセールスの実務経験と苦労が実際に無かった。ついに理解出来ず:

「それは、ゼン(禅)の心か?」と、日本文化を生かじりな彼は、見当はずれな理解の仕方をした。仕方なく筆者は応えざるを得なかった:

「トウ・ゼン(禅)だよ」


 効果に確信を深めた筆者は、これを皮切りに積極的に「恋人の定理」を経営に生かして行ったのは言うまでもない。マーケテイング(=販売政策)に新しい切り口を与えたのは確かで、定理は期待以上の果実を新しい会社へ与えた。


 「恋人の定理」と名付けているけれども、形を変えた表現でMrジャック・ウエルチ(=世界的な米国の総合電機メーカーGE社元会長:有名なエジソンが創業した会社)が、似た考えを提唱しているのを、ずっと後年になって知った。「選択と集中の経営」とウエルチ氏は名付けていた:「これは」と考える一点の事業(=商品)へ経営資源とエネルギーを集中させなさい、これが会社成功の秘訣だ、という。


 忙しかった筆者は当時そんな立派な経営書の存在を知らなかったが、「恋人の定理」は偶然にしても、彼の「選択と集中」の理論と共通したものがある。経営者として筆者は(一番儲かる)②の商品を、四種の中から「選択・選抜」し、(愛して抱き締めるほど)それに全エネルギーを「投資し集中」していたからだ。人は同じような事を考えるもので、違いは考えた時代と会社の規模が違っただけ。多分、Mウエルチよりも筆者の方が先で、こっちがオリジナルの筈だ。

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