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逃亡軍人と亡国女王の新大陸建国記  作者: 一月三日 五郎
第一章 白竜討伐編

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第6話 空の王者との決着

 バルザックと話し合った後、僕はすぐにアザリアと交渉することにした。

 旅に必要な物資を提供し、安全と思える行先に案内する代わりに

 戦力を提供してほしいと申し出た。


「話になりませんね。

 物資については、提供してもらわなくてもさほど困ってはいません。

 それにあなたが案内するという行き先が本当に安全か、私たちに確認するすべがありません。

 口約束だけで危ない橋を渡るわけにはいきません」


 アザリアの返答は辛らつなものだった。

 そう来る可能性は考えていた。


「これで考えていただけませんか」


 僕はアザリアに回復ポーションを差し出す。

 アザリアはほんの少し目を見開いた。


「その右腕、まだ治ってませんよね。

 ご自分には大地の癒しを使えないのでは?」


 僕の言葉にわずかに動揺を見せるアザリア。


「使えないわけではありません。

 今は使わないだけです。

 ……あなたも体験した通り、大地の癒しは治療中、無防備になりますから」


 アザリアは手を伸ばさなかった。


「……仮に手を貸したとして、あの鳥をどうするつもりです?

 あなたはすでに獲物として目をつけられている。

 どこに逃げようと追ってきますよ」


「……打つ手はあります。

 あなた方の力をお借りできれば、ですが」


 僕とて無策で交渉に臨んだわけではない。

 それなりの勝算があってのことだった。


「また囮役でもやるというのですか?

