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亀が空を飛ぶ方法 (第二作)  作者: 比呂よし
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一期一会(いちごいちえ)

44. 一期一会( いちごいちえ)


 ここで頭を休める為に、「おとぎ話」を一つ挟みたい。 誰も疑わない話に嫌疑の目を向けるのは、時に真実への道となる。


 セールスの世界では往々にしてこんな話を聞く: 粘り腰で10回通い詰める努力があったから、その甲斐あって、熱意にほだされた顧客がとうとう根負けしてーーー、終いに大型物件の受注に成功した。目出度し目出度し、パチパチパチ! 

 そこにはセールスマンの熱情・根性の外に、浪花節の涙と喜びと、勧善懲悪さえある。語るも涙、聞くも涙の話に99%の人が感動する。足りない1%は天邪鬼な筆者ただ一人である。


 筆者は好んで美談を壊したり、人の努力をけなす意地悪ではないが、この話のウソを「見抜く」には、それなりの技量が要る:


 筆者のセールス活動のモットーは、「一期一会」(いちごいちえ)であった。 元はお茶の世界で使われ、客を接待する時の心構えの言葉であったらしい: 素敵な貴方に会えるのは、今日が「生れて初めて」のラッキーなチャンス。しかも、折角お会い出来たのに、悲しい事に同時に「今日が最後のお別れで、貴方とお会いする機会は生涯にもう二度と無い」という切羽詰まった一種の哲学である。お茶の世界で、もう「後が無い」という心構えを指す。


 また次回があると思えば、今回に手を抜くこともあろう。しかしもう後がないからこそ、失敗は許されず貴重な時間である今こそ、貴方の為に私のベストを出し尽くしてお仕えします、という意味である。


 筆者のセールスはこれに似ていた。この顧客と再会する機会は「生涯二度と無い」のだから、こっちは相手の全てを(明日と言わず)今日中に隅々まで「知り尽くしたい・吸収したい」という気持ち。同時に相手方が筆者という人間を「鑑賞する」機会も、「今この時」をおいて外に無い。だからこそ筆者が持てる自分の「最高の姿」を演じられるのは、人生にたった一度「今しか無い」ーーー、という気持ちであった。


 セールスで、筆者はこれを殆ど百パーセント実行するように心がけていた。言い換えれば、製品を買う客ならば(明日や1ケ月先と言わず)今日この場で注文を決めて貰う(=決断してもらう)というやり方。何故なら、筆者には「じゃあ又、今度ね」の再訪のチャンスは無いのだからーーー。


多くの場合これは実際に可能だった。だから高額な商品ではあったが、筆者のセールスは「密度が濃く」即断即決。顧客とのやり取りは、「勝つか・負けるか」の息詰まる真剣勝負みたいな処があった。少なくとも筆者の意識ではそうで、これが筆者の「一期一会」であった。


 ああ、あの時にAの資料を持参しておれば注文が取れた筈だのにとか、Bのサンプルを車に積んでおったら役立ったのにーーーという後悔はしない。なぜなら「次回」の訪問も、再チャレンジの機会も「存在しない」からだ。

 この「毎回一度切り、真剣勝負」のやり方が、セールスに油断を与えず磨きを掛けたのは確か。全力を出し切るから、仕事を終えて顧客の会社を退出した際には、文字通り消耗して営業車の中に倒れ込んだものである。


 それでも結果として、商品が売れなかったケースは「沢山あった」。けれども、筆者は決してガッカリはしなかった。ヘンな自信が付いたからだ: 仮に「(筆者以外の)誰か別の」セールスマンが10回再訪したとしても、ここへは「絶対に売れる見込みが無い」という「揺ぎ無い自信」を持つ事が出来たからだ。筆者が精一杯やっても不可能な事は、外の誰がやっても出来はしない。ただ、後悔するような不充分な事をやらない、これが一期一会であった。


 後年経営者となってから気づいたが、この一期一会の考え方は、サラリーマンが出世する為の重要なポイントだと気付いた。会社の上司というのは、大体こんな風に考えているからだ。例えば、会社が偶然「飛び込みの引き合い情報」を得た時を想定すればよい:


 それが大きな商談で有望に見えるとき、この「ラッキーな美味しい情報」を、どの部下へ回付してフォロー(詰める)させるかで上司は迷う。仮にA君に任せたとしよう。けれども、当初の見込みに反して、受注に到らない場合がある。それが、A君の責任でないとしてもーーー。


 しかしここが大切な処で、決して上司をこんな風に嘆かせるようであってはいけない:「ああ、(A君ではなく)B君にアノ有望な情報を回付しておけばよかったなあーーー」と。


 何故なら、もしB君へ回付して(結果的に受注出来なくても)上司には諦めが付くからだ: B君が受注出来なかったんだから、そりゃ無理だ。他の誰に回していたとしても受注出来た筈はないーーー。これは先の筆者の場合の(誰が訪問しても)「絶対に決まらない」という自信と、共通したものがある。


「受注が決まらなかった」という同じ結果なのに、上司の心の内でA君とB君を見る目に「正反対の差」が生じる。その商談が大きければ大きいほど上司の印象は深く、最悪こう思う:「A君に任せると(受注出来るものも)受注出来ないなーーー」 


 懲りた上司は次回から有望なチャンスを決してA君に回付しないようになり、自動的にB君に回付する。A君には、どうでもいいような貧弱な情報しか回さない。

 結果、A君はじり貧となり、B君はますます売上増で上司の覚えが目出たくなり、出世する。チャンスというのは公平に訪れるものではなく、成功する人(B君)に益々多く集まり、失敗する人(A君)からチャンスは益々遠ざかるという法則がある。


 利益追求が至上命題の会社は学校とは違う。弱者を助ける為に、A君へ敗者復活戦のチャンスを与えてくれる親切な上司なんて少ないものだ。何故なら上司も自分のノルマを抱えているのだから、A君を頼りにしておれないのだ。


 次のチャンスから外されるA君の目には、理不尽で無慈悲で不公平に映るかも知れないが、考えが甘い。何故なら本当は「公平だから」そうなるのだ:物件の大小に関わらず日頃から全力を尽くす者、即ちB君が報われる形で「一期一会」がちゃんと生きている。頼まれた仕事に常にベストを尽くすかどうかで測られ、人の力量とか値打ちというのはそうしたものだ。


 筆者がこんな一期一会の話をすると、多くの人が、「毎回真剣勝負ーーーだなんて、凄いね!」と感心する。 けれども、実は凄くもなんともない。そう「せざるを得ない」事情が筆者にあったからだ。


 既に述べた通り、筆者の手法としてクマデで情報を多量に掻き集めていたから、それらを消化しないといけない。更には、販売店の「第二・第三ーーーの筆者」へお経の手解きもしなくてはいけなかった。「神様の振り」もしなければならず、一日が24時間では足りない。

 この為に同じ顧客(=或いは、部署)を、二度繰り返して訪問するだけの時間的な「余裕」が無かった。だから嫌が応にも、たった一回の訪問で何もかも「全てを完結」せざるを得なかったのである。


 何であれ、沢山あれば無駄に使われる。お金も沢山あると、吟味せずに無駄な買い方をする。時間も例外ではない。超多忙で時間が潤沢に無かった筆者は、「じゃあ又、次回にねーーー」なんて贅沢を言えない。否応なしに今しか無いという切羽詰まった「一期一会」の他に商談のやりようが無かったのだ。手品の種明しを聞いたら、他人がさほど感心する程の事ではない。


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