後編
アリスは手紙を掲げると、口を開いた。
「こちらは筆跡鑑定も済み、遺言書として認められている物です。少し不思議な手紙ですがこれが何を意味するのか分かりませんので……証拠品として扱うかは裁判官の方にお任せしますわ。」
「……いいでしょう。証拠品として受理します。私にもこれが何を意味するのか分かりませんが。」
メイドのサーラは明らかに動揺しているように見えた。アリスはサーラに向かって言った。
「ええと、サーラさんでしたね。ディナーの際、ルイーズさんに屋敷で捕まえたネズミの肉を手料理で振舞われたとのことでしたが、サーラさんも召し上がったのですか?」
サーラは額に浮いた脂汗を拭きながら言った。
「あの……ええと、私は……私は食べておりません。」
「ルイーズさんがネズミをシチューに混入されている様子はご覧になりましたか?」
「い、いえ……見ておりません。」
「それでは、単に誰かから聞いた話をお話しされたのですね。」
「はい……そうです。」
「誰からこの話を聞いたのですか?」
サーラは凍り付いたように固まった。
「異議あり!」
慌てた検察のガブリエルが叫んだ。
(証言の仕方が先ほどとまるっきり異なるではないか!)
裁判官はガブリエルを制して言った。
「続けなさい。」
サーラは唇を震わせながら言った。
「ええと……よく思い出せません。」
「事件当時あの屋敷には本当にラファエルさんとルイーズさん二人きりだったと断言できますか?」
「いえ……断言はちょっと……。」
「ありがとうございました。質問は以上です。」
法廷がどよめく中、アリスは陪審員に向けてにっこりと笑った。続いて白髪の執事ジュードがフラフラとよろめきながら証言台に上がった。
「ジュードさん……でしたっけ?服を泥で汚されたり、靴を隠されたりといったことは日常茶飯事とおっしゃっていましたが、ルイーズさんがその『子供のようないたずら』をしているところを実際にご覧になったことがありますか?」
「……いえ、話に聞いただけでございます。」
「ラファエルさんは一方的に殴られてよく顔に青あざを作っておられたとのことですが、実際にルイーズさんが殴っているところを?」
ジュードはカラカラの口から掠れる声を振り絞って言った。
「いえ……、見たことはございません。もしかしたら転んで怪我をしただけだったのかも……。」
「ありがとうございました。質問は以上ですわ。」
ガブリエルは明らかに苛立ち、貧乏ゆすりを始めた。アリスに手番が代わってから、証人たちが急に自分が尋問した時の証言と全く方向性の違う証言を始めたのだ。
(一体全体、どうなってるんだ……?)
「それでは、最後の証人ですわ。クロエさん、お願いします。」
クロエは先ほどの泣き腫らした悲しみの表情から一転して、無表情で証言台に上がった。
「婚約破棄されたルイーズさんが『ラファエルなんか殺してやる!』と叫んでいたのを聞かれたとのことでしたが、いつ頃か覚えていらっしゃいますか?」
「ええと……その……空耳だったかもしれません。」
傍聴席が一斉にどよめいた。皆呆気に取られてクロエを見つめた。
「シチューは、本当にルイーズさんしか作らないのですか?」
クロエは視線を宙に泳がせながらゴクンと一度息を飲みこんで口を開いた。
「ええと……そういえばお義兄様もシチューを作ったことがありましたわ……!オホホホホ……そうですわ!自殺という線も考えられますわね。」
「……自殺?」
「は、はい!あくまで可能性としてあるということで……オホホホホ!」
法廷が静まり返り、クロエの笑い声が不気味に響き渡った。
「……ありがとうございました。質問は以上です。」
検察のガブリエルは呆然としていた。反対尋問をするのもすっかり忘れてしまっていた。アリスは裁判官と陪審員たちを交互に見てから言った。
「疑わしきは罰せず……という言葉がある通り、有罪になるには一片の疑問もあってはなりません。皆さんお分かりの通り、この方々の証言は全く当てになりません。第三者による犯行の可能性もあれば、自殺の可能性もあります。そして……皆さん考えてみてください。自らを殺した相手に全財産を相続するでしょうか?」
アリスはルイーズ、裁判官、陪審員たちの順に目を移し、ほほ笑むと言った。
「私からは以上ですわ。」
***
無罪――。世間をにぎわせた裁判は予想に反する幕切れとなった。
裁判後、裁判所の裏手には三つの人影があった。
「罪をルイーズになすりつけることには失敗したけれど、わたくしがお義兄様の唯一の肉親。遺産がわたくしたちの物になることは変わりないわ。大丈夫、何一つわたくしたちに繋がる証拠はないもの。この件は自殺で片付けられておしまいよ。誰もわたくしたちの犯行だと気づくことはないわ。」
「いやーしかしびっくりしましたよ。まさかあんな手紙が出てくるとは。」
「ほんとほんと!嫌になっちゃうわよねぇ。あんなに緊張したのは初めてよ~。」
三人はニヤニヤとしながら話し合っていた。
「何がそんなに……面白いのですか?」
三人が慌てて振り返ると、そこにはルイーズの弁護人、アリスが立っていた。
「な、なんでもありませんことよ!オホホ、オホホホホ!」
