嫌われる嫌味な目
45. 嫌われる嫌味な目
「感心する場合ではない」のは、先の「10回訪問して受注」の感動的なセースルマンにも当て嵌まる。先の通り、「筆者は多忙」→「繰り返しの訪問が出来ない」→「到底10回の再訪は不可能」→「仕方無く一期一会の採用」。
彼の場合は筆者の逆だ: 数回どころか、易々と「10回の再訪問が可能だった!」→「一体何故??」 読者には答えが判ると思う。
人は知らず、彼は(手持ちの情報が殆ど無くて)「外に行くアテ」が無かった。情報が種切れでヒマと時間を持て余し、相手には迷惑だったろうが、同じ処へ10回も通って「ヒマ潰し」をやらざるを得なかった。思い出して欲しい、かっての「落ちこぼれ」の筆者がどうして大倉山の図書館へ一年も通い続けたのか、いわば同じ顧客へ一年に365回も通った訳なるが、これが何だったか?: 外に行くアテが無かったからーーー、に外ならない。
彼は正しく「かっての(落ちこぼれの)筆者」なのだ。
「10回通って」受注した時、本人も周りも感動する。けれどもそれは最後の打ち上げ花火であって、「その次ぎ」がもう無い。周りが感動するのは良いとしても、セールスマン本人も「錯覚して」感動する。これは罪作り。なぜなら販売情報の「枯渇」という深刻な事態に、感動で舞い上がった本人が気付かないからだ。対策を講じる機会を失う。
感動にむせんだ本人は「販売には根性だ!」みたいなタイトルの怪しげな本の一冊も書くかもしれないが、無能を証明する以外の何物でもない。本の題名は「セールスマンの打上げ花火と悲劇」と改題すべきかも知れない。図書館で一年修養を積んだ「落ちこぼれ」だけが、このトリックを見抜けるのは皮肉である。
誤解が無いように補足をする:
確かに筆者は一期一会を貫いた。けれども、筆者には「第二・第三の筆者」に相当する販売店が付いていたから、二度目三度目のフォロー(=同じ顧客への繰り返しの訪問)を、彼らが代行していたのだろうと考えている。彼らには他の用事で同じ顧客を再訪する機会が幾らでもあったから、手間要らずでフォローが出来た筈だったから。
販売店を通して売ると中間マージン(=販売手数料)を取られる事になる。嫌がるセールスマンは多いが、これは間違い。フォローする為のコストと時間を考えれば、販売店を使う方が遥かに有利だ。その間に、浮いた手間を使ってこっちは他の「新しい顧客」を開拓する事が出来るからだ。
中間マージンという目先の損に目をつぶり、筆者は長期の視野に立って得を取った。他の同僚営業マンと違った点だった。
「人を使う」とは、そういう事を意味する。例えば会社の社長を見れば判る。社員を雇って(=中間マージンを払って)自分の遣りたい事を能率よく他人にやらせているではないか。しかしここで多くの人が勘違いするので注意して置きたい点が一つある:
他人を使えば、言い換えれば部下を持てば多忙な自分の仕事が「ラクになる」、だから人を使うのだと考えがちだ。これは「ラクをしたい」という姿勢。大きな考え違いで、これでは出世できない。人を使えば自分は今の「倍の仕事が出来る!」と前向きに考えないといけない。
オレは部下を持つ身分になったから、朝一番の仕事として机に足を乗せてコーヒーを飲みながら日経を読めるようになったというのは間違い。部下がオレの仕事の一部を肩代わりでやってくれるから、浮いた時間で自分は(例えば)新製品を開発しようーーーというのが、正しい姿勢と言いたい。
考え方の落差は大きく、出世の分かれ目がここにある。販売店を使うのはこれと同じ理屈で、つまりは他人を使えば、二倍の売上を上げる事が出来る!ようでなければならない。 前向きに生きる、とはこういう事だと思う。
(★因みに筆者は現在社長で81。朝一番の仕事として机に足を乗せてコーヒーを飲む事はない、代わりに新製品を開発したり工作機械を動かしたり、土日無しに働いている。社員の二倍働くとまでは言わないが、地位や歳の理由を使って休む事はしない。病気ではないのだから)
筆者は同じ顧客へ二回目を訪問する時間的余裕が無かったが、時々は販売店へ「あのお客は、未だ何を血迷っているんだろうね、ちょっと背中を押して上げてよ!」位の催促はしていた。商談の90%を筆者が決めてはいたが、顧客の背中を押す為に残りの10%を彼らに委ねた。社長が部下へ言うのと同じ: 「君、(指示をした)あの計画は上手く進んでいるかね?」
「一期一会」は、それ以来今日まで筆者の生き方として定着し血肉化している。この女を抱くのは今日が生涯で最後、配偶者の腰を揉むのは今夜が最後の機会、美しい桜を眺めるのはこの春限りのチャンス、この豆腐を食すのはこの食事限りーーーという「一念」を何処かに持ちながら生きている。「今日一日限りが、全人生」の生き方は、毎日の生活を味わいを深くさせてくれる気がする。
もっとも他人には迷惑な面もある。仕事に手を抜く社員を眺めた時に:
「今夜帰り路で交通事故に遭って、君はきっと死ぬだろうーーー。残された人生は今しか無いのに、どうして『今この時』に燃焼し尽さないのか、死ぬ間際にきっと後悔するよ」と、つい嫌味な目を作ってしまう。
創業者というものは自分と同様に考えて、全力の働きを部下に強い勝ちではある。だから人に嫌われるが、仕方がない。




