どえらい話
32. どえらい話
外資系の会社だったが、翌年の春米国本社の会長も来日して、東京で営業会議が開かれた。一年前の「落ちこぼれ」が一躍トップスターなのだから、ルンペンがいきなり王様に出世したようなもの。会議で筆者は鼻高々、鼻の髙さは三米にも達したろうか?
得意になって、自分の手法を披露した。けれども人は様々でーーー、「アノ落ちこぼれが」という見下した意識が抜けず、社員全員が半信半疑であった。筆者の好成績の受注は、偶然がうまく連続して重なった超偶然に過ぎない、と見たのである。
最も重要なノウハウであった例の、「ウッス!」の呪文で関所の門番を痺れさせたテクなど、誰も本気にせず冗談としてげらげら笑った。筆者が安井親分の「子分」か「召使い」まがいに甲斐甲斐しく動き回る姿は、奇異にさえ見られた。(どんな書物にも書いてない)実証済みの販売ノウハウの筈だったのに、筆者の話に誰一人メモも取らず、あろうことか、逆にこんな風に批判したのである。
「『子分や召使い』だなんて、(我ら)メーカーの自主性もプライドも無いじゃないか!」と、一人が先ず難癖を付けた。 1.5倍の差を付けられたのを根に持った、成績が二番手の男だ。更に、日本人の社長も不満気味に苦情を漏らしたのである:
「営業日報の写しをファックスで販売店にやるだなんて、一体何を考えているんだ、君は! こっちの手の内をばらすのと同じじゃないかーーー。 報告書を作成するとすれば彼らこそが、自分達の営業振りをメーカーのウチへ報告するのが筋じゃないのかね!」
批判は続いた:
「その安井さんとやらを、君は親分だなんてエラク持上げているけれど、ヤツは実質
働かず、アソコやココヘ行けと電話一本で、まるで手下みたいに君をアゴで使うそうじゃないか? しかし、それはまあ許すとしよう」
「はあーーー?」
「しかしだよ、君。指図する電話代なんか10円だぞ。 君の働きと努力で300万円の注文が取れたのに、売り上げの20%の60万円のマージン(手数料)をやるなんてーーー。たった10円のコストで60万円儲けるのは、まるで泥棒だよ、そこのS工業という会社は!」
同僚の営業マンらは直接顧客に自分で電話でアポ取りをし、精々5~10%程度の値引きで(苦も無く?)受注していた。 上司から(落ちこぼれの特権で)許可を得ていたとは言え、どの商談に対しても筆者が最高限度の一律20%(値引き率)をS工業へ与えていたのは、破格に気前が良かった。
けれども、なに、こっちだって男だ。負けてはおらず、反撃の一打を返した:
「安井さんが「電話一本の10円」で60万円儲けたのは、確かに分のいい商売に違いない。 けれども、その10円の情報が無かったら、ウチは300万円どころか3万円の受注さえ無かった事になる」
「ーーーー?」 全員は押し黙った。
「情報の値打ちは値段では測れない。歴史を見たまえ。織田信長が桶狭間で勝利したのも、そこの狭い盆地で今川義元が目下「休・憩・中」という情報を、細作から入手したからこそだと聞く。 たった三文字の情報の価値は300万円の注文どころか、一ケ国の値打ちにも相当する。諸君、信長を見習い給え!」と、一歩踏み込んだ。かなり高飛車であったが、トップセールスという鼻息の荒さがそう言わせた。大倉山の図書館で一年遊んで得た歴史の勉強が大いに役立ち、みんなを煙に巻いた。司馬遼太郎の「国盗り物語」のお陰だった。
調子に乗って更に勢いづいた:
「それに、10円で60万円というご馳走があるからこそ、味をしめて安井さんは「死に物狂い」の熱心さで、情報を掻き集めてくれる。もし6万円しかやらなければ、6万円分の情報しかくれないもので、人を安く使おうとケチるなら、こっちもそれだけの情報しか得られないものだ。儲けさせてやればよいじゃないか。儲けたからといって、我々がねたむ必要はない!」
「ねたむ!・ねたまない!」の嫉妬論で、会議はあらぬ方向へ紛糾した。
分からず屋の他の営業マンも筆者の手法に批判的で、批判をしない人も懐疑的だった。何せ過去丸一年、目を覆うばかりの落ちこぼれセールスマンだったから、誰も本気に聞かなかったのである。けれども会議の席に、一人だけ例外がいた:
日本の商習慣を知らない男。傍に寄り添う秘書に通訳されていたが、筆者より六~七歳上だっから五十少し前だったか、米国親会社の会長Mrヤンカースで、グループの総帥であった。創業者であっただけに、切れ者で通っていた。
演壇で立って説明する痩せた筆者の姿を、彼は頭の上から足の先まで巻尺で測るようにして凝視しながら、始終黙って聞いていた。安井親分の「ウッス!」の呪文の処でも殆ど笑わなかったが、これは通訳者が下手だったせいに違いない。英語には「ウッス!」の単語が無かったからか。けれども、筆者の「熊手」で掻き集める情報の大量生産的なやり方に、彼は目を見張った。「東洋の魔法」と映ったのである。
10円の情報に60万円を支払う気っ風の良さには、頭を振って大きな吐息をついた。筆者は演壇から米国人の熱のある目を見返しながら、この男一人が「情報収集の重要性」を認識しているーーーと感じ取っていた。演壇で筆者が長い説明を終えると、こう呟くのが聞こえた:
「Fabulous story ! Being #1 is not coincident! :どえらい話だ!(ヤツが)ナンバーワンであるのは、偶然の結果ではない!」




