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第12話 蛍の光

大好きだったおじいちゃんの棚田とそこで採れたおいしいお米。田舎の慣習にしばられながらも、陽子は棚田とおいしいお米の復活を目指します。

出会いは偶然?それとも・・・

 数年が経った。

「明日の夜、快と三人で棚田を見に行きたいんだ」

梅雨の中休みのある晩、夕食を食べながら良太が言った。

「夜?なんで?」

「明日は新月だから綺麗に見られると思うんだ」

「何が?」

「それは明日のお楽しみ」

「まあ良いけど」

「快、お父さんが明日の夜、棚田を見に行こうって」

陽子は長男の快に話しかけた。

「いいよ!楽しみ」

快がにこにこしながら答える。

 三歳位の子供は親と一緒にいつもと違うことをするのが好きだ。暗闇を怖がり始める前の、最後の一時期なのかもしれないと、快の反応を見て陽子は考えた。

「じゃあ決まりだね。明日は残業しないで帰って来るから、すぐに出発しよう」

良太が楽しそうに言う。

「車で行くの?」

「いや、歩いてだよ。大丈夫。快が歩けなくなったら僕が肩車するから」

「うわーい、お父さんの肩車!」

快が喜ぶのであれば、特に文句もない陽子だった。


 翌日の早晩、玄関の戸ががらりと開く音がした。

「ただいま」

良太の声がした。

「おかえりなさい」

陽子は台所仕事の手を止めて良太を出迎えた。

「今夜、行くの?」

「うん、新月だからね。どうしても二人に見せてやりたいんだ」

「食べてからにする?」

「いや、あまり遅くなって快が寝不足になってもなんだから、今から行こうよ」

陽子の問いに良太は答えた。

「快!お父さん帰ってきたよ。棚田を見に行こうって!」

陽子は家の奥に向かって声をかけた。廊下を歩く大きな足音に遅れて、とんとんという小さな足音がした。


父親が快の手を引いて居間に現れた。

「快、蚊にさされないようにな」

快のほっぺたを両手で撫でながら父親が言う。すっかり孫をかわいがるおじいちゃんの表情になっている。

「お茶とおにぎりでも持って行ったら?」

母親の声が台所から聞こえる。

「そうする」

陽子は返事をした。


 三人は手を繋いで坂道をゆっくり登って行った。真ん中にいる快の足運びが三人の速さだった。草を踏む足音と虫の声。懐中電灯の光一つの暗闇に怖がることなく、快は時折鼻歌らしきものを口遊みながら楽しそうに歩んでいる。

 曲がりくねった道をいくつか越えると眼前に棚田が現れる。道端の草むらに明滅する微かな光が見えた。

「お、懐中電灯消そうか」

良太の提案に陽子は頷いた。

 良太が快を肩車して力強く坂道を登り始めた。陽子は後についてゆっくり登っていく。盛んに泣いていたカエルたちが、二人の足音を聞きつけて静かになる。

周囲の景色が見渡せる最上段の田んぼまで来て、陽子と良太は立ち止まった。微かに聞こえる虫の声に包まれながらも、棚田は静寂に満たされていた。

 陽子たちを待っていたかのように、草むらに停まっていた蛍がいっせいに夜空を舞い始めた。薄い黄緑の小さな光がいくつも、点いたり消えたりしながら棚田の上をゆっくりと乱舞する。棚田の水面にもその光が微かに揺れている。

「うわー!」

快がうれしそうに声を出した。

「おじいちゃんがいた時よりも綺麗」

陽子は呆然として、眼前の美しい光景に見とれていた。快の指先が蛍の光を追って宙に線を描くのを見て、陽子は幸せに包まれるのを感じた。

「陽子に見せたくて、ここに来て以来ずっと蛍を育てていたんだ」

はにかみながら良太は言った。

「そういえば、タニシ持っていたりとか、不思議なことしてたもんね」

陽子は、以前良太がタニシを入れたビニール袋を慌てて後ろに隠したのを思い出した。

『あの頃からそんなことを考えてくれていたんだ』

陽子は蛍の光に包まれた棚田の風景がぼんやりとにじむのを感じた。その時、一際綺麗な光が、草むら夜空に飛び立った。薄黄緑色をしたその光が陽子たち三人の周囲を舞い、暗がりの中、棚田を浮かび上がらせる。

「きれい!」

快が歓声を上げる。


『ありがとう』


ふいに誰かの声が聞こえたような気がして、陽子は我に返った。隣にたたずむ良太がそっと肩を抱いてくれる。いつにも増して幸福を感じて、陽子は良太に向かって笑顔を返した。


『…あなたのおかげ』


再び誰かの声がして、陽子はゆっくりと流れる光の線を目で追った。その光は、語り掛けるように陽子の腰の辺りで舞ったかと思うと、遠くから見る花火のように小さく散って消えた。


 棚田の夜は、蛍光に彩られながらゆっくりと更けていった。


 ほのかに湯気の立つ炊き立てのご飯とお味噌汁、それに卵とお醤油、あとは小松菜のおひたし。いつもの朝食風景だ。

「いっただっきまーす!」

うれしそうにご飯を食べ始める快を優し気に見つめる良太。陽子はそっと肩に手を置いて言った。

「私こそありがとう」

「え、どうしたの?」

驚いて問い返す良太。陽子は何も言わずにただ微笑んだ。


 おいしいご飯と、夏になれば蛍が舞い踊る美しい棚田。これ以上の幸せなんてない。陽子は心からそう感じていたのだった。


「棚田の恋 陽子」を読んでくださり、ありがとうございました。

自分自身の経験も交えて書かせていただきました。

結局陽子は何もしていないと感じる方もいらっしゃると思います。

それでも、おじいちゃんが生きていた時以上にうつくしい棚田となったのは、彼女の「思い」あってのことです。

今夜、あなたの食卓においしいご飯が並びますように。

その一粒一粒に作り手の思いがこもっているかもしれません。(^^)

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