【5章】この朱に想いを込めて 2
や、おしゃべり止まらないな。
女将さんのおしゃべりが一向に止まる気配がない。電車なら快速特急か通勤快速だろーね、きっと。新幹線の可能性もある。
オレはお茶とお菓子をつまみながら、女将さんのおしゃべりに付き合った。どうやら、彼女のお口はお茶菓子を燃料にして動くようだった。おしゃべり特急のんすとっぷ。
はぁ、と女将さんがため息をついた。彼女の吐息に憂いが溶け出しているような気がした。
「だからねぇ、私も結局あの子に甘くなっちゃって……」女将さんが言った。「ほんとはねぇ、もっと厳しくしなきゃなんだけどねぇ。ほらぁ、本人を前にするとなかなかそうもいかないでしょう?」
「えぇ、わかる気がします。じっさい口で言うのと心で思ってることって違いますもんね?」
「ねぇ、そおでしょ〜?」
「その、わたしも時々そうしちゃうことあります。『そんなつもりじゃなかったのに〜っ』って」
「わかるわぁ〜。いざ本人を前にすると言えなくなるのってなんででしょうねぇ?」
「はい、そう思います。なんか、こう……心ってあべこべですよね、いろいろと」
「ねぇー、ほんとうに。私もねぇ、べつに厳しくしたいわけじゃないんだけどねえ……」女将さんがまたため息をついた。「あの子を想ってのことなんだけどね、ついついキツい口調になっちゃって。どうせ後で『あんなこと言うんじゃなかった……』って思い返すの分かってるのにねえ?」
「そうですね、そう思います。言ってから後悔することって多々ありますもんね?」
「ほんとよぉ。なまじ口が回っちゃうもんだから、ついついアレコレまくし立てちゃって」
「男の人は口数すくない気がしますね、こういうときって。わたしの印象ですけど……」
「ほら、女は喋りたい生き物だから。男の人とは心が違う作りなのかもね?」
「違う作り……そうですね、そうかもしれません」
「私も正直ねぇ、たまに男性がうらやましくなるときあってねえ」女将さんが言った。「仕事だけに熱中できる人生ってどんなもんかなって。ほらぁ、女の人って家事に出産に子育てに色々やんなきゃでしょ?」
「えぇ、たしかに。男の人とはまた違う苦労がありますよね……」
「ねぇー、ほんとうに。かといって女がイヤかって言われたら……ほら、それもちょおっと違うじゃなあい?」
「ふ、ふふっ。そですね、ふふっ……」オレは笑いをこらえきれなかった。
「あら、なになにぃ。どうしたのお?」女将さんがきょとんとした。
「いえ、わたしも思い当たるフシあるなって思って。自分もどっちつかずなところあるなあって……」
「あらぁ、そーお?」
オレの頭には今こうして女将さんと話す自分の姿が浮かんでいた。心の性と身体の性が食い違ったまま、こうして女の人と世間話をする自分の同一性もやっぱりちぐはぐだった。
いま自分で言ったとおり、どっちつかずなのはオレのほうだった。
「こうしてお話するの楽しいです。女将さんのお話お伺いするのも、とっても」
「ごめんなさいねぇ、私ばっかりおしゃべりしちゃって」女将さんが言った。「こないだも娘に言われたんだけど、私いちど話すとなかなか途中で止めらんなくってねえ。ご迷惑だったらごめんなさいね?」
「いえ、そんなこと。わたしも楽しませてもらってますから」
オレは胸の前で両手を振って否定を示した。女将さんの口もとに笑みが浮かんでいることが嬉しかった。
カウンターの前で女将さんと話し込んでいると、お店の入口からぎしっと床が軋む音が聞こえた。音に誘われるようにオレは後ろを振り向くと、視線の先には先日お見かけした旦那さんの姿があった。
「あら、あんた」
女将さんは今お店に入ってきたばかりの旦那さんに声をかけた。旦那さんのほうは片手をあげて彼女の呼び声に答えた。良くも悪くも男性らしいぶっきらぼうな挨拶だった。
旦那さんが手を上げた直後、彼の視線は女将さんからオレへと移った。
「おぅ、お嬢ちゃん。また来てくれたのかい?」
「あ、どうも。お邪魔してますっ……」オレは軽く頭を下げた。
「今ちょうど話してたことなのよお、ミリアちゃんと」女将さんが言った。「この子ねぇ、お世話になった友だちにプレゼント買いに来たんですって。ほら、前にミリアちゃんと一緒に来てた女の子」
「へぇ、そうかい。そりゃあまた……」旦那さんが言った。「そんじゃあ、とびっきり良いもんにしないとねぇ。もうプレゼントは決まってんのかい?」