 あんな手は何度も通用しませんよ。

 それに、私の魔法では追い払うのがやっとです。

 正面から向き合えばあの巨大な羽で打ち払われてしまうでしょう」


 なるほど。

 アザリアが怪我を負っていることから想像してはいたが、ただのでかい鳥ではないらしい。

 魔物というだけあって魔法にも耐性があるのだから強敵とみて間違いない。

 だが、それを踏まえても僕には勝ち筋があった。


「お察しの通り、僕が囮になります。

 僕があいつの注意をひきつけている間にあなた方に一斉攻撃してほしいんです」


「大した蛮勇ですが、先ほども伝えた通り私の魔法では仕留めきれない。

 下手をすれば、そのままあの鳥のえさになるかもしれませんよ」


「覚悟の上です。

 ただ、黙ってやられるつもりはありません。

 やれるだけのことはやるつもりです」


「……自暴自棄になっているようにも見えませんが、どうかしてますね。

 死んだらそこで終わりですよ」


 自分でも不思議だが自然と笑った。


「死なないためなら死にそうになるくらい、どうってことはありませんよ。

 それで、協力はしていただけますか?」


 僕の少し狂気じみた自嘲に一瞬きょとんとしたアザリアの顔が面白かった。


「ふふ、あなた、少し変わりましたね。

 以前よりは、少しマシです。

 いいでしょう、私たちの力をあなたに預けます」


 アザリアはそういうと差し出していたポーションを受け取り一息にあおった。


 ◆◆◆


 アザリアに妖精たちの戦力を確認していたらあっというまに日が暮れた。

 ロック鳥がいつ来てもいいように準備も進めなくてはいけない。

 なので罠についてはバルザックに任せることにした。


 空を飛ぶ魔獣用の戦術は軍でも研究されている。

 戦力の前提が違うので、そのままでは使えない。

 だが、たたき台にはなる。


 バルザックは元上級兵だけあって呑み込みが早く僕の意図を理解して

 準備を整えてくれたので僕は作戦の立案に時間を割くことができた。


 ロック鳥に襲われた場所に立ち、あの時の記憶を呼び起こす。

 胴体を鷲掴みにされ、全身が獣臭い空気に包まれた。


 思い出すにつれ、胃の奥から吐き気が込み上げる。

 それを必死に押さえ込みながら、記憶に集中する。


 体高は二メートル、体長は三メートル。翼を広げれば、幅は五、六メートルはあっただろう。


 柔らかそうな見た目に反して剣では刃が立たず、アザリアの魔法も手傷を負わせるのがやっとだった。


 そう、剣は効かなかったが、魔法は効いていた。


 白竜とは違う。

 やつには剣も魔法も何も効かなかった。

 射かけた矢は表面を滑るように地面に落ちていた。


 途中から白竜の方に気が散ってしまったが、逆にロック鳥に対する過剰な警戒心が薄れていた。

 ボロボロにされておいてなんだが、白竜に比べれば格が違う。

 少し頑丈で大きな鳥に過ぎない。

 アザリアの魔法と妖精たちの協力があれば、楽勝な気がしてきた。


「また少し嫌な空気を纏ってますね。

 慢心は死を招きますよ」


 僕の内心の変化を察したのかアザリアが警告めいた諫言をしてきた。


 だが、僕はあえて笑って見せた。


「そうかもしれません。

 でも、奴は寝起きの僕を不意打ちしておいてしとめることもできなかった。

 白竜だったら、踏みつぶされても、ブレスの一撃でも、尻尾で薙ぎ払われても、即死だっただろう。

 それを考えれば、奴の攻撃力は高くない。


 その上、今は僕を狙ってくることもわかっている。

 おまけにあなたたちの協力もある。

 前とは全然違います。

 これだけ条件が整っていれば罠にはめるのは簡単です」


 僕は朝食の献立を説明するように朗々と作戦を語った。

 アザリアは何かをあきらめたような顔で聞いていたが、妖精たちは自信満々な僕の話に身を乗り出していた。

 説明を終え、アザリアたちが去って行ったあと、バルザックが声をかけてきた。


「随分とご機嫌でしたね。アラン様。

 さすがはドラゴンスレイヤーというところですか」


 バルザックが皮肉じみた賛辞を口にするが、僕を諫めているのは明白だった。


「……少し大げさに話したのは確かだけど、勝ち筋があるのは本当だ。

 白竜に比べればロック鳥が大したことないのも本当。

 ただ、その大したことのないロック鳥にとって、僕は餌でしかない」


 僕は苦笑気味に言った。


「悲観的に言っても仕方ない。士気の高さは勝敗に大きく影響する。

 特に彼らには絶対に勝てると思い込んでもらわなければ本当に負けてしまう。

 そうなれば僕は鳥の餌だ」


「アザリアは気づいたでしょうか?」


「どうかな。

 作戦が失敗したら、妖精たちを連れて逃げるかもしれない。

 そうならないように妖精たちをその気にさせたけど、結局はやってみるしかないね」


 白竜戦は、あまりにも唐突に始まった。

 今度の戦いは準備できるだけはるかにましだ。


 ◆◆◆


 その後、僕がやったことはシンプルだった。


 適度に開けた場所にテントを張り、ロック鳥の襲撃を待った。

 警戒されないよう、あくまでも無防備を装いながらだ。


 実際には、地面に差す大きな影を見落とさないようにしていた。


 妖精たちにも交代で警戒を頼んだ。

 やはり協力者の存在は大きい。


 僕とバルザックの二人だけであれば、数日で集中力が切れていた。


 待ち始めて数日後。

 夜明けとともに、ロック鳥が襲ってきた。


 顔には火傷の跡が残っている。

 前に襲ってきた個体で間違いないだろう。


 よく似た別の鳥、という線はなさそうだった。


