偽せ者の自分
39. 偽せ者の自分
因みに、先の「小さな笑い」を混ぜる定理は意外な副産物を生んだ:それは、人は笑わされた時、自分を笑わせた人間を「嫌う人はいない」という人の心理である。女を口説くコツでもある。
元エンジニアで赤面症の筆者は元々人嫌いで、無愛想で人付き合いが悪い。人と一緒にいるより、ムシムシ独り本でも読んでいる方が本当は好きなタイプ。だから基本的に、そんな筆者を好きになる人は少ない。
けれども「笑わされる」と、無論顧客もそうだが、特に「門前の小僧達」はにわかに筆者に親しみを持つようになった。ドングリ目君だけでなくあちこちから声が掛かり、筆者と友達になりたがったから、モテモテ。近所のメス犬でさえ、結婚したがった位だ。
会いたいが為に、或いは話をしたいが為に、筆者へ気軽に問い合わせて来たりするから、情報が益々集まるようになる。これが更に筆者の売上げを押し上げる結果になった。周りが寄ってたかって筆者の売上げ増に協力したくて堪らない風に、筆者の周囲をぐるぐる回っているーーー、そんな気がした。ツキがツキを呼ぶように、上へ上へと筆者を押し上げて行った。宗教の元祖というのは、きっとこうして出来上がるに違いない。
本当を言うと人嫌いな性格の筆者は、多くの人から接触されるのは内心迷惑だった。それでも、ビジネスに付随する付帯経費と割り切り、仕方なく我慢していた。初めの内は、人嫌いなプライベートの自分と、商売上計算して作り上げられたモテモテの偽物の自分と、正反対な二重人格を使い分けて運営していた。器用なものだったと思う。
けれども、次第に目が回るように仕事が忙しくなって来ると、一日の内で後者の「モテモテ」を演じる、所謂「偽の自分を演じる」時間の方が長くなって来る。こうなると人とは妙なもので、二つの人格を自分で厳密に区別が出来なくなって、一体どっちが本当の自分なのか分らなってしまうものだ。終には「偽の自分」が優勢となり、人格の全体を支配するようになった。
序でに内臓の一部も変化したようで、以前の「ネクラで・自信が無く・笑いの少ない・不細工で堅物な」人間から、「明るく・自信に満ちて・冗談好きで・人を笑わせる・格好の良い人間」へと人柄が変わった。満月みたいに自信が満ちるせいか、声も勝手に大きくなり、筆者がしゃべっていると何処にいても目立った。
人はこんな風に言い勝ちである:「あの人は、性格が明るく外交的で自信に満ちている、だからーーー、あのように出世したのだ」と。或いはこうも言う:「そう。だからーーー、彼はセールスマン向きなのだ」と。けれども、これは二つともウソのようだ。
正しくは:「あのように出世したから、ネクラが改善され勝手に声も大きくなり、明るい性格になって、自信家へ変化したんだよ」
人の性格や人柄というのは案外「単純な仕組み」に出来ていて、状況に拠って後から作られるものだという気がする。多くの人が、そういう事に気付いていない。販売活動を通じて筆者は多くの事を学んだ。