「はい、いちおう。前に来たときに気になってたものがあって……」
「そうかいそうかい、そりゃあいいことだ。ぜひゆっくり見てってくれよ」
「はい、お言葉に甘えて」オレはまた会釈をした。
お店に入ってきた旦那さんはカウンター横に移動した。近くにある宝石袋をガサゴソしているあたり、なにか必要なものを探しているように見えた。
「ねえ、あんた今日の売れ行きはどーお?」女将さんがたずねた。
「いやぁ、今日はすこぶる良いねえ」旦那さんが笑った。「さっきも年配の夫婦がお揃いで買ってってくれたよ、表に出てる商品ん中でもうんと高いやつを」
「あらぁ、ありがたいわぁ。ミリアちゃんが幸運を運んできてくれたのかもねえ?」
「い、いえ、そんな……めっそうもないです」オレは慌てて謙遜した。
「今日はおかげで懐もほくほくだよ、ほんとに。毎日こうだといいんだけどねぇ」
「なぁにガメついこと言ってんの、この人は。買ってもらえるだけありがたいでしょうに」
「はっは、違いないねぇ」
どうやら、旦那さんは今日の売れ行きがいいせいか上機嫌のようだった。女将さんも女将さんで嬉しそうな表情をしていた。売り上げがいいと気分もいいのかもしれない。
女将さんたちと違って、オレは客商売やったことないからなぁ。
売り上げが立つと嬉しいのは理解できるけど、どんな気持ちなのかまでは実感できないよね。じっさいに売り上げた人のみぞ知るリアルな気持ち。
旦那さんは何枚か宝石袋を手に持ったあと、オレたちに挨拶をしてから店を出て行った。
まるで、木枯らしがぴゅっと吹いたあとのようだった。旦那さんが去り際に落としていった柔らかい空気は、お店に残ったオレを不思議と優しい気持ちにさせた。
ひょっとしたら、あの笑顔には人の心をほぐすの魔法がかかっているのかもしれない。
ぶぅぶぅと家族の不満をもらしながらも、結局のところ女将さんと旦那さんは似たもの同士なのかもしれない。ふたりの笑顔はともに暖色にも似た色で彩られているように思えた。
「ごめんなさいねぇ、ずいぶんと話し込んじゃって」女将さんが言った。「今日はプレゼント買いに来たんですものね、ミリアちゃん。どうぞゆっくり見てってちょうだい?」
「はい、ありがとうございます」オレは頭を下げた。「あ、お茶とお菓子ごちそうさまでした。とっても美味しかったです」
「いーえー、おそまつさま。お口に合ったみたいで良かったわぁ」
オレは女将さんにお礼を告げたあと、先ほどと同じように再びプレゼント選びに熱中した。
いつの間にか、店内には何人かお客さんが入ってきていた。オレは他のお客さんの邪魔にならないよう、視界の端で周りを見ながらアクセサリーを見て回った。
あ、また喋ってる。
女将さんホントおしゃべり好きなんだね。なんかもう、お客さんと話すのも仕事のうちって感じ。
女将さんは他のお客さんとも楽しそうにおしゃべりしていた。顔見知りなのか常連のお客さんなのか、いま彼女が話している相手は親しげなようすだった。おしゃべり快速のんすとっぷ。
お店の中が賑やかな声で満たされた。
女性どうしのお喋りに場所も時間も関係ないのかもしれない。きゃっきゃと喋る女将さんたちの話し声は、心地よいBGMとして店内に響きわたった。
オレは次々にアクセサリーを見て回った。
金色のジュエリーから銀色のジュエリーへ。赤い宝石から青い宝石へ、緑の宝石から紫の宝石へ。棚から棚へ視線を移すたびに色も移り変わった。
色が目まぐるしく移り変わるさまは壮観だった。
金と銀を基調とした地金のほか、ところどころ赤みがかった金も含まれていた。あの淡い色合いが柔らかい金属光沢を放っている。
ピンクゴールドの地金を使ったアクセサリーは、やっぱり女性向けなのか華奢なデザインが多い。ピンキーリングが可愛いのはこちらの世界でも同じだった。ひょっとしたら、お守りとして身に付ける点も一緒かもしれない。
きらきらと輝くジュエリーたちがお客さんを出迎えている。
窓から差し込む日の光に照らされて、さまざまな色の宝石たちが呼吸をするかのようにきらきら輝いていた。どのアクセサリーもとびっきりの魅力で満ちあふれていた。
「……」
お店の商品に誤って手をぶつけちゃわないよう、オレは両手を後ろに回したままアクセサリーを見て回った。まちがって手ぇぶつけちゃったら怖いでございますのでね〜?(ほんとに!)