 不意を突かれた前回と違い、妖精たちの警告で接近には気づいていた。


 急降下してくるロック鳥へ向かい、僕は大きく両腕を広げる。


 そして、抱きつくようにその足へ飛びついた。


 ロック鳥は一瞬だけ躊躇するようなそぶりを見せたが、

 次の瞬間には巨大な鉤爪で僕を掴み上げていた。


 鎧越しに伝わる凄まじい力に、焦る気持ちを押し殺す。


 登山の時は恨めしかった重たい鎧が、今は自分の身を守ってくれていた。


 そして、この状況からどうするかも考えてある。

 あとは手を動かすだけだった。


 僕は握っていたロープを、ロック鳥の足へ手早く巻き付けた。


 ロープの反対側は、近くの木に結ばれている。

 これでロック鳥は地面から離れられない。


 ここまでは上出来だった。


 だが、本当の勝負はここからだ。


「いまだ、テントを落とせ!」


 僕は空に向かって叫んだ。


 上空で待機していた妖精たちが、風を操り、浮かせていた軍用テントを地上へと降ろした。


 ロック鳥は僕という重しを抱えたまま、脚をロープで繋がれていた。

 頭上から迫る巨大な落下物を躱すことなどできない。


 テントに染み込ませた油の臭いが鼻を突く。

 正直、あまり長く嗅いでいたい匂いではなかった。


「悪いが、僕はお先に失礼するよ。

 ……せいぜい楽しんでくれ」


 僕は一本の鉤爪の根元へナイフを押し当て、ポーチから取り出した金づちで思い切り叩きつけた。


 人間なら、爪を剥がされるようなものだ。


 ロック鳥の、空気を切り裂くような絶叫が静かな森へ響き渡る。


 たまらず僕を放り出したロック鳥は、痛みから逃れようと滅茶苦茶に暴れ回った。


 鉤爪から解放された僕は、その隙にロック鳥から距離を取る。


「アザリア!」


 僕が名を呼ぶと同時に、炎の玉が油まみれのテントへ放たれた。


 瞬く間に燃え広がった炎が、そのままロック鳥を包み込む。


 空の王者は絶叫を上げながら、炎に包まれたまま地面をのたうち回った。


 だが、それも長くは続かなかった。


 やがて森には、静寂だけが残った。


 ◆◆◆


 終わってみれば、こちらの被害は僕のかすり傷だけだった。


 消費したのは油とテント、それにロープ。

 どれも、自分たちだけでは使い切れない物資のごく一部に過ぎない。


 勝利はした。

 だが歓喜に震えるというより、上手くいって安堵したというのが正直なところだった。


 妖精たちも、そんな僕の様子を察したのか、騒ぎ立てるようなことはない。


「やったわね! アラン!」


 ――僕の頭の上で大騒ぎしているミーアを除いては。


 アザリアもどこか呆然とした様子で、今なお燻り続けるロック鳥の死骸を見つめていた。


 その横顔を見て、アザリアもこんな顔をするのだなと思った。


 いつもは、どこか張り詰めたような雰囲気をまとっている。

 だからこそ、今の無防備な表情が少し意外だった。


 こんな時に何を考えているのだと怒られそうで、口に出すのは何とか堪えた。


 そこでふと、自分がアザリアを呼び捨てにしていたことを思い出す。


 緊急時とはいえ、さすがに不敬だったかもしれない。


 そう思いながら、僕はアザリアへ声をかけた。


「さすがアザリア様。見事な魔法でした」


 アザリアの顔には、驚きと少しばかりの苛立ちが浮かんでいた。


「世辞は結構です。

 あの鳥を討ったのは、あなたの作戦の成果でしょう。


 私の役目など、焚き火に火をつけた程度のものです」


 どうやら、少し嫌味に聞こえてしまったらしい。


 本心で言ったつもりだったのだけれど。


 ……これも価値観の違いというやつだろうか。


 助けを求めてバルザックを見る。

 だが彼は、すっと視線を逸らした。


 なんて頼りにならない男だ。


「あのね、女王様。アランは本当に女王様の魔法をすごいって思ってるわ。

 本当よ。決して馬鹿にしたりなんてしてないの!」


 僕の頭の上で話を聞いていたミーアが、慌てたように援護してくれた。


「……ふふっ、少しからかっただけです。

 悪気がないことくらい分かっています。


 ですが、少しは口の利き方を覚えなさい。アラン」


 どうやら、からかわれていたらしい。


 どこまで本気なのかは、まったく分からない。


 ただ、ミーアが僕の味方だということだけは間違いなかった。


 そして――アザリアに名前を呼ばれた。


 もしかすると、初めてかもしれない。


 少しは認められた、ということだろうか。


「それから、『様』はいりません。

 アザリアと呼びなさい。


 臣下ではなく、同盟者なのでしょう?」


 ロック鳥討伐を経て、僕は囮から同盟者へ昇格したらしい。


「わかった。アザリア。

 今後ともよろしく頼むよ」


 笑って差し出した僕の手を、アザリアは握り返してくれた。


 その手のぬくもりに、僕は今さらながら勝利の実感を覚える。


 白竜の時は、何が何だかわからないまま終わってしまった。

 勝ったという実感もなかった。


 だが今回は違う。


 ロック鳥の死骸という目に見える戦果があり、

 そして何より、自分の策で勝ち取った確かな信頼があった。


 ロック鳥の討伐は、自分一人の手柄ではない。


 それでも、確かな自信が僕の心に宿っていた。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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