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亀が空を飛ぶ方法 (第二作)  作者: 比呂よし
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物は要らんかねえ、セールスマン

15.物は要らんかねえ、セールスマン


 どちらかと言えば、筆者は人付き合いが億劫なタイプの人間。そんな性格もあって、自分のキャリアを生かせる工学・技術分野の仕事に拘っていた。が、浪人稼業が一年半も続くと流石に貯金が底をついた。筆者以外の家族は食い物を求めて皆大食漢だから、「マンモスを狩れないなら、銀行強盗でもカッパライでもやって来い」と言わぬばかりの顔になって来た。いや、ありありとそう見えた。


 家計の経済として、もはや職種に拘っておれる状況ではなくなった。長年培った技術や語学のキャリアも、エリート意識も捨てざるを得ない。語学一つとっても、マスターする為にどれだけの金と年月を費やしたかと思うと、過去を否定されるようで、辛かった。それらを失うと、「無愛想な痩せた中年のオッサン」以外に何も残らない。が、諦めるより仕方が無くなった。


 諦めた目で新聞の求人欄を改めて眺めてみると、「あちこちにある」求人に気が付いた。しかも「運転免許証一つあれば、OK」、中には「誰でも出来る」と書いてある。年齢制限も緩やかで如何にも気楽そうだから、「息さえしておれば」それが応募の有資格者に見えた。ヘンな学歴など反って邪魔なのだ: セールスマンであった。


 採用の基準も甘く、もし多少の経験でもあって、「私はN社で売り上げNo.1を張っていましたーーー」と、ウソの一つでも面接時に言えれば、それだけで即採用OKであるらしい。これくらいのウソなら、自分にもつける。


 けれども、人嫌いで口下手で、硬い鉄しか相手にした事の無い技術屋の自分に、セールスマンが「最も不向き」な職業であるのは誰の目にも明らか。仮に給料が百万円と言われても、親に訊いたら「やめときなさい」と、言われるだろう。

 筆者の父親は元電気技師で、祖父は鉄道の測量技師であった家系を眺めても、これが分かる。朝から晩まで人に会っておしゃべりをするのがセールスマンの商売だから、畑違いもいいとこ。まるで「亀が空を飛ぼうか」というに似た無謀な落差があった。


 船や橋をこしらえたり発電所を建設したりするのは一点の卑俗な処も無く、様々な職業の中でエンジニアこそが、最も格調が高いと筆者は信じていた。

 対して聞いた話では、平日の夜は接待の宴席、土日はゴルフなど口一つで人をたぶらかす最も「いかがわしい商売」がセールスマン。百八十度対極の低級なものと、これまた偏狭に信じていた。流石に身を落とす気がしたが、それでも他に仕事が無く、数ケ月分でも給料が欲しかったのである。数ケ月後はどうするかって? そんな事考える余裕は無かった。


 思い切って応募した。面接に臨んで笑顔を作らなかったけれども、未経験なくせに経験があるかのように二つ三つウソをついたら、その場で採用された。あれほど難しかった就職が超簡単であった。機械工具を販売するカタカナの社名である。こうして四十ニにして初めて、温室育ちで堅物のエンジニアが「セールスマン」へと転身を図ったのである。

さてこの後、何が起きたかーーー? 


 現実問題として考えれば判るが、世の中にウマイ話などある筈は無い。「無条件・無資格・学歴不問」の採用条件こそ、落し穴。「採用され易い」だけに、最も困難な仕事の一つである。直ぐケツを割って辞めるから、会社側では精力的に「無条件で」次々新人を採用しなければならない事情がある。これに引っ掛かったのが筆者だったが、後の祭り。


 実際に、ある大手の食品会社のケースだが、大卒を「営業職として」毎年春に百数十人雇うが、数年後にそのまま「同じ仕事で」残っているのは数人だと聞く。販売ノルマがキツイのか、大部分がセールスに不適合者だったのかーーー。それは兎も角、これが世間で格別珍しい話ではないし、かと言って、その食品会社が世の悪辣な会社という訳では決してない。


セールスマンとは実力一本槍だから、勝ち負けのはっきりした元来「そうした世界」。弱肉強食、情け容赦が無く、流石に命まで取られる事は無いにしても、「よう売らない」人間は、使い捨ての「クズ同然」。


 不幸にしてセールスの世界で使い捨てされた者は、元々手に技術がある訳ではないから、転職先で又セールスマンとなる。先に書いた通り、営業の仕事は見つかり易い。が、A社で失敗したセールスマンは、大概B社でも成功は出来ない。セールスの基本は、共通だからだ。会社から会社へ流浪して、歳を食ってしまった「よう売らない」セールスマンが一丁出来上がる訳で、巷にどっさり棲息している。


 そんな「セールスマン崩れ」ほど惨めな存在は無い。人間がスレているだけで、セールスマンを次々中途採用する販売会社は、こうしたスレた流れ者の「掃き溜め」であるケースが多い。筆者はこんな現実を見ているからこそ、販売会社の経営者になった今、売り上げ成績の芳しくない若い営業マンへ、こう言ってネジを巻くのが口癖である:


「ねえ、君。(セールスマンとして)ウチで成功出来なかったら、他社で成功出来るなんてーーー、そんな甘い事を考えるなよ。それは大間違いで、何処へ行っても成功出来ないから、保証してやるよ。セールスの基本は、何処の会社でも共通だからさ」 

 先ずこう言って、命の縮むほどの寒気を感じさせてやるのだ。続いて:


「だから、君はここでクソ頑張りを通す以外にないんだ。頑張って成功したら、他へ移っても必ず成功出来るのを保証してやるよ。他へ移って自分で会社を立ち上げた人間さえいる。身近に少なくとも四人を私は知っている。内の一人が私だから、この話はウソじゃないんだ。頑張り給え!」と、脅し半分で励ますのだ。


 こういう言い方で諭す時もある: セールスマンは、スポーツ競技に似ている。オリンピックだよ! 勝負に誤魔化しが無く「胸がすく程フェアで、清々しい」。優勝した選手が表彰台に立ち勝ち取った栄冠に本人は涙し、眺める人も感激するじゃないか! No.1になったのは偶然の結果ではないのを誰しも知っているからだよ。


このオリンピックのフェアなルールは、実はセールスの世界そのものなのだ:先の肉屋の話の通り不公平と理不尽がまかり通る世の中で、セールスマンだけは別格。名前だけの学歴や出自や顔の美醜は無関係だし、ゴマスリもお金もルール違反も部落出身も関係が無い世界だ。ただ、売上数字さえ上げれば良い。それ以外に人を測る物差しは無く、努力は数字で正当に評価される。そんなフェアで素敵な商売が、外にあるかい!? 



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