クロエは慌てて作り笑いをした。アリスが口を開いた。
「借金の返済のために義兄を殺すなんて、最低ですわ。」
三人はその場で硬直し、時が止まった。
「ラファエルさんは、気付いていたのです。皆さんが犯行を企てていたことを。そして、結婚が迫っていたルイーズさんまで揉め事に巻き込まれることを恐れて、皆さんの前で婚約破棄を告げたのです。」
クロエは目を白黒とさせながらルイーズの話を聞いていた。
クロエは七歳の頃、両親が自殺し、ベルトラン家に養子として引き取られた。クロエの両親が自殺したのは、ベルトラン家に商売で敗れ全財産を失ったからだった。ラファエルはクロエを不憫に想い、両親を説得してクロエを義妹としてベルトラン家の養子に迎えたのである。
クロエはことあるごとにこの義兄に反発し、殴りつけたが、ラファエルは誰にも言わず、決してクロエに手をあげることは無かった。そしてついにクロエは散財の結果溜まった個人的借金の返済のため、そして両親の復讐のため、同じく金遣いが荒く借金を抱えた使用人たちと共謀してラファエルを殺害し、その遺産を相続する計画を立てたのだった。元々ルイーズもその日まとめて葬り去る予定だったが、クロエは婚約破棄の一件でルイーズに罪をなすりつけることを思い付いた。
「それで……あんたいくら欲しいのよ?」
クロエはアリスを睨みつけて言った。アリスは言った。
「お金はたくさん持っていますので、要りませんわ。」
クロエはギリ……と歯を鳴らした。
「いつから怪しいと?」
「あなたの過去を調査している時にあのラファエルさんの手紙を読みまして、全てが繋がりましたわ。」
「わたくしたちをギロチン台に送るつもりね……。」
「本当はそうしたいところですが、何もいたしませんわ。ラファエルさんに免じて。ラファエルさんは誰も有罪にしたくはなかったのです。ラファエルさんはあの手紙を残せばルイーズさんが無罪になることを知っていた。そして、ラファエルさんはいくらでもあなた方がやった証拠を残すことができたでしょう。それをしなかったのは、きっとラファエルさんがあなたを本当の妹のように愛していたからですわ。」
(愛していた……?お義兄様がわたくしを?)
「あなたがシチューを作った時、すでにラファエルさんは毒を盛られている可能性があることに薄々勘付いていたでしょう。それでも、愛する義妹の作ったシチューだから食べたのではないでしょうか。」
クロエは、その時の様子を思い出した。
(わたくしのために婚約破棄してくださって嬉しいですわ。お義兄様のお口に合うか分かりませんが……。)
(クロエ、涙が出るほどうまいよ。お前が手料理を振舞ってくれるなんてなぁ……。)
「あ……あの時もう気付いていたというの……?」
アリスはクロエのことを真っ直ぐに見据えると言った。
「それと……遺産のことですが。ラファエルさんが亡くなる前にルイーズさんとの婚姻が成立しておりました。どうやら、婚約破棄を告げた時にラファエルさんがルイーズさんにサインをさせた書類は婚姻届けだったようですわ。ご存じの通り、夫が亡くなった場合、遺産は全額を妻が相続します。つまり、あなた方には一銭も渡ることはありませんわ。有罪無罪いずれにしても遺産はルイーズさんが相続する予定だったのです。」
「……え?」
クロエは空中を見つめたまま、膝からその場に崩れ落ちた。
「それでもあなたをギロチン台に送らなかったのは、きっとラファエルさんの優しさです。ゼロから更生して人生をやり直してほしいという想いでしょう。お三方とも、これから借金を背負ったままベルトラン家から追放され、色々大変だと思いますが頑張ってくださいね。あ、お望みとあらばいつでもギロチン台に送って差し上げますのでご心配なく。」
アリスはくるりと身を翻した。
「それでは、私はこれで。」
クロエは下を向き、二人の使用人はその場に呆然と立ち尽くしていた。白髪の執事ジュードが震える声で尋ねた。
「あんたは一体……。」
「私ですか?名乗るほどの者ではございませんが……。」
アリスはチラリと振り返って言った。
「アルノー家会計係、アリス・エマール・アルノーですわ。」
***
浜辺で夕日を見ながら、ルイーズ・ドゼーは砂の上に体育座りをして物思いに耽っていた。ラファエルが亡くなり、裁判を経て真相を知ってから、もうどれくらい泣いただろう。
(ラファエル様のために、私がしっかりしなくちゃ。)
ラファエルは、ベルトラン家をルイーズに託したのだ。これからルイーズはベルトラン家当主として、家を守っていかなければならない。ルイーズは愛しい眼差しで腹部をさすった。そこにはラファエルとの新たな命が宿っていた。
「さぁ、この子のためにも。前を向くのよ、ルイーズ。」
立ち上がったルイーズの左手の薬指には、ダイヤモンドが夕日を受けて紅く輝いていた。
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また、本作は「婚約者が知らない令嬢と結婚式を挙げていました」の後日談になります。よろしければ是非本編もご覧いただけると嬉しいです。




