第四十一話 複合魔法
「初級魔法の奥義?」
以前にリーフォルスと修行をした時にも、そんなものは聞かなかったんだけどな。
だいたい、初級魔法に奥義なんて凄そうなものがあるのだろうか?
字面からして矛盾を感じてしまう。
するとリーフォルスは、もったいぶるように間を空けて言う。
『うむ。初級魔法の奥義というのはな、複合魔法のことじゃ』
「複合魔法? 何ですかそれ」
『同時に二つの魔法を展開して、最後に合体させることじゃ。術式が簡易な初級魔法だからこそできる技法じゃな』
「でも、それが出来るとどうして奴を倒せるんだ? 威力が二倍になっても、通用するかどうか」
ラヴァームの魔法に対する防御力は非常に高い。
その強度ときたら、俺が全力で火球を打ち込んでもビクともしないほど。
普通にやっていては、まず破ることなんてできないだろう。
しかしリーフォルスは、自信ありげに語る。
『奴の防御魔法を見ていて気付いたんじゃがの。どうやら、当たる直前に属性を変化させておるようなのじゃ』
「えっと、それってつまりどういうことなんだ?」
『例えば、火の魔法が来たら水属性に。水の魔法が来たら土属性にといった具合じゃな。こうすれば、極めて効果的に魔法を防げる』
なるほど、それであれだけの防御力を実現していたわけか。
納得が言った俺は、ポンッと手をついた。
豪快そうな見た目に似合わず、器用なことをする怪物だ。
頭が三つもあるから、案外賢いのかもしれない。
「それで複合魔法の出番ってわけか。一度に二つの属性を打ち込めば、対応できない」
『そういうことじゃ』
「でもそんなのどうやって……おっと!」
話し込んでいるうちに、ラヴァームがこちらへと迫ってきていた。
正面の顔がたちまち火を噴いた。
紅蓮の炎があっという間に周囲を焼いていく。
俺は近くに積んであったレンガを盾にして、どうにかそれを回避した。
それが済むと、今度は右側の顔が冷気を吐き出してくる。
「げっ!」
温度差によって、隠れていたレンガの壁が砕けてしまった。
ちッ!
俺は全速力で走ると、敵の足元を潜り抜けて建物の影へと避難した。
即座に振るわれる剛腕。
降り注ぐ瓦礫をよけながら、さらに走る!
「逃がすか! ウグアアアアッ!」
「しつこい奴は嫌われるぞ!」
「うるさい!」
強烈な拳の連打。
あっという間に、近くの家が粉砕された。
どうにか、奴の動きを少しの間だけでも止めないと!
このままでは、奥義を放つ余裕なんて全くない。
「ん? あれは……」
路地裏を走っていると、荷車に袋が積まれているのが見えた。
中身は小麦粉だろうか、白い粉がわずかに漏れている。
しめた、こいつを使えば……!
「碧の壱、風刃!!」
袋が切り裂かれ、たちまち中身が飛び散った。
粒子の細かい小麦粉が、煙幕となってあたりを覆いつくす。
視界を奪われたラヴァームは、即座に火を噴いて周囲を薙ぎ払おうとした。
しかし――。
「グオッ!?」
噴き上がる爆炎。
ラヴァームは口元を抑えると、その場に膝をついた。
吐き出した炎が小麦粉に引火し、爆発を起こしたようだ。
ラッキー、これはツイてる!
俺は奴が苦しんでいるうちに、近くの建物の中へと逃げ込んだ。
これで少しは時間が稼げそうだ。
「リーフォルス、すぐに複合魔法の撃ち方を教えてくれ」
『うむ。基本は右手と左手にそれぞれの魔法を溜めて、合わせることじゃな。魔法を構えた状態で、さらに魔法を使うというようなイメージじゃ』
「魔法を構えた状態で、さらに撃つ……」
『そうじゃ。とにかく暴発させないことが大事じゃの。それさえ何とかなれば、あとは気合じゃ!』
気合って、おいおい……。
精神論全開のリーフォルスに、俺はたまらず息をついた。
前に修行をした時も、割とこんな感じだったんだよな。
けど、文句を言っている余裕もない。
「ラヴァ―ムは……あそこか」
建物の窓から、ラヴァームのいる位置を確認する。
どうやら向こうは、俺がどこに逃げたのかさっぱりわかっていないらしい。
てんで違う場所の建物を壊しては、瓦礫の山を漁っている。
けれど、この調子だとここへたどり着くのも時間の問題だろう。
「よし、やるか。紅の壱、火球!」
右掌の上に、大きな火球が出現した。
青白く光るそれを維持したまま、俺は続いて風の魔法を繰り出そうとする。
すると――。
「おわッ!?」
『押さえろ!意識を二つに分けるイメージじゃ!』
「意識を二つに?」
『そう! 思考を分割せねば、複合魔法は厳しいぞ!』
「そんなこと言われたって……げっ!」
魔法の制御に手間取っているうちに、ラヴァームの顔がこちらへと向いた。
どうやら、火球の光で俺の存在に気づいたらしい。
奴はこちらへ接近すると、すぐにその剛腕で建物の屋根を吹き飛ばす。
「仕方ない……いっけえ、複合魔法・炎嵐!!」
いちかばちか。
決死の覚悟で放たれた一撃は、ラヴァームの肩を穿った。
よっしゃ、防御魔法を貫いた!
俺は続けざまにもう一発お見舞いしようとするが、ラヴァームも即座に反撃してくる。
「ぬっ!」
ラヴァームの口から、雷が放たれた。
速い!
瞬きする間もなく着弾したそれを、俺はかわし切ることが出来なかった。
駆け抜ける激痛。
全身の筋肉が痙攣し、俺はその場に倒れ伏した。
ま、まずいな……!
息を吸ことすら、苦しい、ぞ……!!
『ノエル、しっかりしろ! 踏みつぶされてしまうぞ!』
「わ、わかってる……けど……」
身体が言うことを聞かない。
掌に魔力が集まらない。
これじゃ、とても反撃することなんてできやしないぞ。
せめてあと数分、いや、数十秒あれば麻痺が収まりそうなのだけど……。
「手こずらせやがって。死ねぇえぇ!!」
恐ろしい叫びを響かせながら、足を振り下ろすラヴァーム。
陰が、陰が落ちてくる。
俺を踏みつぶそうとする足裏の動きが、ひどく緩慢に見えた。
身体は動かないが、思考は酷く冴えている。
考えろ、頭を働かせるんだ。
何とか、何とか生き残る方法を――。
その時だった。
「ごッ!?」
「油断したわねぇ! 足元がガラ空きだわ!」
「頭が三つもあるのに、単細胞」
ラヴァームの足の腱を、リーシャさんの剣が切り裂いた。
続けて、ネムの剛拳が同じくアキレス腱を打ち抜く。
姫様を避難させて、彼女たちはこちらに戻ってきていたようだ。
そして今の今まで、攻撃のタイミングをうかがっていたらしい。
「おのれ、虫けらが!」
弱点への一撃は、それなりに効果をもたらしたらしい。
ラヴァームは攻撃を中断すると、リーシャさんへとターゲットを切り替えた。
その隙に俺は、再び複合魔法を打つ体制を整える。
「今度こそ!! 複合魔法・炎嵐!!」
小さな竜巻と化した炎。
それはラヴァームの上半身へと直撃すると、今度こそその威力を発揮した――。
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