魔法使い
46. 手品の魔法使い
営業にはプラス・マイナスの算数と損得があるだけ、と書いて来た。どこにもガッツなどという「曖昧さ」の入る余地が無いのは、書いてきた処を見れば分かって貰えると思う。これは本当だけれどもーーー、実は不思議な処もある。謎めいた言い方になるが、これは「貴方も筆者も、(ロボットではなく)人間だ」という処に関係している。それを紹介したい。
営業が他の仕事と際立って違うのがここで、正しく理解すれば人間を正しく理解する事に繋がる。ロジックを応用すれば(後日、筆者は実際に別の方面で効率よく活用したが)、セールスの力量を次元の違う高さにステップアップさせてくれる。ひょっとすると沢山な定理の中で何よりも大切かも知れない。
この定理を見出した切っ掛けとなった「不思議な体験」をしたので紹介する。読者にこの謎が解けるだろうか? 失礼ながら、解けるのは百人の中で恐らく一人位なものだろうか(なお、筆者にも解けず、答えは教えて貰ったのだ):
先に登場した米国人の会長Mrヤンカースに、再登場して貰う。筆者を「どえらいヤツ」と褒めてくれた男。先の全国営業会議から10ケ月ほどが過ぎて、東京で二回目の全国の営業会議が持たれた。Mrヤンカースも来日して出席した。
もはやダントツのトップセールスだった筆者が、前回と同様に演壇で話をする栄誉に浴し、その後で雑談となった。当然筆者が注目の的で、事の成り行きから、売上金額は別にして筆者の売り上げの「内訳」を分析し、他の人達と「比べてみよう」という話になった。
販売金額の多寡こそ最重要だったから、販売製品の内訳なんてどうでもよく、誰も大した期待を寄せていた訳ではない。だから、ただ興味本位だ。けれどもこの比較をやってみて、奇妙な現象に全員が気付いた:
販売すべき製品は五種類ある。仮にA/B/C/D/Eと名付ける。筆者は五種類の中で、割合としてD製品を(他のセールスマン達より)「抜きん出て数多く」販売しているのが分った。これが、(筆者以外の)誰の目にも「奇妙に」映った。
更に調べて、今度は驚くのが筆者の番だった:筆者以外のセールスマン七~八名が、例外なくD製品の販売割合が最も「数少なかった」からだ。いや、全員がほぼゼロに近かった。筆者を含めて皆が揃って驚いた訳だが、驚き方は見事に180度正反対:
筆者は、D製品を格別沢山売ろうと努力した事は無かった。また他方で他のセールスマン達も同様にDを売りたくない、と思っていたのでは決してない。だからこの奇妙な違いは人の意志も努力も加わっていない自然な現象だという事になる。
多数決に従えば他の人達がノーマルで、奇妙なのは筆者一人と言えた。これが物議を醸した。何故なら、例えば一番安いA製品に比べて、筆者が沢山売ったD製品の機能は1.2倍優れているが、価格は1.8倍と大変「割高」な点だ。更にD製品が不利なのは、一番高額なE製品に比べると、Dの機能は70%とひどく劣るくせに、価格はほぼ同じと来ている。また、Dが格別軽量で便利と言う訳でもない。
D製品は「割高」で機能も「割り損」。これを買いたい顧客は、(筆者以外のセールスマン達に言わせると)「バカ以外に居ない」。言い換えれば、「最も売り難い」商品と言えた。筆者も、そう言われると認めざるを得なかった。
外資系の会社で、全世界に支店や代理店を有していたが、どこの国のセールスマン達も考える事は同じらしく、D製品が最も売れていない。だのに、そんな不良製品のDを筆者一人が売りまくっていたのだ。
実を言えば、D製品は会社が試しに作ってみた機種で、構造が複雑で製造コストも掛かり過ぎて、利益率(儲け)も低いものだった。カタログに載せたものの、会社としては余り売って欲しくない開発失敗品で、実際売れなかったから生産を打ち切ろうとしていたのを後で聞いた。会議に同席していた米国人の会長も、非難めいた調子で訝しがった:
「何故君は、Dばかり売るんだ? お前は全世界の営業マンの中でたった一人、一番数多くのDを売っているんだ! おかしなヤツだな」と、バッサリ切り捨てた。「最も売り難く・売れる筈の無い製品を、世界で最も数多く売る」筆者を、会長も他の社員も全員が不思議がり、魔法使いを見るような目で眺めた。
筆者は声を挙げて反論したかった:「みんな、一体何を言うんだ。D製品こそ世の中で一番売り易い製品じゃないか! 放っておいても羽が生えたように勝手に売れるんだよ。それが証拠に(筆者の場合)Dの数が一番沢山売れてるじゃないか!」
なぜ他の人達にD製品が売れないのか、解せなかった。けれども、筆者はよう口に出せなかった。他の人達の言うのが、客観的な理屈として正しいと「自分でも」そう感じたからで、何となくこっちの旗色が悪い。
「筆者一人だけに何故D製品が集中して沢山売れるのか」、全員が納得せず議論が紛糾した。何かトップセールスと因果関係があるのか無いのか、筆者も含めて皆が頭を悩ませた。が結局、「偶然の一致だろう」と落ちついた。大切な意味が隠れているのに誰も気付かなかった。それ以上に考えようとはしなかったのである。
「これからは精々(儲けの薄い)D製品を売ってくれるな」と、とうとう会長からヘンな釘を刺さされた。「お前はおかしい」という結論となったが、筆者も訳が分らない。この時点で、正しい解答が判る読者が何人いるだろうか? 分るなら「偉い!」と思う。
が、教えてくれた人が実在したのである。知ってみればコロンブスの卵であった。