うぅーん、やっぱりスィラは赤紫かな。
緑もヘルシーで良さそうな印象だけど、あの子にはもう少し神秘的な色が似合う気がする。うん、赤みがかった紫が一番かな。
ラグジュアリーでミステリアスな赤紫。国や文化によっては「紫=情熱と冷静が融合した色」らしい。赤い情熱と青い知性が調和して紫になるんだってね?
紫は誘惑だね。
惑う人々を魅了する誘惑の色。あの紫には人の心を掴んで離さない何かがある気がした。
ラーニャに贈るプレゼントを探す中、オレは目の前にある宝石たちに次々と目移りした。こうしてジュエリーを見てるだけでも楽しい。こうして時間がどんどん溶けていきますゆえ。
宝石の魔の手にかかってしまう前に、あの子へのプレゼントを早く決める必要があった。
オレはお目当てのものを見つけようと、お店のなかをきょろきょろと見回した。んっと、前にラーニャと一緒に見たアクセはどこだろ。あの辺りにあった気がするけど——。
宝石棚の一角にお目当てのアクセサリーがあった。
オレはすぐに向こうの棚に近づき、脳内の記憶と目の前にあるペンダントとを照らし合わせた。赤みがかった橙の宝石が記憶情報の一致を示していた。
うん、やっぱりかわいい。
この朱があの子にはよく似合う気がする。この太陽みたいな宝石はあの子にきっとよく似合う。そんな確信めいた予感がある。
というか、プレゼントにペンダントって重いかな?
誕生日みたいな記念日のプレゼントならまだしも、なんのイベントもないごくごく普通の日だもんね。「なにげない今日と云う日がボクらの記念日〜♪」的なところあるよね。ありません。
んんー、どうしよっかな。
あんまりお高いプレゼントだと相手を困らせちゃうかも。かといって、ここまで来て今さら引き返すのもね。
ま、いっか。プレゼントとしては少し重たくっても、ラーニャが喜んでくれるならいいよね。あの子が笑ってくれるならきっと正解なんだと思う。だからおっけー。ぜんぶおっけー。
ほら、あとアレだし。
ラーニャと一緒に前ここ来たとき、このアクセあの子に似合いそうって思ったのは本当だし?(自己弁護)
「……」
オレは目の前にあるペンダントを手に取った。金色の地金で留められた宝石は色鮮やかで、夏の太陽と見紛うほど生き生きとしていた。
無機物の宝石から生命力を感じた。
まるで、今日ここで手に取られるのを分かっていたかのよう。このペンダントはこちらに無音の何かを伝えている気がした。
あ、そだ。キリカたちにも何か買って——。
ほかの友人たちにも何か買おうかと思った直後、オレは頭に浮かんだアイデアをすぐに手放した。こんな調子でお金つかってたら初任給あっという間になくなっちゃうね。浪費やばい(やばい)。
今回はラーニャのぶんだけにしよっかな。うん、きっとそのほうがいい。
いちばんお世話になってるのはあの子だから、今日はラーニャのぶんだけ買うことにしよう。みんなには今度また余裕ができたときに何かプレゼントしよっかな。よぉし、そうしよーっと(ひとり納得っ♡)。
オレは散財を未然に回避したあと、次回キリカたちに贈るアクセに目星だけ付けた。
キリカはあの水色の宝石で、ロミはあの黄色い宝石かな。ルイゼナはおしゃれさんだから、ピンクの石が付いたイヤリング。スィラには上品な金のネックレスとかいいかもね。
とりあえず、今日はラーニャへのプレゼントを買おう。
あの子に何か少しでもお礼ができるのが嬉しい。こうして自分で稼いだお金でアレコレ悩めるのが嬉しい。ほんとうに。
オレはプレゼント片手にカウンターへと向かった。お店のカウンターでは相変わらず女将さんがお喋り中で、こちらの姿を認めた途端ちょいちょいっと手招きをした。あの手招きもまた誘惑だった。
どうやら、午後の井戸端会議はまだまだ続くらしい。
ほかのお客さんも交えて始まったよもやま話は、オレがアクセサリーを買ったあともまだ続いた。




