見えない勲章
33. 見えない勲章
余談を一つ:
この会社は米国に本社と工場があり、日本市場を含めて世界各国に子会社を設置したり、代理店網を敷いていた。先の東京での営業会議から数ヶ月もすると「クマデ」という日本語は、世界中の代理店の間を駆け巡った。先のMrヤンカースが行く先々で、 「新しいマーケテイング」と「電話をしない奇妙なセールスマン」が「クマデを使って情報をかき集める」として、紹介して回ったからである。
「親愛なるMrクマデ」という宛名で、その年の暮にグループ内のフランスにある代理店の女性社長からXマスカードが届いたから、それが判った。カードには、機会があれば極東の電話をせずに売る「物静かな紳士」に、是非一目会いたいものだと書いてあった。
けれども、残念ながらその機会はついに巡って来なかった。その前に筆者はこの会社を去り、ライバルとなる「現在の会社」を立ち上げてしまったからだ(これは後述する)。
先に述べたMrヤンカースが筆者の講演を聞いて、どの部分に本当に感心したのか、尋ねる機会がないまま、今もはっきりしない。米国での販売手法との差異に驚いたか、筆者がゼロからトップセールスへ短期間に駆け上がった劇的な変化の為か。兎に角「クマデ」が、米国人の会長に強い印象を残したのは、確かなようだ。
他人に「強烈な印象を残して置く」のは、他日「案外金儲けになるーー」というエピソードを付け加えておこう。覚えて置けば得になる。
と言うのも、(経緯は後述するが)筆者がその会社を辞めて約ニ年後の話になるが、数千万円の年収を示して彼が筆者を買い(=ヘッドハント)に来たからである。新たに日本に設立する別の会社の社長になってくれという要請だったから、仰天した。こっちを「金のクマデ」と勘違いしたらしい。
◎「これで分かるだろ! 出世したけりゃ、セールスマンになり給え。社長への一番の近道だ」
けれども筆者は、当時このウマイ話を断った。小っぽけながらも「父ちゃん・母ちゃん」の二人だけの新しい会社を始めたばかりで、経営者となっていたからだ。これは筆者をヘッドハントしようとした会社の、やがて強力なライバルに育つ会社だった。
「奥さん込みで雇うから、そんな二人だけの会社なんか止めちまって、ウチへ来い」と高給を提示して強引に誘ったのだから、米国人はドライカレーである。いや、将来自分の会社の邪魔になると見て、小さい内に芽を摘んでおこうと思ったかも知れない。そんな先を見通していた戦略ならば、流石に切れ者であった。
ヘッドハントの提示金額に比べたら、当時よたよた会社の父ちゃんの給料は1/5程度、母ちゃんは殆ど無給であったが、誘いに応じなかった。高給であっても「雇われ」のサラリーマン社長が嫌で、むしろ起業した会社を育てたいという気持ちが当時強かった為だ。
結果的に、「案外金儲け」は筆者の場合に限って実現しなかったのだが、Mrヤンカースからの誘いを「見えない勲章」として、心の中だけで当時有り難く頂戴しておいた。




